赤封
数日過ぎた後――――。
アレクシア帝国軍、第一機甲師団の見張りがウラジスの防護壁上部で、不規則に点滅する光を見た。
それは発光信号だ。
光の点滅で言葉を伝えるという手段は、この世界でも存在していた。
魔導通信機で、直に言葉のやり取りが出来るが、大気のマナの影響を受けやすく、マナが濃いと上手く通信が出来ないのだ。
後に『マナジャマー』と呼ばれる現象である。
だが、帝国には有線式と呼ばれる通信方法を確立していた。これは、ミスリル製の特殊合金をワイヤー状にして、直接、線と線を繋いで魔導通信が可能になったいわゆる『電話』である。
だが、敵国にそうやすやすと通信網を敷けるわけも無く、こうして昔ながらの発光信号と言う手段を取るしか無いのである。
信号を読み取った見張りの男は、すぐさま師団長であるレイジネル・ラングレイの元へと駆け出す。
「大佐!」
男の呼びかけに、のんびりと日向ぼっこをして時間をやり過ごすレイジネルが、寝そべっていた戦車の上部から起き出す。
「なんだぁ?」
「ウラジスより、発光信号!」
レイジネルは、『待ってました』とばかりにニヤリと笑う。
「聞かせろ」
「ハツ、ゴースト。ヒガサイドタチノボリシトキ、スコーピオハマエヘ。サスレバ、ゴマンヲモッテムカエウツナリ。アカフウヲキレ。との事です!」
「作戦概要書が遂に拝めるってわけだな!」
レイジネルが戦車から飛び降りると、副師団長を大声で呼びつける。
近くの木陰で昼寝をしていた副師団長は、仲間に強引に起こされると、レイジネルの元へ駆け付ける。
「大佐、何事ですか!?」
「とりあえず、よだれを拭け……」
副師団長は、袖で口元を拭い姿勢を正す。
「よし。ゴーストから、指示が出た。赤封を開くぞ」
『赤封』とは、厳重に封印がされた鞄にしまわれている作戦概要書だ。
万が一第一機甲師団が破れた際に、情報が漏洩するのを防ぐ為に、この様な形が取られたのだ。
指揮車にやってきた二人は、後部シートの下にある格納スペースから、一つのアタッシュケースに似た鞄を取り出す。
レイジネルと副師団長の首元には、小さな子鍵がそれぞれ下げられている。
「同時に回さないと、内部に仕込まれた魔法が起動しないらしい……。いいな?」
「りょ、了解であります。大佐……」
二人はゴクリと喉を鳴らす。
鞄を受け取る際に、万が一敵に奪われる、もしくは、何らかの形でこじ開けようとすれば、大規模な爆発魔法が発動すると、半ば脅しにも似た言葉を聞いている。
二人は、慎重に鍵穴に、小さな鍵を差し込む。
「さん、にぃ、いちからの回しで良いか?」
「は、はい……」
「良し、さん、にぃ、いち、ターン!」
二人は見事なシンクロで、鍵を回す。
死線をくぐった経験のある二人でも、流石に未知の恐怖には勝てず、思わず目をつぶる。
ガチャリと音と共に、何らかの魔法が発動したようなマナの振動音が微かに聞こえる。
身構えた二人の目の前で、鞄が開き、中には大きめの赤い封筒が入っていたのみだ。
「だ、大丈夫だよな?」
やや怖気づいきながら、レイジネルが封筒を取る。
何も起こらない事を確認して、ようやく中身を取り出した。
中には、命令書と概要を示した透明なセルロイドの様なシートが数枚入っている。
これは、最後の仕掛けだ。
命令書には簡単な情報しか無い。では、詳細はと言うと、セルロイドシートが鍵に成るのだ。
ここまで徹底した、機密保持に首をかしげつつ、師団長就任の際に習った暗号解読術を使う。
それは、隊長クラスのみにしか教えられていな、魔法技術の一つだ。
こうして、いくつかの手順をこなし、レイジネルは遂に作戦の全体図を手に入れた。
そして、引きつった笑みを浮かべて固まる。
「皇帝陛下……、こりゃ、どういう事ですか……」
レイジネルが呟いた言葉は、同じ時刻、同じ手順で赤封を開けた、第二機甲師団師団長ハービル・オレインもまた、全く同じ反応、同じ言葉を放った。
日が沈み、また明ける。
アルセリア歴2017年、6月20日。
この日は後に、両国共に『悪夢の一日』と呼ばれる事になろうとは、王都ウンディエネに住む者達、ウラジスで敵を睨みつける兵士達、怯える人々、そして、戦いに挑まんとするアレクシア帝国軍人達は予想だにしていなかったのである。




