王都にて1
リリーア・ニルス・ミーティアラは王の執務室で紅茶をすすっていた。
父親であり、国王でもあるサナビルド・ニルス・ミーティアラは、リリーアがまとめた書類を見ている。その表情は険しいものだった。
王の執務室には、他にリリーアの側付きとして剣聖親衛隊隊長となったギグナオ・エブリウスと、フルーリア・ヨネムスの姿が有った。
王の後ろでは、糸目にメガネを掛けた、長身の男が一人立つ。彼は王国宰相にしてリリーアの教育係も努めた、トーマス・ロッツ・アクリバルだ。
「なるほど……、やはり、レズールは帝国と繋がっていたか……」
「アルフと話し合った結果、帝国は欠陥品の処分として、レウラ伯爵に声を掛けたと見ていますわ」
トーマスのメガネがキラリと光る。
「アルフが……。ふむ、ならそうなんでしょうね。しかし、彼も面白い事に巻き込まれて……」
トーマスは含み笑いで、後ろにあった窓の外を見る。どんよりと薄暗い空は、厚い雲に覆われていて、何時でも空から水の雫が落ちてきそうであった。
「アルフの話はどうされます? お父様」
「帝国に対抗する為の武器か……。一度きちんと見てから、決めねばならんな」
「そうですか」
「しかし、リリーア……。アレだけは断じて認めんぞ」
リリーアは可愛らしい娘の顔で、「何故です?」と首を傾げて父親を見る。
「あ、あんな、得体の知れない奴なんて、断じて認められるか!!」
次第に声が大きくなり、最後には怒鳴りつける勢いであった。
「あら、お父様は私が夫を決めて良いとおっしゃいましたよ?」
「だが、アレは駄目だ! 家柄も、ましてや家名も持たない奴など! 確かに自分で決めろとは言った。お前の『目』に適う奴ならば……と、思ってな……。だが、奴はどうだ? 礼儀もソコソコに、あんな軽薄そうな面構え……。何を考えているのか解らない呆然とした態度……、どれをとっても私は席をあやつに与える気にはなれん!」
「人は、見た目で判断するものでは無いですよ」
リリーアが父親を軽く、睨みつける。
リリーアは解っていた。王都に着いてから、タクロー達を王城に招き、王に謁見した時から父親であり、この国の王が彼等に放つ『色』が好ましいモノではなかったからだ。
「トーマス! 貴様からも、なんとか言わないか!」
トーマスは肩を竦めて、困った顔をする。それは、「もはや何を言っても無駄だ」と言う現れだ。
その反応を見たサナビルドは、大きなため息を吐いて、言葉を発することをやめる。
「取り敢えず、その件は今直ぐどうと言う話では無いので、今決めねばならない事を話し合いましょう。おとうさま」
ニッコリと笑顔を見せる、リリーアに対して、サナビルドの長い戦いが始まろうとしていた。
セルヴィナ・ストーリスは、家に帰り着くなり怒声を浴びていた。
怒声を上げたのは、父親であり、ミーティアラ王国で最も強者とされる『剣聖』の称号を持つ者だ。
名をザイアン・ストーリス。
普段は娘に対して怒った事はあまりなく、それ故にセルヴィナは初めてとも思える程に父の怒った顔を見たのだ。
「お、おおおお、お前は、何を考えているのだ!? 王家を捨てる気か!?」
「あ、主様がそうしろと言うのなら……」
顔を伏せて、怒声に耐えるセルヴィナ。ザイアンは真っ赤な顔で、セルヴィナに詰め寄る。
「あるじさまだとぉ!? 騎士の誓いを立てたのは誠なのか!?」
「父上、これを御覧ください! 私の剣にございます」
セルヴィナは自分の腰に下げている剣を、ザイアンに差し出した。
「ふん、この暴風聖剣がどうした……」
ザイアンは剣を取ると、刀身を鞘から抜き出す。
「こ、これは……一体!?」
「主様より授かった剣です」
「さ、授かった!? 元の聖剣は何処へ!?」
「それです。暴風聖剣は一度壊されました……」
セルヴィナはこれまでの経緯を話した。
ザイアンは最初に、タクローが剣を一握りで破壊したという話に、怪訝な表情を見せていた。しかし、話を聞くにつれ、引きつった表情に変わる。それは、センターでの決闘の一件から次第に。
「あの姫様が『夫にしたい』と言い出した時は、なにをふざけた事をと思ったが……。そうか、その様な……」
タクロー達が謁見する際、玉座の間にザイアンも同席していた。
一同が怪訝な表情で見つめる中、タクロー達にうろたえる様子も無く平然としていたのをザイアンは思い出す。
リリーアが、夫として迎えたいとタクローを名指しした時には、礼儀も作法も無くリリーアを呼び捨てにした上に、「冗談じゃねぇ」などと悪態を付く始末だ。
サナビルドとザイアンだけでは無い、その場に居た全員が「この男は一体なんなのだ!?」と怒声を上げて退出させる程であったのだ。
「はぁ……、お前の言いたいことは解らないとは言えない……」
ザイアンはセルヴィナに剣をそっと返す。
「しかし、しかしなぁ……。我等は王家に仕える、名門とされているのだぞ……」
「主様からは、家に帰るよう言われました。しかし、私は彼の側に居たいと思います」
「姫様みたいに、惚れたのか?」
セルヴィナは真剣な表情で首を振った。
「違います。彼の生き方を見てみたいのです。そして、その存在がどの様な変化をもたらすのかを……」
「変化……だと?」
「はい。センターでの件は聞いていますか? 主様は一部の奴隷を解放すると共に、彼女達の居た組織を壊滅させました。それは、あまりに残虐的とも言えるやり方でしたが、責任者以外は全員命を取りませんでした。しかし、恐怖を植え込む事で、他の同業者達を怯えさせる事になったのです」
セルヴィナの話し通り、タクローが奴隷売買の組織を一つ潰した事で、タクローに瀕死の重傷を負わされた者達は、怯え、起こった事を周りに話して聞かせた。
それにより、センターの奴隷売買は少しずつ、なりを潜めていったのである。
「彼の言動は、周りを動かします。私もそうです、亜人を下に見ていました。亜人は我等より、劣っていると……。しかし、理由が見当たらなくなりました。何故、彼等が劣っているのかと。私にも出来ることと出来ないことがあります。それは彼等も一緒です。それを気が付かせてくれたのが――――」
ザイアンは笑う。
その反応に、セルヴィナは首を傾げて話を止める。
「なんとも型破りだとは、私も感じていたが……。ハハハッ、なるほどなぁ……」
ザイアンは娘の変わりように、思わず笑ってしまった。これまで、我儘に育てていた事にやや後ろめたい気持ちがあった。
妻を早くに亡くしたせいで、きちんと育てる自信が無かった為か、欲しい物を与え、怒った事などあまりない。怒声を上げるのは、今日が初めてではないだろうかと思えるほどだった。
そんな娘が、少し目を離しただけでこうも変わってしまった。変えた男が少し羨ましくもあったのだ。
こうして、セルヴィナはタクローの側に戻る事になるのだった。
王への謁見後、アルフ・フォルン・アレクは王都にある巨大な工房へと足を運んでいた。共に歩くのはミーナだ。いつもいる従者エンディ・レイダスは別件で居なかった。
「しかし、何時見てもここは大きいですね……」
アルフが見上げるそこは、王都の魔導機械の製造から修理を一挙に執り行う場所である。大きさとしては、この世界の一つの町規模と言っても過言ではない。
工房の敷地内には、様々な雑貨から食料品、工房で働く作業員の為の業務用品店などもある。
それだけでは無く、住居もあるために工房から出ないで生活できる程だ。正に、町一つが入っているのだ。
そしてその四分の三が工房なのだから、規模の大きさが伺える。
これを見たミーナが「ボーイングの工場とどっちがデカイかなぁ……」などと、呟くほどであった。
工房敷地内は基本、専用の魔導車で移動となる。
彼等は、魔導銃の仕組みを伝える為にここへ来たのだった。
当初は、アルフの住むトルツェの町で行うはずであった魔導銃製造であったが、協議の結果王都でも製造する事になったのだ。
だが、これでアルフの野望が潰える事はなかった。
シンジが上手く周囲を丸め込んだおかげで、トルツェの町への鉄道計画が再興する手はずになり、また、トルツェの町でも魔導銃製造が行われる事になったのだった。
コレには、流石にシンジを知るタクロー達が「流石は営業マン」と称賛を送る程に交渉の手際の良さが光ったのだ。
魔導銃はリリーアが、レウラ伯爵から持たされた物を使用する案は棄却される。ミーナの手直しと、改良を加えた物を正式採用される事になったのだった。
タクローはヒカルと、アリーシャとトリスの四人で家を探していた。
イツキを始めとする元奴隷少女達の住まいと、王都で活動するための拠点にするためだ。
シンジは王立図書館にて、情報収集に励んでいる。
そんなシンジも、長丁場になりそうだと覚悟して、家を探すように指示を出したのだ。
それは、未だ元の世界に帰るめどが立たないままであったからだった。




