シンジの懸念
メイッシュ公爵の兵が蹂躙されている頃、ミーティアラ王国王都ウンディエネは未だ平穏の中にあった。
「タクロー君達、帰って来ないね……」
ミーナとシンジは、昼のひと時をのんびりと過ごしていた。
空には連日どんよりとした雲が立ち込めているが、雨が降る気配は全く無い。
雲で太陽が隠れているせいで、やや肌寒さを感じる程だった。
「二、三日で帰るって言ったのにねぇ……」
居間にある窓際のソファーで、向かい合う二人。
ちらりと食事をするテーブルを見ると、食事後のゴミや、様々な資料の束などが散乱している。二人は深い溜息を吐いた。
男二人だけだと、こうもだらしなくなってしまうのかという思いが籠もっている。
「そういや、シンジくんに渡しとく物があったんだ」
ミーナは近くに置いてあった、黒い鞄をソファーの前の小さなテーブルに置く。
首をかしげるシンジの前には、軽々しく『渡す』と言うよりも物騒な物が出てきた。
「は、ハンドガン……。完成したんですか?」
「うん、取り敢えずってところだね……。だけど、この45口径セミオートマチックはタクロー君用だよ。俺達のMPや魔力値じゃこいつは飛ばせないみたい……。爆筴が小さすぎるんだよねぇ……」
45口径のハンドガンのスライドを引いて、弾丸を一発外に飛び出させる。
そして、ミーナはその弾丸をシンジに手渡した。
「
完全に実弾じゃないですか……。この薬莢部分が空じゃなきゃ、完全に弾丸のそれですよ……」
引きつった笑いで、弾丸を眺める。
「一様.45ACP弾……モドキで作ったんだけど……。まぁ実弾は何度かアメリカの射撃場で見てるのと、実弾を模した飾りを持ってるから、それを参考にしてるよ」
「なるほどねぇ……。どう見ても完璧に見えるのはそのせいか……」
「でも、実際の寸法までは把握してないから0.45インチの計算で作ったに過ぎないよ」
ミーナは肩をすくめて、苦笑いをする。
「で? 俺に渡す奴ってのは?」
シンジは弾丸をミーナに返しながら、鞄の中を覗く。
「まずは、コレ」
底の方から、革製の入れ物に入った物を取り出す。
そして、革製の入れ物から黒い金属で出来た物を取り出すと、一部分を握って振る。するとソレは、一瞬にして弓の形になった。
「な、ナンスカそれは!?」
「コンパウンドボウだよ。弓の両端にある滑車がね――――」
「いやいやいや、ちょっとまって!! いきなり、過ぎて理解が追いつかない」
「だって、これからどんなモンスターに遭遇するか解らないんだよ? 高威力の弓があっても良いんじゃないかな? って思ってさぁ。それに、俺達の持ってる武器って、基本昔ながらの剣だったり弓だよ? 『魔導銃』なんて近代的な武器が出てきたんだから、こういうのも新しくしないと……ね」
「はぁ、そういうもんですか……」
ミーナに差し出され、シンジはため息混じりにコンパウンドボウを手にする。
「軽!? え? ちょっと弦を……、うわっ張力半端ない!!」
「弦じゃなくて、ストリングって言って欲しいなぁ……。ちなみに持ち手はライザーね」
シンジの反応を嬉しそうに眺めながら、ミーナは各部位を説明する。
「流石、ミリオタ……。こえぇぇ……」
「酷いなぁ、俺より、タクロー君の方が怖いよ」
ミーナは、アイテムボックスから紙の束を出した。
「これは?」
「タクロー君が描いた製図」
「あいつ、製図描けるの?」
「CADが出来るからって言ってたのは知ってたけど、まさか手書きが出来るのは知らなかったよ……。まぁ、専門職では無いから、俺がチョイチョイ手直ししたんだけど……。でも、コレだけ出来るのはすごいよ。マジで家の会社に欲しい人材だわ……」
「ラブコールはしてたんでしょ?」
「いや、もし良かったらって話はしてたくらいだけど……。ここまで出来るって解ったら、完全にラブコールモノだね!」
ミーナの地球世界での仕事は、金属部品の製造だ。
加工がメインであるが、それも設計図がなければ勿論作れない。つまり、設計図が描けると言うタクローは優秀な人材になりうるのだ。
おまけに、タクローはマシニングオペレーターとして仕事をしている。近年では、機械加工がほとんどであったが、ソレにもある種職人じみた能力が要求される場合があるのだ。
ミーナは勿論、職人の粋に達しているのだが、タクローもまた、ある種ではそうなのだ。
「現実世界に帰れたら、絶対タクロー君には家の会社に来てもらうよ……」
ミーナはニヤリと笑う。
「で、実績はコレと……」
シンジはコンパウンドボウを掲げる。
「後、コレ」
机の上に新たな『銃』がゴトリと音を立てて置かれる。
「り、リボルバー……」
シンジの顔がこれまで以上に引きつる。
「渡したいのは、コンパウンドボウとコレの二点だよ」
悪魔じみた笑みを浮かべるミーナ。
「タクロー君が提案したのは、この二点さ。オートマチックの方は、俺のちょっとした嫉妬からかな……」
「つまり、こっちの45口径はミーナさん作と……」
「そ。そんでタクロー君の案はリボルバーで、マグナム弾を使用するってヤツなんだけど……。悔しいけど、コレがちゃんと使えるんだよねぇ……」
ミーナは、自分のアイテムボックスからもう一丁のリボルバーを取り出す。
「マグナム弾って、元の薬莢部分が長いから爆発の威力を、きちんと爆筴内に収められるんだよ……。対して、俺が作った.45ACP弾は短いからある程度使用者が限定されるらしい……」
「威力は?」
「同等……、と、言えるのかは不明……」
実銃を所持することを許されない日本と言う国に住む人間は、銃を扱う事は皆無に等しい。
ミーナは、別な国であるアメリカで、銃の射撃体験をした事がある。
だが、近代的な銃ばかりで、リボルバーで、しかもマグナムと呼ばれる超高威力の物は体験したことがなかったのである。
「タクローはあるのかな? 実銃体験……」
「無いって言ってたよ」
「あ、そう……」
シンジは引きつった笑みで、リボルバーを眺めた。
「とりあえず、弾は50発。あと、スピードローダーね。こいつは、おもちゃでもあるから作りやすかったよ」
実弾が入った紙箱と、弾丸の装填用の道具をバッグから出して、バッグをアイテムボックスにしまう。
「まぁ、コレならモンスター戦は楽……かな? ってか、どう見ても対人戦を想像してしまう……」
「ああ、ファストの町のアレかぁ……」
「帝国との小競り合いは、チョイチョイあるらしいですよ。俺が読んだ資料によると――――」
シンジは、図書館で賢者の事を調べる際、時折現在の状況を片手間で調べていた。
イースタル要塞が作られる以前は、人対人の戦争があった。しかし、時の宰相ライクラ・フォルン・アレクの指示でイースタル要塞と巨大な壁が作られた。
通称『アレクの結界』は、アレクシア帝国軍の進行を阻み、また、周辺モンスターの進行も阻んだ。
これにより、モンスター対アレクシア帝国軍という構図を作り出すに至る。
それからのミーティアラ王国は、平和に包まれる事になる。
イースタル要塞を迂回して、北から回り込む道にも、南から回り込む道にもモンスターが大量に出現する為、アレクシア帝国軍がミーティアラ王国領内に侵入する頃には疲弊と損害が大きく、まともに戦争をする形にはならなかったからだ。
故に、人々は『小競り合い』と呼ぶ事になる。
「ふーん、そうなんだ……」
ミーナは、腕を組んでシンジの話を真剣に聞く。
「だけど、俺はコレを諸刃の剣だと見ますね……」
「なんで?」
「もし、壁が崩壊したら完全にアウトですよ。モンスターを攻撃の武器には使えません。帝国はなだれ込んで来ますって……」
「でも、これまでそうなってないんでしょ?」
「ミーナさん……、コレ、コレの出処はどこです?」
シンジはリボルバーを持ち上げて見せる。
「タクロー君?」
「違います。元ネタはファストの町を襲撃してきた帝国軍です。連中が『魔導銃』を持ち込まなければ、ミーナさんがカスタマイズして、そして、タクローがコレを設計する事はなかった……」
「って事は……」
ミーナは、真剣な面持ちでシンジを見つめる。
「連中、下手するとアームストロング砲とか持ち出すかもしれませんよ……」
「大砲かぁ……、だけど堅牢な盾である石壁なら……」
「じゃぁ、もう一個の不安要素。ミーナさん、グレネード持ってますよね?」
ミーナはアイテムボックスから、二個のグレネードを取り出す。
「覚えてたんだ……」
「はい。これまで一度も使わなかったから、何かの為に温存してるのかと思ってました……」
「いや、まぁ、うん……。構造知りたくてね……」
「コレが一番やばい。岩盤を崩す為に、ダイナマイトを使用しますよね?」
「俺達の世界の話?」
「はい」
「俺は、詳しくは知らないけど……」
「硬い岩盤に、一定間隔穴を空けてダイナマイトを詰めます。そして、ソレを一気に爆破すると、岩盤を破壊できるんですよ」
「壁にもソレを応用する……、あ!!?」
「気が付きました? 中東なんかだと、石壁や土壁の建築物ですよね?」
シンジはビジネスマンとして世界を巡る。紛争の絶えない場所に行くこともあるのだ。
中東、ソコは宗教的な価値観の相違や、部族間の争いが多い場所だった。
ゲリラ、テロリスト、内戦、様々な話が連日、日本のメディアを賑わせる事があった。
そんな最中、シンジは仕事でその場所に居た事があったのだ。
『日本人は、大使館に急行せよ』そんな話を聞いて、大使館に避難を強いられた事のあるシンジは、避難の最中、戦火をかいくぐらねばならない事態に巻き込まれた経験がある。
「あそこは、マジ最悪でした……。でも、おかげで少し、この世界で起きようとしている状況が視えてくる感じがするんですよ……。連中は、来ますよ……」
コレまでにない真剣な面持ちのシンジに、ミーナはゴクリと唾を飲む。
「これだけの技術革新だ、岩盤を爆発で破壊する術を持ってると見て、間違いないですよ。俺は、自信を持って言えます。帝国は近い内に、来ます。ソコで『俺達はどうするか?』です。タクローが居れば、こんな話簡単に済ませられるんでしょうけど、居ないとなれば……」
「なるほど、タクロー君達が帰って来る前に、『事』が起きなければそれで良し。起きたら……」
「対人戦闘ですかねぇ……」
シンジは辛そうな苦笑いでつぶやく。
「守る場所があると大変だね……」
「帰る方法が、全然皆無ですからね……、なんか、賢者って奴等に弄ばれてる気がしますよ……」
シンジは、深い溜め息を吐いた。
その日の夕刻、一台の魔導車がウンディエネにある王城に突っ込まんばかりの勢いで駆け込んでくる。
何事かと駆け付けた衛兵達に、魔導車に乗っていた者が飛び出す。
「こ、国王陛下に謁見を! 帝国が、攻めて来ました!」
メイッシュ公爵の使いが、ミーティアラ王国国王に謁見を求める。
こうして、アレクシア帝国軍の進行が初めて、王城にもたらされるのだった。




