2―9
GPSの光点と現在位置が重なった。
横浜港、第4埠頭。環境建築型都市建造後、使用されなくなった倉庫群がそのまま放置されている。打ち棄てられたコンテナはただ朽ちるのを待ち、停泊したままの船舶は錆ついている。なるほど、ギャング共の棲家にゃちょうどいいな、とブローニングを抜いて入り口に近づいて。
突然、連射で銃声が響いた。銃弾が金属とコンクリートに刺さって火花と小石を撒き上げる。入り口わきに背中を付けて、そっと中をうかがう。また、銃声。ライフル弾が20連発、無節操にばら撒かれて地面を穿つ。一回の攻撃で弾倉まるまる一本使い切る射撃、素人だなと思った。勢いまかせで、連射でぶっ放すなんて、弾数の計算も出来ないのか、やはりガキはガキだと思ってふと、左の踝に痛みを感じる。ブーツの上から、銃弾が掠め足の皮膚を削っていた。跳弾か、思ったよりも深いなと言って傷口を見る。すでに、血球の修復マシンが高分子を合成して傷を塞ぎにかかっていた。
眼球に被せた光学レンズで中を覗く。赤外線が、かかる敵の姿を捉えた。倉庫の中、前衛に5人、後衛に7人。いずれもアサルトライフルとサブマシンガンで武装、数がそろっている。全員、男のようだった。銃を構えているなかで、一人だけ椅子に座らされている人物が見える。赤外線スコープだから、顔や姿かたちは分からないがどうやらあれが鈴だろうと、確信した。中央に座って、隣にはライフルを持った人間がいる。間に合ったようだなと、弾倉を特殊弾頭から通常弾に替えた。都市内部で特殊弾頭を扱うことは、条例で規制されている。ブローニングの撃鉄起こし、グリップにキスをして、弾丸の嵐が途絶える隙を狙って発砲。中で一人、ぎゃっと悲鳴を上げた。もう一度撃とうとするが、銃撃がさらに激しさを増して益々反撃が困難になる。
どうしたものか、と思案しているとまた撃ってきた。どん、と胸に響く重低音が鳴る。と空気を切り裂く衝撃波を轟かせ、黒い物体が飛んでくる。反射的に、地面に伏せると背後で火の手が上がり、遅れて爆音が響いた。榴弾か、と言うとまたしてもひゅるひゅると弾頭が飛んできて、今度は手前に落ちた。閃光が瞬いたかと思うと、白色の閃光が目を突いた。0・3秒後に、爆発する。壁に背をつけて爆風を避けるも、破片が頬を傷つけた。収まってから、もう一度中を見る。コンクリートに、隕石が落下した跡のような大穴が開いていた。
RPGか、と加奈は赤外線で中を伺う。10年前まではゲリラの武器としては一般的だったが、最近は使われない。とはいえ、いくらなんでも子供が持つには大袈裟に過ぎる武装だ。相手が素人でもあれは厄介だなと思った。結局の所、戦なんてものは数と火力で勝負が決するものなのだ。大国間の戦争から、個人の死闘まで。
ひとつ、想像してみる。ライフルの7.62mm弾程度ならば、食らったところで大したことは無い。頭にさえ、当たらないように注意すれば。だがあのRPG、榴弾を食らったらどうか。爆発とともに千切れる、加奈の四肢。内臓が丸ごと吹き飛んで、跡形も無く燃えてしまう。頭蓋骨を破片が砕き、中に収まる半液状の物体が爆風に煽られて流れ出て、散り飛ばされる――そんなイメージがまざまざと浮かぶ。そうなると、生体分子機械でだって修復は不可能だ。あれに吹っ飛ばされれば、楽々と逝けるだろうなと考えて、まるで死にたがっているような自分の思いを自嘲う。戦いの間際に死ぬことを思うなんて、どうかしている。いよいよ自分もヤキが回ったか、と。
その時、聞きなれた750ccのエンジンとともにスキール音が鳴り響いた。紅蓮のボディをした単車が滑りこんで
「加奈」
と、その単車に跨っていた人物が降りてきた。
「遅いよ。なんで途中からきたわたしの方が早くて、あんたが後から来るのさ」
「俺は陸上部隊、お前さんは空挺部隊。性能に差がありすぎだっての」
ショウキがぼやいて、S&Wを抜いた。両手で銃を握りこんで、加奈と同様入り口わきに背をつける。
「どうだ」
と訊くのに加奈は
「まあ、とりあえずは無事みたいだけどね。ここでモタついていたら、いつ解体されるか分からないよ」
「なら、さっさと踏み込めばいい」
「アレが見えないの? 馬鹿だね」
ショウキは一瞬、むっと顔をしかめたが直ぐに事態を察知したようで
「RPG……」
「ガキの玩具には、高級すぎると思わない?」
「確かにな。“燕の家”を襲ったのにも、おそらくアレを……」
などと言っていると、また中のアサルトライフルが数挺、発射炎を光らせた。硬く尖った先端が鉄の内壁を叩き、甲高い不協和音でもって啼く。20、いや30連射撃。降注ぐ銃弾が収まると、一瞬だけ停止。その隙にショウキが、リヴォルバーを差し入れて発砲した。
重い銃声だった。ショウキのリヴォルバー、50口径のS&Wが火焔を吐く。オレンジ色の発射炎とともに撃ち出された、砲弾にも似たそれが鈍い音を立てて着弾した。
「あんまり挑発すると撃って来る……」
加奈が言うと同時に、中の方でまた、ロケット砲弾が発射される衝撃が走った。絶望的なまでに轟いた、重苦しい射出音と衝撃波。2人して地面に伏せる、刹那、背後で爆音が響いた。
爆発とともに破片が降ってくるのに、ショウキが左腕で払いのけて
「なるほど、厄介だ」
ぼそり、と呟いた。だから言ったのにこの男は……ちらりと横顔を見る。こんな状況でも、特に狼狽るわけでもなく表情を崩さない。肝が据わっているのか、鈍いのか。
「なんだ、俺の顔になんかついているんか?」
ショウキが振り返るのに、慌てて視線をそらした
「な、なんでもない」
「どした? 顔が赤いぞ。熱でもあんのか?」
「なんでもないってば」
額に手を伸ばしてきたのを、振り払った。こんなときに自分は、なにをやっているんだ。しっかりしろ、加奈と自分に言い聞かせる。ショウキは怪訝な顔をしたが
「しっかし、これじゃ突破は難しいな。どうする、退くか?」
「そんなことしたら」
ブローニングを構えなおして、赤外線で中を観ながら
「あの娘、殺られて細胞を切り売りされる。それは避けないと」
「だなあ、ここでケリつけんと……」
持久戦かな、と加奈が言った時、倉庫の反対側から白いバンが走ってくるのが見えた。
「お、来た来た」
ショウキがバンに向かって手を振った。停車すると、運転席に190以上もの上背を折りたたむようにして乗っている山下がいた。山下は車から出るにもひどく苦労していたが
「すみません、遅くなりました。晴嵐さん」
と駆け寄ってくる。
「山下、どうしたんだ」
「なに、俺が来るように言ったんだ」
とショウキが言う。ええ、まあ、とかなんとか言って山下が、丸めた頭をかいて
「渋滞していたもので、いまどんな状況ですか」
渋滞、ということは馬鹿正直に高速道路上をAIの指示通りに走ってきたのだろうか。それで今頃来て「どんな状況」も何もないものだ。呑気な奴、手遅れになっていたらどうする――
などと、今そんなことを言っても始まらない。
「詳しい説明は省くが、対象は無事だ。中に入るには、少し厳しいが」
「そこで、こいつの出番だ」
ショウキが車のトランクを開けた。
「あっちがああなら、こっちはこうだ」
中にはH&Kのサブマシンガンが3挺、ショットガンが2挺。連発式のグレネードランチャーが1挺、収まっていた。これは普段、“特警”の突入作戦用に常備しているものだ。電気屋の車に偽装したバンの中は、ちょっとした武器庫になっている。
「こんなもの、持ち出して文句言われないか」
と加奈はサブマシンガンを手に取った。弾倉を確認して、安全装置を外す。
「文句て、誰によ」
「行政」
「クソ食らえ」
ショウキがベネリ製のショットガンを取って、ポンプを引いた。
「市議会、マスコミ、うんざりだ。そんな全部に、俺らが顔色うかがわなきゃならんのか。つまらねえよ、実につまらねえ。俺ら、国のためにやってんだ。文句あるのかよ」
とまくし立てて、舌打ちした。
「文句あったとしても、言わせるつもりはねえ。ここはサクッとやっちまう」
「そりゃ、頼もしいことで」
加奈が言うと、山下が、グレネードランチャーを取るのが見えた。
「では」
山下が軽く会釈すると、ランチャーを入り口に向け
発射した。
空気が唸る、絞り込むような衝撃波が沸き起こる。大口径の筒から放たれた、金色に発光した飛来物が暗がりに消えた。倉庫の中で、着弾。一拍ほど、間があった。
暗がりが一瞬明るくなり、ぱっと、光の華を咲かせた。次いで、爆ぜるような音、中にいる人間たちの悲鳴が続く。閃光弾が弾けて、倉庫の中を照らし出した。
「良し」
とショウキが言うと、加奈は飛び込んだ。ショウキも続く。煙の中、狼狽たえる男たちの姿が影になって見えた。
暴れてやれ、とショウキが言う。望むところ、とサブマシンガンを水平に構えて発砲。3点バーストで撃つ。2人、斃した。銃口を左に振って5連射。5発の弾丸が、きっちり5人の喉を抉った。
「やるね」
ショウキが軽く口笛を吹いた。すでに回復して来た、タンクトップの少年がライフルを撃ってくるのを軽くあしらって、ショットガンを一発見舞う。散弾が頭を撃ち抜き、砕けた頭蓋骨と脳漿に混じって眼球が吹き飛ぶのが確認できた。最後の瞬間、少年がひゅ、っと息を洩らした。ショットシェルを排出して、また次の標的に向かうときも、ショウキの表情は鉄面皮を貼りつかせていた。
四方の壁際に、ずらっと並んだ銃口が火を噴く。
加奈とショウキは走りながら、背中合わせでサブマシンガンとショットガンを八方向けて撃ちこんだ。薬莢とショットシェルを地面に撒きながら、コンテナの影に隠れる。背後からのライフル弾が壁面に当たって、甲高い声で鳴く。
ショウキがS&Wを抜いてコンテナの影から発砲、カービン銃を持った少年の胴を貫いた。少年は風穴が開いた自分の腹を見て、訳の分からない、得体の知れないものを見たときのような顔になった。自分の手に零れ落ちたものを、凝視してそれがなにであるかを悟ったときには、痛みも感じられなくなったのか。静かに目を閉じて、膝をつき。眠りに就くようにゆっくりと、倒れた。
「あと何人?」
ショウキがリヴォルバーのシリンダーを引き抜き、銃弾を再装填していた。
「8人」
レンズに映る像を見て、加奈が言う。ホールドオープンしたサブマシンガンを棄て
「すぐに片付く」
ブローニングを取り出した。ショウキは右手にリヴォルバーを持ち、左手首には装填された帯電針が顔を覗かしている。
「山下……!」
加奈がPDAに向かって怒鳴った。直後、コンテナの向こうで閃光弾が爆ぜるのを感じる。オレンジ色の光とともに、黒煙の塊が昇った。
「GOっ」
と吐き出すと同時だった。加奈が右から、ショウキが左から飛び出した。並列化された銃声が、間断なき律動を刻む。ブローニングを両手で握り締め、左奥の人間から撃ち抜いてゆく。喉と眉間、眼球、小さな点に過ぎない的も、しかして加奈にとってそれは障害にはならない。正確に、精密に、撃ち貫いた。
が、ふと横目で、ドレッドヘアの少年がRPGを担いでいるのが見えた。砲弾をセットして、狙いを定め――ここで撃つつもりか、あれを。
両手に握ったグリップから、左手を離した。少年は照準を合わせている。腰部のハーネスから、短針銃を抜く。少年がトリガーを引く。空気が潰れる音がして、ロケット砲弾が発射された。菱形の先端が、加奈目がけて飛来する。徐々に大きくなる、黒点。短針銃に針が装填されるのを手のひらに感じ、飛んでくる榴弾に向けて10連射、撃ちこんだ。
少年と加奈の中間地点で、シリコン針と砲弾が接触。火花が散り、刹那に爆音が響く、筈だった。が、砲弾は爆発しない。針を突きたてたまま、射出の勢いのまま壁に激突する。噴射の圧力で砲弾がひとしきり暴れたが、やはり爆発はしなかった。撃った本人、ドレッドヘアの少年が唖然としているのに、加奈が短針銃を撃ち
「信管だけ、破壊させてもらった。こういう狭いところで撃つと、自分も巻き添えを食うから気をつけな」
と言うが、もはや耳には届いていないだろう。放たれたシリコン針は、眼球と喉を貫いていた。