這い上がる危機
時は少し遡る。
セルヴィナ・ストーリスは買ってきた服を、自分が泊まる部屋に並べていた。それはタクローと仲間の女性達、そして剣聖親衛隊、フルーリア・ヨネムスを始めとする数人の女性隊員達と共に買い漁った物だ。
タクローは何か聞いても、誰に対しても「ああ、良いじゃないか?」とか「似合ってる似合ってる」と適当な言葉しか返さない。その為、顔を覗き込んで真意を読み取ろうとする。
ある種の服に対しては、目線を逸らすといった反応を見せたのでそれらを重点的に購入してみた。
しかし、買ってきた後でセルヴィナは深い後悔の念が押し寄せてくる。
それは今までセルヴィナが着たことも無い、大胆な服ばかりだったからだ。胸元を強調する様な物だったり、背中が大きく開いた物、はたまたボディーラインが露わになる様なピッチリとした物だった。
これまでは、服装を気にしたことは一度もない。戦いやすければ、機敏に動ければ良いと考えていたからだ。
戦闘用のスーツも動きやすいように、オーダーメイドされている。その為、所持する市販の服はあまりにも少ない。
王城に上がる際は礼服であるし、他は戦闘用に作られたスーツでいる事がほとんどだったからだ。
逆に、戦闘用スーツは同じ物を何着も持っている。
流石に同じ物を何日も着る訳にはいかないし、戦ってボロボロになれば補修のために何日も預けるの為に、代えが必要になるからだ。
並べた服を見て、セルヴィナ考える。この中でどれが一番タクローが喜ぶかを。
昼前の決闘の事を思い出す。
酒の席で交わした約束故に反故にする事は可能だと思えたが、剣聖の娘としてそれは許されない事だと思った。
曲がりなりにも決闘は神聖なモノで、その時交わした言葉を偽ると言うのは自分にも偽ることだと考える。『下僕』とは言わないまでも、彼の元に下らなければならないと決めていた。
リリーアもその事を止めようとはしなかった。剣聖親衛隊の隊長は、現副隊長が昇進と言う形で務めるように指示を出す程に。
夕食の時刻になっても、セルヴィナは一人思い悩む。
部下からの食事の呼びかけに応じて、食事の席に着くもののどこか上の空といった様子で食事をしている。
そんな様子に仲間の女性隊員は互いに顔を見合わせ、苦笑いだった。一方の男性隊員は何故セルヴィナがそんな様子なのか良く解らなかった。
時は過ぎ、皆が寝床に就いてもセルヴィナは一人部屋でアレコレ妄想を膨らませながら思い悩んでいた。
騎士風にタクローの元に仕える意志を伝えるか、はたまた女性としてタクローの元に寄り添う形を取ろうか、と。
隊員達からは、親衛隊を離れる事を止める言葉しか聞かない。しかし、負けを認めたのは事実なのだから、約束を違えては皆に示しがつかないのも事実なのだとセルヴィナは何度も思い悩んでいた。
遅い時間であったが、リリーア・ニルス・ミーティアラは大使館の執務室に籠もっていた。過去の報告書と、最近の報告書を照らし合わせる。
「やっぱり、人の数が三桁に上ってる……。こんなのがアンデット化したら最悪よ……。ってか、投棄って何処に投棄してるのよ本当に」
リリーアは深い溜め息を吐く。
彼女が調べさせていたのは、この町で密かに行われている奴隷売買の実態調査だ。
奴隷売買は基本的にセンター、そしてミーティアラ王都では禁止されている。アレクシア帝国では昨今普通とされている奴隷売買だが、ミーティアラでは法でそれを禁止しているのだ。
しかし、不届きにも法を犯して世間の目を掻い潜る者達が居るのが事実だった。
リリーアはセンター内でその実態調査を事前に依頼していたのだ。
そしてそれはセンターの商業区画の酒場の地下に、巨大な施設を持った組織がある事を調べ上げたのだったのだ。
立ち入り調査などをどうするかで、夜遅くまで頭を悩ませていたのだ。
そこにラルフ・グエウ・フォーリナが駆け込んできた、本来は彼の執務室である為か、ノックもせずに入って来た事にリリーアは怪訝な表情を見せる。
「どうしたのです? ラルフ、いきなり入ってきて……」
「姫様、一大事です! 地下、地下です。地下下水道にアンデットの群れが!」
「はぁ!?」
ノックもしなかった事と、これまで頭を悩ませていた一件でイライラしていたリリーアはかなり不機嫌な顔になる。
ラルフ・グエウ・フォーリナに言われるがままに大使館を出ると、迎えとなる魔導車が玄関前に停まっていた。
「姫、急を要します。これにお乗り下さい。中央区の魔導管制塔に!」
ラルフはリリーアをやや手荒くエスコートして、車に乗せると行き先を運転手に伝えながら自身も乗り込む。
魔導車に揺られながら、不機嫌極まりないリリーアが窓から外の景色を眺める。外は夜の静けさに包まれている。道を照らす街灯が幾つも流れていく様はまるで流星のようだ。
「それで、なんで私も行かねばならないのですか?」
リリーアの頬を膨らませた顔もまた可愛らしいなどと考えながら、ラルフは落ち着きを取り戻す。
「中央からの連絡ですと、アンデットの群れが下水道に溢れかえってるそうです。程なく町中に出てきそうだと言う話でした」
「アンデット……、まさか!?」
「その確認も含めてです。それに、各国の大使も集められている程の緊急事態だそうですよ」
リリーアが目を凝らして、外を見つめる。見るのは景色ではない。空間に漂う『色』だ。
暗闇の中に、地面から沸き立つような不快な『色』が見え隠れしている。
「不味い……!」
「姫?」
「ちょっと、車を止めて!!」
リリーアは、運転手に半ば強引とも言える形で魔導車を停止させる。
車から降り出たリリーアは周囲を見渡す。それは地面のそこらかしこから湧き出ていた。
顔を引き攣らせ、目眩を覚えてふらつく。そこへラルフがすかさず、体を支えた。
「緊急事態……」
リリーアは直ぐに車に乗り込んだ、ラルフも遅れて乗り込む。そして、センター中央区にある魔導管制塔へと急いだのだった。
魔導管制塔の機能の一つとして、センター内の監視がある。
これは広いセンター内にモンスターが侵入した場合それを事前に把握し、危険通達を行う為と防犯、はたまた各国のいざこざが起きるのを未然に防ぐ目的がある。それは何も地上部分だけにとどまらず、地下にまで及んでいる。
地下下水道を監視していた職員の一人がが驚きの声を上げる。
何事かと他の職員が集まってくると、魔導水晶モニターには下水道を徘徊するアンデットの群れを映し出したのだ。
それは、次々と増えてくる。
事態を重く見た管制塔の管理局長が、第一種警戒態勢を発令した。
第一種警戒態勢になると、まずは各国の大使を管制塔に集めて事態を話し合う決まりがある。このために、ラルフに声が掛かったのだが、ラルフはもっと立場が上となるリリーアの同行を求めたのだ。
管制塔についたリリーア達は、直ぐ様中へと急ぐ。他にも先に来ている大使の魔導車が何台か停まっている。また、後からやって来た大使の魔導車もリリーアが乗っていた魔導車の後方についた。
管制塔中央管制室へ行く道中、顔を合わせた大使達と挨拶を交わしながら、リリーアは急いだ。
魔導管制塔中央管制室では、職員達が事態の把握に追われている。
「区画の監視を厳にしろ!」
「第三十二ブロックにもアンデット拡大してます!」
「遮蔽扉はどうなっている!? 下水道管理局は何をしているんだ!?」
「外部流出危険度、大です! 保安課だけではもちません!!」
男女の声が入り乱れていた。室内を駆けずり回る者、机にかじりついてモニターする者、それぞれが慌ただしい様相を呈していた。
「何事ですか!」
リリーアはココ一番の大きな声を上げた。
職員達が声を上げるのを止め、リリーアの方を見る。
「私はリリーア、リリーア・ニルス・ミーティアラです! 局長は何処です!?」
リリーアの大きな声に、一人のやや年老いた男性が前に立つ。
「リリーア姫、センターへいらしていたのですか。お久しゅうございます」
「ええ、お久しぶりですねラザラフ。これはどういう事ですか?」
センター魔導管制塔管理局局長、ラザラフ・クライエ。この管制塔で最も偉い存在の人物である。
「見ての通りでございます。アンデット群れが突如下水道に現れまして……」
センターは広い、総じて地下に広がる下水道もまた広い。
その広い下水道にアンデットの『群れ』が現れたと言うとなると百を越える程になる。本来、下水道にモンスターが現れるといった事例は今まで無かった。今回が初めてであり、またこの様な規模もまた初めての事。
センターが作られてから約四百年近くになる。外からのモンスターによる脅威は幾多もあったが、足元に脅威を感じたのは全くもって未経験な事だったのだ。
リリーアは考え込む。
管制塔職員はまた先程のうるささを取り戻した。
「取り敢えず、各長と大使を中央会議室へ。ラルフ、貴方には悪いけど伝言をセルヴィナ達に伝えて」
リリーアの指示の下、それぞれが動いた。




