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「前璽豊、20歳。日本人。横浜国立大学2年次。父親は市議会議員。母親は都市中央病院で内科医……と」
スクリーンに映った顔写真の、隣に記載されたプロフィールを読む。写真は、前璽が入学時に撮った、学生証と同じものである。髪を染める前の、ぼさぼさの黒髪が額を隠して銀縁の眼鏡がかかっている。あのバンダナの男と同一人物とは思えなかった。もっとえらの張った顔だったと思ったが、写真の男は細面だ。どうやら、整形マシンで顔を変えて犯行に及んだ、ようだった。
「ご立派な家柄ね。親の金で真面目に勉学に励んでいると思ったら、励んでいたのは下半身と火遊び、ドラッグか。親は泣くわ、そりゃ」
加奈が呆れたように言った。
「その前璽のPDAに、通話記録が残っていてな」
と紫田が画面を切り替えた。
「依頼した人間がいる」
「やっぱヤクザか」
とショウキが問うと、紫田は頷いて
「『天正会』を名乗る人間が多額の報酬と武器援助と引き変えに、依頼した。それが5日前のことだ。内部記憶を探り、その人物の声紋を取った」
と紫田は、ちらりと後ろに立っている涼子を一瞥する。涼子は軽く頷くと
「声紋パターンから、20代前半の成人男性であることが判明しました。イントネーションから日本語を基礎言語としています」
「つまり、生粋の日本人というわけですね」
山下が口を開くのに、涼子は頷いて
「ええ。ただ、『天正会』の、それこそ末端の組員まで全てのパターンを照合したのですが、そのどれにも当てはまりません。もっとも、全部の組員のサンプルが存在するわけではないので何とも言えませんが」
「はっ」
と今度は加藤が言って
「あれっすよ、『天正会』の名前使ってハクをつけたかったんじゃないすかね? そのどこかの誰かさんが」
「そう片付けるには、いくつか不可解な点がある」
紫田が端末を叩いた。次の画面は、床に並べられた銃器の数々。
「これだけの武装を供給出来る組織など、限られている。『天正会』でなければ、京都か、あるいは中国マフィアか。そしてもうひとつ、わざわざ保護センターから対象を攫った、ということ。なぜ、センターを襲撃してまで対象を手に入れる必要があったのか」
それは加奈も思った。
「そして、ショウキが見たというこの男」
また端末を叩く。スクリーンの中央に、黒衣を着た男が映し出された。
「ショウキの、網膜からダウンロードした映像だ」
葬儀屋みたいですね、と山下が洩らした。
「お前もそう思うか」
ショウキが懐から、ひし形の刃物を取り出した。クローム仕立ての、ハリウッドのニンジャムービーに出てきそうなクナイ。何それ、と加奈が訊くと
「そこの野郎のモンだ」
とショウキが言う。
「これでも、修羅場はそれなりに潜っている身だが。あんな奴に相対したのは初めてだったな。死神と対峙しているみてえだった」
そう、感慨深げに言う。加奈は画面に目を移した。右手に持った刀。柳弘明の物とは違う、もっと実戦用に作られた代物だ。それを納刀して、走り去る。ショウキの声が聞こえたかと思うと、銃声。男が銃弾を、何かで弾き飛ばして、そして粗い砂嵐が画面に流れた。
「そこで、こいつを投げられたってわけだ」
クナイを、中央のデスクに投げつけた。木製の卓上に突き刺さる。
「あの刀といい、それといい。随分、古臭い武器使うのね」
加奈が言うと、ショウキが頷いて
「しかし、腕はいい。人間の首を落とす、なんて並大抵の事じゃできねえし。なによりそのクナイ、材質はシリコンとタングステン。特に変わったものじゃないのに、それで俺の義手貫くなんざ……」
と、自らの左腕を眺める。斜めに走った傷が、衝撃の強さを物語っていた。
「んで、あの男が『天正会』と関わりがあると?」
加藤が言うと、紫田は
「今の所。新伝の足取りを掴む手がかりたる対象A、その対象をわざわざ手に入れようというのだから」
紫田が端末を叩くと、スクリーンの像が消えた。
「都市警によれば」
紫田が切り出すと、ふと先日の張劉賢の不適な面が思い出された
「ロシアン・マフィアが北海道の組織に、武器を流しているという。もし、その一部が今回の犯行に使われたのであれば」
その武器が流れたのであれば……台湾から支援を受けている京都報国同盟ではなく、東北に拠点を置く『天正会』が絡んでいる可能性は十分ある――紫田が言うまでも無く、全員が同じ結論に至ったようだ。ショウキがしきりに、頷いている。
「そこで当面、対象は我々“特警”が預かる事にした。しばらく、監視と護衛を行う」
と告げるのに、ショウキが驚いたように
「そりゃまた、どういう風の吹き回し」
「『天正会』が絡んでいて、今後も対象を狙ってくるのであれば。闇雲に“中間街”に降りるよりも、対象に張り付いていれば彼らから接触してくる可能性が高い」
「それって、つまりは囮、ってことすか」
加藤が毒を含んだ声で言った。
「あの子を監視して、奴らから手ぇ出してくるのを待とうってんですかね。目の前で人が死んでいるのを見たばっかりの、あんな小さな子に」
「加藤……」
とショウキが言うが
「どこも変わらないっすね、この国の体質は。軍も警察も、子供だろうと使える駒としてしか扱わない。そんな政府が、“中間街”のことをとやかく言えるんすかねえ?」
「口が過ぎるぞ、加藤」
加奈が咎めると、加藤は肩をすくめて
「いいですよ、これも御国のためですもんね。共和の繁栄と永続こそ、我が喜び、ですか」
国家の一部を引用して鼻先で笑うと、加藤は背を向けた。
「おい、どこへ行く」
「便所っすよ、べーんじょー」
加藤はひらひらと手を振ると、さっさとミーティングルームを後にした。
「なに、あいつ」
「反抗期、ってやつじゃねーか」
加藤が出て行った扉を見つめて、加奈とショウキがそんなやり取りをする。紫田は特に気を悪くした風でもなく、それで、と言って話を継続させた。
「対象の護衛、だが。晴嵐に任せる」
「……は、え?」
「ちゃんと聞いていろ。あの娘の護衛を、お前がするんだ」
今度は、加奈が憤慨する番だった。