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奇跡  作者: 朝風由紀奈
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奇跡

20XX年。先進国に負けず劣らずに日本は、ある奇跡を起こせることに成功した。

それは、男性の妊娠である。男性に子宮を移植し人工授精にて子を宿す。

妊娠期間は女性ホルモンの摂取が必ず必要であるが、男性カップルには嬉しい話だろう。

費用は国が八割負担する決まりとなっている。

なので、費用も割と安め……かもしれない。

過去に国外で男性の妊娠までは至ったことはあった。しかし、出産は難しかったのだ。未だ実験段階ではあるが、そう遠くない未来に男体妊娠及び出産は可能であろう。



     ?     ?



「子供、か……」

朝八時のニュースを見た僕は、ぽつりと呟いた。僕には、付き合って三年になる男性の恋人がいる。

一応形だけの籍は入れた。でも、同性のカップルなんてせいぜいそこがいいところだった。

今では日本は、同性愛者にほぼ優しい国になってはいる。ただ、今も偏見があるところはある。

やはり、根本的なものは払拭できないらしい。

ニュース番組を付けていたテレビを消して、僕は苦い珈琲を飲んだ。そして、未だに夢の中の恋人のいる寝室をちらりと見た。

彼はどう思うだろうか。結局、子供ほしいなら女と付き合えとでも言うのだろうか。

「……言いそう」

そうまた独り言ちで苦笑いを浮かべた。元々ノーマル同士の僕らだ。どこかピースが合わなくなれば、あっさりと別れるだろう。

まぁ、それも、憶測でしかないが。

どうしようかと考えていると、寝室のドアが開いた。髪の毛を一本器用に跳ねさせて寝ぼけ眼で出てきた恋人。

瀬﨑真登せざきまとという名前の20代後半男性だ。蜂蜜色の髪は、程よく肩ほどまで。薄めの琥珀の瞳は、飴玉みたいだ。

そして、何よりイケメン。僕は普通なのに。彼は、凄くイケメンである。

こんな普通によく恋に落ちては、恋人になったなと疑問を抱く。三年、この疑問が解けたためしはない。

「真登、おはよう」

「ん、はよ。佐那さな

佐那、とは言わずもがな僕の名前だ。芦沢あしざわ佐那。下の名前が女性のようだが、見た目はフツメンだ。女性っぽくない。

昔は可愛かったのにと両親からはよく言われる。悪かったな、可愛くなくなって。

ペタペタと足音響かせて真登は、キッチンに向かった。ガラガラとコーヒーメーカーが回る音がする。冷めてもよかったら、淹れてやったのに。

ああ、でも、真登は冷えたものがあまり好きではなかったな。真登の育った家庭環境というやつだ。

所謂、仮面家族。冷え切った家庭で育った真登は、冷たい食事とか冷えた飲み物が苦手だ。昔は、嫌いだったらしいが僕と付き合うようになって苦手に変わったらしい。

ずずっと僕も少し冷えた珈琲をまた飲んだ。窓の外を見れば空はひどく青く澄み渡っている。

いつ、聞こうか。でも、そろそろ仕事に行かねば。

僕は珈琲を飲み干して、ソファから立ち上がった。

「ごめん、真登。そろそろ、時間だから行くわ」

「おう。気を付けてな」

「今日、少し遅くなるかも。ごめんな」

「大丈夫。待ってる」

同棲を始めたころは恥ずかしかったが、今では頬にキスをしていってきますが出来る。

まるで、新婚みたいだが、これはこれでいい。

コーヒーカップをシンクにおいて、鞄を持ち僕は家を出た。もうじき、夏が来る。暑いあつい夏が。


仕事から帰り、僕は会社の知り合いから渡されたパンフレットを見て小さくため息を吐いた。

自宅の前で不審者だな、僕。なんて、思いながらも家の中に入る気が何故か起きない。真登にこれを見せていいのかすごく悩む。

いやいや、ここで挫けてどうする。僕は男だろ。ほら、男気を見せろ。

ふぅ……とため息のように息を吐いて、玄関の鍵を開けて中に入った。明かりがともる家というのは、落ち着くものだ。

ただ、今の僕は心臓がバクバクと早まって手汗がヤバい。靴を脱ぎ真登の元に向かう。

パンフレット。渡されて困ったんだよと言えばいい。ちらりと見せるだけでいい。

リビングまでもう少し。後、二歩、一歩……。到着。

震える手を叱咤して僕は、リビングのドアを開けて中に入った。真登は……いた。

ソファに座りテレビを見ていた。真登の好きなスポーツ番組ではなくバラエティ番組だ。

珍しいと思いながら彼に近付く。

「た、ただいま」

「ん、お帰り」

少し笑みを浮かべて真登は出迎えてくれた。僕は視線をさ迷わせながら真登に例のパンフレットを手渡した。

「あの、これ……」

「ん?」

受け取った真登はパンフレットを見ていた。パラパラとそれを捲る音がリビング内に響く。

怒るかな。どうだろう。

僕は言葉を紡ごうと口を開いた。

「あ、の、真登」

「……佐那は、子供ほしいの?」

「へあ?」

思いがけない言葉に素っ頓狂な声が出た。子供いるなら、別れよという言葉を想像していたのに。

真登は、じっと僕の目を見つめてもう一度言った。

「俺との子、ほしいの?」

彼の瞳には、怒りも呆れも浮かんでいなかった。純粋に気になっているといった感じである。

この場合素直に頷けばいいのか。分からなかったが、僕はこくりと頷いていた。

パタン。真登がパンフレットを閉じた。

「作ろうか」

「ほえ?!」

「俺も、子供、ほしいし」

うっすらと頬を赤らめてそう言う真登にびっくりしてしまった。

だって、しょうがないだろ? 子供? いらない。と、言うかと思ってたから。

黙っている僕に、真登はゆっくりと話し始めた。

「俺もさ。子供、いらないなって思ってたんだ。だけど、佐那と過ごすうちに、ほしいなって思って……。絶対佐那との子なら、可愛いし愛せるから」

「真登……」

「覚悟、できてるよ。子供のために一時男としての威厳がなくなるのも。子宮を埋め込むのも」

それを聞いて僕は真登を抱き締めた。辛い思いをさせてしまう。それでも、決意してくれたパートナーがすごく愛おしい。

愛おしいと感じたと同時に、絶対に幸せにしなきゃならないと改めて思った。

あんな冷えた家庭じゃない。僕が当たり前だと思っていた温かい家庭を目指す。

僕と、真登なら可能だ。

「真登、ありがとう。愛してる」

「お、れも。……頑張るから」

「無理は、しないでね」

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