世界樹と精霊とエルフと
国立公園は非常に広い。
未開区画は更に広い。
その二つを合わせて考えると、巨大な樹海が広がっているのだ。
公園として呼ばれる場所の最奥、地面から水がコンコンと湧き出る場所にソレはあった。
『世界樹』
正確には、その枝が育った若木だ。
周囲にはまるでマナが実体化したかのように、光の粒が漂う幻想的とも、神秘的とも言える風景となっている。そこには近代化が進む中、取り残された古の空間が広がってさえ見える。
人の目には見えないものの、周囲には精霊と呼ばれる存在が漂っている。
まるで、人の立ち入りを許さぬような光景に、タクロー達は入り口で見入ってしまう。
「流石にここにはモンスターは来ないか……」
タクローの言葉に、誰も反応しない。
時刻は丁度、昼に成る頃。
襲い来るモンスターを蹴散らしやって来たこの場所こそ、目的の地だ。
タクローは先陣を切るように、前へと進む。
つられて、他の者達もそれに続いた。
「三、四年ぶりにここへ来るが、相変わらずなんとも言えない光景だな……」
ため息混じりに周囲を見渡すセルヴィナ。
トリスは一人、不快感を露わにする。
「なんだこのニオイは……、俺達を拒絶しているかのような……」
トリス以外は誰も感じる事が出来ないモノを感じ取る。
イツキを始めとする少女達は、目を丸くして周囲を見渡す。
ヒカルは周囲を歩き回っては、手当たり次第観察する。
アリーシャはトリスの後ろを困惑した表情で歩く。
そんなメンバーをよそに、タクローは世界樹の若木を目指した。
「へぇ、コイツがそうか……。世界樹ねぇ……。ゲームだとものすごい大木だけど、これは普通の木と変わらないな」
そう言って、世界樹の若木に手を伸ばす。
急に、光の粒がタクローを襲うようにまとわりつく。
「まさか、精霊!?」
セルヴィナの言葉に、メンバー全員がタクローを見た。
「何だこれ? ハハハ……面白いな!」
タクローの言葉に呼応するかの如く、光の粒は踊るようにタクローの周りをジグザグに、また、波打つ様に回りだす。
「ハハハ……、なんだよ……。拒絶のニオイが一転して好意のニオイになりやがった……」
タクローから立ち込める警戒から一変して楽しいといったニオイに変わると、光の粒達はソレに反応を示した様に見える。
「あんたは、一体何者なんだよ……。周囲のマナに影響を与えるだけじゃ飽き足らず、精霊まで手懐けるのかよ……」
トリスは引きつった笑みで、タクローを注視するのだった。
「イツキ、ニコ、サツキ、シズク、コズエ、ムツミ、ナツキにヤエ、来てみろよ!」
タクローの呼びかけに少女達が応える。
タクローの周りを舞う光と粒と戯れる少女達。その光景は、心温まる形で他のメンバーの目に映る。
一つ一つの光が少女達と触れる。
「精霊は、人の心に潜む闇を照らすと言う……。主様、貴方という人は……」
セルヴィナは誇らしげに、タクローを見つめる。
「ああ、セルヴィナさん。あの人はそんな事までは考えてないよ……」
ヒカルはセルヴィナの肩に手を置く。
「違うのか?」
「違うと言うのもまた違うけど、そこまで深く考えてはいないわよ。適当に適当な人だから」
ヒカルの言葉の意味がわからず、セルヴィナは首を傾げる。
「適当に……、適当?」
「そ、深く考えていないの。行き当たりばったりがモットーなのよ」
「い、行き当たり!? これまでの事全てか!?」
「本人の中では、ね」
苦笑いのヒカルに、セルヴィナと後ろで話を聞いていたアリーシャ、トリスも驚きを隠せないでいた。
ミーティアラ王国国立公園、未開区画のとある場所に一つの隠れ里と呼ばれる場所がある。
そこは、人目に付かないように徹底して隠蔽するための様々な工作がされている。
ソコに住むのは、エルフとハイエルフ達。
人里を追われた者や、人間に酷い仕打ちを受けた者達も含まれるその集落は、決して人間を寄せ付けない様、鉄の掟があるほどだった。
集落の中心には大きな大木の中をくり抜いて、家としている者が居る。
それはハイエルフの老婆だ。
齢300近くになる彼女は、本来であれば千年近く生きるはずであるハイエルフであるにも関わらず、見た目から既に酷く衰えていた。
それは、人間社会が大きく進出していった弊害である。
老婆は、一度周囲の異変を感じ取り、大樹の家の二階のベランダに出る。
「マナが、マナが……。コレは、喜び? 憂い……他には……」
彼女は目が見えない。
かつて人間により、迫害を受けた時に両目の視力を失った。だが、それでも彼女は今も生きていけるのは、リリーアやトリスの様な特殊な『能力』の賜物と言える。
「オオババ様、どうされましたか!?」
『巫女』と呼ばれるエルフの女性が老婆の背後に立つ。
「ミセリルア、これはどうした事だい。マナが歓喜しておる! いや、違う。精霊達が喜び踊る様が視えるぞ!」
老婆に視力は無い。しかし、彼女には確かに視えている。光の粒達が踊る様を。
「精霊が……、踊るのですか?」
「ああ、踊っておる。大樹の半身で、精霊が自身の主を見つけて、踊っているぞ!」
その言葉に、巫女ミセリルアは驚きの表情を浮かべて、直ぐ様大樹の家から飛び出す。
程なくして、大勢のエルフ、ハイエルフ達が男女を問わずに大樹の家に集まる。
「オオババ様、ミセリルアの話を聞きました! 真ですか!?」
一人のハイエルフの男性が、大樹の家の前に立つ老婆の前に出る。
「ハイネオ、真だ……。大樹は、そして、精霊は遂に主を迎えるやもしれぬ……。これであの悪魔の樹を屠れるぞ!」
ハイネオはこの集落の代表である。
「な、なんと……。ようやくこの樹海に平穏が来るのですか!?」
「ああ、間違いない……。が、一つ気がかりがある……。件の精霊は八属性が揃っている事だ……」
「は、はちぞくせい!? ば、馬鹿な!? 世界に散らばる属性の殆どが何故!?」
「大樹じゃな……。あそこには、大樹の半身がある。恐らく大樹が、主を見つけおったのだ……」
「其の者は人間でしょうか?」
「解らぬ……、だが、かの勇者と呼ばれた者も人間であった。であれば……」
エルフ、ハイエルフ達から失念の吐息が漏れる。
「案ずるな! 例え人間であろうとも、精霊が認めし者である事には変わりあるまい! 世界樹の精霊もまた然りだろう」
「ドライアード……」
ハイネオが精霊の名を呟く。
「さよう、かの精霊もまたなびいておるわ……」
老婆は世界樹の若木がある方を『見つめる』。
「その者があの悪魔の樹を屠れると?」
「そうでなければ、困る……な」
老婆は肩をすくめて見せる。
「なれば、使いを出しますか……」
ハイネオは背後に居る、集落の者達を見る。そして、老婆の背後に居る巫女ミセリルアに視線が及ぶ。
ミセリルアは若く、集落一番の美しさを誇ると噂される。
「オオババ様、その者は男ですか?」
ハイネオの言葉に、老婆は首を横に振る。
「解らぬ……。が、かの勇者は男であったらしいな……」
「そうですか……」
老婆とハイネオが、深い溜め息を吐いた。
二人の気持ちを察したミセリルアが、前に出る。
「私が使いとして、行きましょう」
二人は黙っていた。
「もし、必要であれば私の身を捧げてでも、あの悪魔の樹を倒させて見せます」
確固たる決意を持って、ミセリルアは老婆とハイネオの間に立つ。
「お前は次代を支えてもらわねばならぬのに……」
老婆の言葉に、ミセリルアは困った表情を見せる。
「私の決意が揺らいでしまいます……」
「しかし、ミセリルアの美しさであれば、なびかぬ男は居ないであろう……」
ハイネオは悲しげに笑う。
「このままでは、この集落だけではありません。悪魔の樹の根は、既に樹海の半分にまで達しています。マガイモノ達は、森を去りつつあります。この森を守る術は失われ、やがて大樹の半身もまた、悪魔の樹の餌に成るでしょう……」
ミセリルアの言葉に、最初は反対の声を上げていた者達もやがては黙ってしまう。
「私が一人、贄になって皆が守れるのであれば、喜んで死地にも向かいます」
満面の笑みを浮かべるミセリルアであったが、その膝は震えていた。
老婆は大きく息を吸い込み、吐き出す。
「ミセリルアよ、この集落、アウター・フォレストを代表して、行ってくれるか?」
「はい、喜んで!」
かくして、一人のエルフの女性が集落から出ていく。
この集落、アウター・フォレストの鉄の掟の一つに『集落から出た者は、二度と戻ってはならぬ』と言うものがある。それは、集落の場所を知られぬ為だ。
彼女は、二度と戻れぬその地を見つめ、暫く後『外』へと歩き出すのであった。




