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秋色に舞う奏  作者: 花鳥 秋
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デパート爆破事件より遡る事、二ヶ月前。



これから昼食だという時に、机の上に置いていた携帯が振動した。

携帯のディスプレイに表記された名前を見て、春野はるの 時雨しぐれは、げんなりとして嘆息を漏らした。



「——はい、春野です」



何コールかしてから、電話に出た。

すると、電話の向こうから仕事の呼び出しを通告する低い男性の声が聞こえてきた。



「おう、お前“Make Love”ってホテル知ってるか?」



知ってるも何も、ここら辺ではかなり有名で、大きなラブホテルの名前である。



「はい……知ってますけど」目の前に広げたコンビニ弁当を眺めながら、気の乗らない返事を返す。



「そこで殺人が起きた。今すぐ来てくれ」



思った通りの言葉が返ってきて、時雨の表情に落胆の影がさした。

とは言っても仕事だ。しかも人の命が奪われているのだ。泣きたい遺族の顔も見ずに、溜息を吐く事なんて出来ない。呑気に昼食なんてもっての他だ。



「はい、わかりました。すぐ行きます」



自分の中の刑事としての誇り。

確たる正義というものの定義を引っ張り出し、時雨はすぐに立ち上がった。

彼女が敏腕刑事と呼ばれるのも、この心構えがあってこそだ。


車に乗り込むなり、キーを回してエンジンをつけ、アクセルを踏んだ。動き出してから、屋根の上に置いたサイレンを鳴らす。

周りの車両が道を開けてくれる中をスイスイと気持ちよく進んでいくけれど、当然と言えば当然で、時雨の気持ちは相反して重くなるばかりだった。だから、少し違う事を考えてみた。

例えば今向かっているホテルの事などだ。


Make Love——二年程前に(くれない 愛理(あいりという若い人気作家がこのホテルの名前をタイトルにして、ある男女のどろどろの恋愛劇を描いた。


その小説の中に出てくる男女が情事に耽るホテルが、実在するMake Loveというラブホテルだという話題が盛り上がったのは当時の話で、その話題からMake Loveはラブホテルにしながら、一躍して、かなり広く名前の知れた有名ホテルになった。売り上げは他のホテルと並べても群を抜いているという話だ。


ひとえに、人気作家、紅愛理のおかげと言っても過言ではないけれど。


小説の方は時雨も読んだ事はあるが、凄まじく面白かった。特に、物語の終わり方がまた絶妙で、続きを読みたいと思わせる、それでいて、後に尾を引かない素晴らしいものだったと記憶している。


あれを読めば、一度はそのホテルに行って見たくなるのは分からないわけでもなかった。

実際、時雨も一度だけ利用した事があった。元彼と。


——閑話休題。



時雨が考え事をやめたのは、何も昔の過ちを思い出しからという訳ではない。

過去の淡くて惨めな恋愛を思い出しからでは、決してない。

ただ単に事件現場に到着した、それだけの事だ。



「遅くなってすみません」



現場に張られた黄色いテープをくぐり、先程の電話の主を見つけて、時雨は声をかけた。


歳が四十代後半の先輩刑事で、時雨が刑事になった時からペアで行動させられる事の多い相手、赤城あかぎ 和正かずまさ警部補だ。

髭などは生やしておらず、シュッとした顔立ちで、背も高い。パッと見ではあまり四十代後半には見えない——と言うか、パッと見じゃなくても全然見えない。どちらかと言うと細身ではあるけれど、筋肉がないわけではないので、ひょろっとしてるイメージもなく、彼の服を捲れば綺麗に六つに割れた腹筋がある。普段はギリギリ服で隠れているから分からないけれど、彼の左胸にだけあるホクロがチャームポイントだと時雨は勝手に思っている。


まぁ、腹筋やホクロはともかく、顔立ちや身長というルックスだけを見てもかなり高スペックでおまけに警部補。警部への昇進も近いと言われてるだけあって、警察社内の一部の女性警官には密かに人気がある。

因みに、性格には少し難があるのだけれど、それは広くは知られていない彼の欠点だったりする。



時雨の到着に気付いた和正は「おう」と右手を上げながら反応を示してくれた。



「どうも、お疲れ様です。状況は?」



和正に近寄り、事件の確認を行う。

事件が起こった部屋の中では鑑識官達がまだ作業をしているので、刑事の和正と時雨は廊下側から室内を見ている形だ。



「被害者は男性で、鋭利な刃物で背中を一突きだ。服を来ていたから行為中の犯行ではないだろう。第一発見者はホテルの従業員で、ルームサービスを届けに来た時に発見したらしい」




「なるほど」上司の説明を聞きながら、白い手袋を両手にはめる時雨。

現場が現場だけに裸体の死体を拝む事になりそうだと思っていたのだが、その心配はなさそうだった。



「じゃあ犯人はルームサービスを頼んでから、殺人を決行したという事でしょうか? 普通に考えて、殺人を犯した後に人を呼ぶような真似はしませんよね」



時雨が自分の考えを口に出すと「でも、ルームサービスを頼んでて、いつ人が来てもおかしくない状態で殺人を犯します?」と、やけに甘ったるい女の声が聞こえて来て、その声の主は和正の背後からひょこりと顔を出した。


女性警察官の制服と帽子をかぶり、ツインテールの髪型をした童顔の小柄な女性。



「あなた確か交通課の……」



相手の名前を思い出そうとして、自分が吐き出した言葉に引っかかる。


——ん? 交通課? なんで交通課の警官が制服姿でこんなとこにいんのよ……

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