センターの長い夜4
孤独な戦いを続けるタクローは、アンデット達の容姿に気が付き始めた。
「なぁ、シンジ、聞こえるか?」
「ん、なんだ?」
「アンデット、特にゾンビやグール、スケルトンもそうだけど、殆どが女じゃないか?」
シンジは、暗がりでの戦いを繰り広げている。容姿まで細かく見えてはいない。一方のタクローは鎧のおかげで、鮮明に見えている。
「そうなのか? 暗くてよく解らないが……」
そんな二人の会話は、別ルートを行くセルヴィナの耳にも入っていた。
「ぐ、偶然では無いでしょうか?」
セルヴィナの言葉に、タクローは首を傾げる。
「偶然? 偶然で女ばっかり? ってか、どんだけ女率高いんだよ…」
タクローは目の前に迫るアンデット達を注視する。
幼い者から、若い者であったように感じられるアンデットばかりが並ぶ。幼いと思える者は、見るからに背が小さく、確実に判別出来た。
リリーアの予想は見事に的中したのだ。
「なんなんだよ、こいつらは……。よく見りゃ、ボロ布着ている奴なんて居やしない。全員裸じゃねぇか……」
タクローの声のトーンが一段と低くなったのを聞いたセルヴィナは、嫌な汗をかきはじめた。そこに助け舟が差し伸べられる。
「ちょっと、タクローさん。何見てるのよ!」
ヒカルの突っ込みに、タクローは焦った様な声を上げた。
「い、いや、だって、ほら、俺はバッチリ見えるわけだし……」
「いやらしい……」
「ち、ちっげーよ! ってか、こいつらゾンビだぞ、俺はフレッシュな方が良いから!」
これによって話は、明後日の方向へと向かう。そんなやり取りに、他のメンバー達が笑う中、セルヴィナは一人ホッと胸をなでおろしていた。
しかし、タクローの中で疑問は疑問として残ったのだった。
タクローの行くルートが、一番下水道中央部に早くたどり着ける様になっている。
中央部に近付くにつれ、敵の強さが上がっている様な感じを覚えたタクローは次第に警戒を強めていった。
出口付近には居なかった、犬のゾンビ、ヘル・ハウンドも出てくる。
素早い動きで突進攻撃から、噛み付き攻撃を行う。体力は低いが、動きが素早いために、対処には苦労させられる。
この時、初めてミーナとヒカルが新たに設けた新機構が生きてくる。
左手の手甲は、プロテクションの魔法を極点で展開できるようになっている。
それは正に魔法の盾だ。H・Rソードと組み合わせる事で、盾と剣を持った戦士、もしくは騎士の様な戦い方になっていく。
だが、全ては実体を持たない魔法で構成された武器なのである。
タクローの攻撃は多彩さを一段上げる形になっていた。
攻撃を極点プロテクションで防ぎ、H・Rソードで斬りつける。離れた相手に対しては魔法を展開させて攻撃。
現状で死角はかなり少ない。背後に若干の不安を抱えるくらいである。
だが、人間は普通に前面しか見る事が出来ない。それ故に背後の死角まで無くすと言うのは、贅沢な話と言える。
タクローは前面のレンジ間に対する、戦闘ハンデを一切無く戦えるの様になっているのだから。
戦闘を繰り返していると、次第にゾンビ等、実体を持ったアンデットが多くなっている感じがする。
「下水道に、ゾンビって……。ウィルスでも蔓延したのかよ」
などと、とあるゲーム作品を思い浮かべながら先へ進んでいく。
そして、ついには下水道中央部に一番でたどり着いた。
下水道中央部は、大きなドーム型の構造になっている。
一度中央部に下水を集めて、浄化魔法によってある程度浄化してから運河に分散して排水する仕組みになっているのだ。その為に、下水道の道より若干臭いがキツイのだが、魔法で隔離された全身鎧を着ているタクローには、なんの不快感も無かった。
汚水と言えるものが大量に流れている場所に、多くのアンデット達がウロウロとあるきまわっている。
幸い、タクローにはまだ気が付いてないようだった。
そして、中心地にはあまり見かけない存在を見つけた。
大きな体は三メートル近いとさえ思える。人の姿に似ているが、人ではない。全身が黒く、コウモリの羽の様な物を背中から生やし、頭には羊のようにな角が生えている。
その姿は正に、悪魔そのものであった。勿論、ゲームに存在するボスの一匹。
グレート・デーモンであった。
「まじかよ、なんでこんな所に?」
タクローは、一人状況を把握するため周囲を見渡す。
汚水に浮かぶ死体を、グレート・デーモンがアンデットに変えている。これは、グレート・デーモンの能力の一つだ。
死体をゾンビや他のアンデットに変える力、それを行使しているのだ。
「って、事は、だ。コイツが元凶なのか?」
更に観察を続けると、使い魔らしき存在が、中央部北側から死体を持って現れるのが見えた。その内何体かは、すでにアンデット化している者も居る。
「どういう事だ? アンデットを量産している感じもするし、アンデットを連れてきている感じもする……。意味が解からん」
タクローはグレート・デーモンの行動を、不思議に思いながらも眺めていた。
ほんの少しの間を置いて、グレート・デーモンが銀の全身鎧の存在に気がつく。
「ほぅ、人間か? それとも、亜人かな?」
やや軽い口調な巨体の悪魔は、タクローの元へ一歩踏み出す。
タクローも、グレート・デーモンへと足を進める。
「人間だよ。お前はこんな所で何してんだ?」
タクローは臆する事もなく、悪魔と対峙する。
「見ての通りだ。お前達が捨てたモノを再利用しているんだよ」
「捨てた? 死体をか?」
「何年も何年も飽きもせず、捨てているでは無いか」
タクローは首を傾げた。
死体はきちんとした手順で埋葬しなければアンデットになる。それは、タクローも知っている話だ。
この世界の常識であるはずなのに、この巨体の悪魔はあまつさえ『捨てている』と言うのだ。
「意味が解からん、きちんと埋葬しなければならないのに、何故だ?」
「では、誰かが捨てているのだろう? 定期的に我の住まう洞窟に降ってくるのだからな」
悪魔の言葉でタクローは考える。
「洞窟? ここは下水道だろう?」
「ここより北に我の洞窟と繋がる道を作った。あまりにアンデットが増えて困ったのでな。次いでだから、上の都市も滅ぼしてしまおうかと考えてな」
「つまり、アンデットを都市に解き放つ、というわけか?」
「そうだな」
悪魔は、腕を組んで宙に浮かぶ。
「つまり、貴様は我の邪魔をしに来たのだろう?」
タクローは肩を竦めて見せた。
「なら、戦おうではないか。それで、貴様はなんだ?」
「人間だよ。冒険者って奴だ」
タクローは兜を外して、顔を見せる。
それまでは気が付かなかった、暗闇と異臭に驚く。そして、臭いで吐き気を覚えて、直ぐに兜を被り直した。
「流石に、下水道か……」
喉元までやって来た、酸っぱいものを飲み込んだ。
兜の中は新鮮な空気で満たされる。
「ふむ、この悪臭に当てられたか」
悪魔はニヤリと笑った。
「しかし、冒険者とはな……。見慣れない装備だが、よもやプレイヤーでは無いだろうか?」
タクローは驚いて、悪魔を見上げる。
「成る程。では、私はようやく役目を果たせるのだな……」
悪魔は満面の笑みを浮かべた。
「どういう事だ? なんで、プレイヤーだと?」
「我はこの下のダンジョンの主。そう、『トルステネ魔窟』の主だからなぁ!」
タクローの思考が眠気を吹き飛ばし、加速していく。
トルステネ魔窟はゲーム時代にあった、ダンジョンの一つだ。
ルクセンドル大陸の西側は比較的、レベルの低いモンスターが多い。それは、ゲーム序盤に冒険する事になる場所だからだ。
その中でトルステネ魔窟は、序盤最後の場所となる。そのため、中盤レベルで無ければ入る事は困難としか言えない。
タクローの目の前に居るのは、そこのボス敵だ。
本来は、仲間と共に戦う事になる。仲間が居ない場合は、サポートキャラクターと言うゲームでのお助けキャラを連れて戦う。
無論、タクローは攻略済みな場所であり、仲間と共に幾度となく倒したボスだ。
しかし、タクローは今一人である。どこまで戦えるかを試算する。
自身のMPは、中央部に来てこれまでのやり取りで全回復している。しかし、有効と言える魔法は鎧にセットされている魔法で対応可能なのは、火属性魔法と、H・Rソードのみと、攻撃手段は極めて少ない。
どうするかと悩むより早く、悪魔が先手を打つ。
スキル『地獄の炎』を発動させ、周囲一帯に黒い炎が巻き起こる。それは、スキルと言うより魔法に近いモノ。詠唱無しで攻撃出来るのはゲーム当時では対応に困っていた代物だ。
タクローは炎を避けるように、エアロダッシュで動き回る。
周囲はいつしか、霧が立ち込める。
悪魔には視界不良と言うハンデが無いように思われ、的確な攻撃が飛んでくる。
魔法も多用して来た、様々な属性魔法を中位魔法まで使える。
タクローも負けじと応戦を開始する。
「フレイム! 追加ショット、追加ヒュージ、追加ラピッドファイア」
魔法陣が右手に固定され、大きめな炎弾が連射可能な状態になる。しかし、中位魔法のフレイムな上、三つも付与特性魔法を使用している。消費MPはかなり大きい。
「ほう? かつては、そんな魔法は存在しなかったぞ……」
悪魔は興味深そうに、魔法を観察する。宙を舞、何発か回避したがついに悪魔に一発が入る。
「ぐぅぅ、こ、これは、なかなか……」
悪魔は苦悶の表情を見せる。
タクローはドーム状になっているこの場所を、円を描くように悪魔に回り込む様に動く。
足元に黒い炎が襲いかかれば、ジャンプして壁に張り付く。
エアロダッシュは、魔法エアロブラストを推進力として使用する。壁に張り付くのは、鎧を可動する為に使われている魔法、マグネイトを外部で発動することにより、磁力を持ってほんの数秒だが壁に張り付くことが出来る。
炎弾を放つタクロー、悪魔は着実に悪魔にダメージを与えてはいた。しかし、決定打にはならず悪魔は全く衰えた様子は見られない。
「くそぅ、参ったな……。懐に飛び込めれば良いんだが……」
タクローは多彩な悪魔の攻撃を回避する事の方が多い。
「ふむ、面白い戦い方だな。かつては、そんな攻撃手段は無かった」
悪魔はニヤリと笑う。そして、背中に生えているコウモリの翼を羽ばたかせる。
炎魔法とスキルの応酬で、立ち込めていたいた霧が散っていく。
一瞬、舞った霧のカーテンが壁に張り付いていたタクローの視界を奪う。
そして、霧の中から大きな黒い拳が現れた。
「ちぃっ、極点プロテクション!」
左手の手甲で、悪魔の拳を受け止める。
痛みはない。だが、三メートルの巨体の質量をぶつけられて、タクローが張り付いてた壁がへこむ。石造りの壁が砕けて、クレーター状になった。
ミスティック・アーマー・ナイトは、様々な魔法で駆動している。それが幸いしているのか、それとも元々頑丈なのか、ダメージは全く受けていない。
「驚くばかりだな……」
悪魔は悠然と飛んで、タクローの反撃として放った炎弾を躱す。
「驚くのは、こっちもだぜ。そんな攻撃、あんときは無かったぞ。おまけにベラベラよく喋る……」
悪魔はニヤリと笑って、タクローを見つめる。
張り付いてたから、地面に降り立って、タクローもまた悪魔を見た。
「この世界が変革して、早千年以上。我は地の底で、自身の力とその多様性を模索していた。プレイヤーと呼ばれる者達に何匹もの我が倒され、何度も我は蘇ってきた。だが、変革後は使い魔もそうだが、蘇る事は無い。自動で沸き立つモンスター達は、沸き立たなくなり、交配などで数を増やす形に変わった。なら、我も倒されてしまえば、今度は本当に終わるのでは無いかと考えたからな……」
地獄の炎を使い、全体を黒い炎が再び踊る。
気が付けば、周囲にあった死体や悪魔が作っていたゾンビ達の影も形も無い。
全てが焼き尽くされたのだ。
「へぇ、色々変わったんだな。俺等はゲームから、いきなりこの世界に来たんが……」
タクローの言葉に、悪魔は首を傾げた。
「プレイヤーは、遂に時を越える事が出来る様になったのか?」
「どうなんだかな……」
タクローと悪魔の攻防が続く。
話をしつつも、悪魔はその攻撃の手を緩める事はない。それはまるで、ゲーム。だが、ゲームと違うのは互いが会話をしている事だ。
これは、モンスターも意志を持って、知識を持っている事を表していた。
攻撃を避けては、炎弾を打ち込むを繰り返していたせいか、タクローのMPはいつしか50パーセントを下回りつつあった。




