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全身鎧を着た魔法使い  作者: 大和 改
第一章 異世界(ゲーム世界)転移
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宿屋へ

「とりあえず、大体の話は解りました」


 唐突にシンジが話を区切る。

 シンジはタクローに言った自分の言葉で、現実を見つめ直し始めていた。そう、所詮この世界の事情。

 ゲームの後の世界が有って、その世界の人々の話。自分達の世界に戻ってしまえば、この世界の理など、どうでも良い話なのだ。

 であれば、とりあえず気がつけばこの世界に居た、ということは、気がつけば元の世界に戻れてるともなるのではないかと、楽観視する思考に変わっていたのだ。


「そうですな、あなた方の謎も少し解けたようだし、夕食でも食べに行きませんか? もぅ、大分良い時間ですし」


 カインツに促されるようにして、団員達が見る視線の先にはタクロー達もよく知る一から十二までの数字が書かれた円盤に、長い棒と短い棒、そして細長い棒が一定間隔で回転する物、『時計』があった。

 そして、それが示す時間は既に二十時二十分になっていた。夕食を取るには、かなり遅い時刻である。


「よっしゃ! じゃあ、後の話は飯を食いながらだな!」


 大柄な体格上、人一倍食べるのであろうトリスが、我先にと立ち上がる。続いて他の団員達も立ち上がり、タクロー達もそれにつられるようにして立ち上がった。

 そして、カインツを先頭に自警団の詰め所を後にするのだった。


 カインツに案内され食事処へ向かう中、タクロー達が見る町の様子は静かなもので、町中を歩く人は自分達以外いなかった。それは、ゲーム時代には考えられないことであり、そして、ゲーム時代とは景観も全く違うものであった。


 少し歩いた場所に食事処が現れる。それは、町の中心部にほど近い処にあり、二階には宿泊施設を兼ね備えたものになっている。

 店の入口には「虎屋」と書かれた看板が掛けられていた。


 カインツが挨拶をしながら扉を開けると、中からは賑やかな声が聞こえてくる。タクロー達が中を覗くと、店内は広い造りになっていて、それぞれのテーブルにそれぞれの人々が思い思いに食事を楽しんでいるように見える。

 しかし、よく見るとソコで食事を楽しむ人達は、飲み物の入った木製のジョッキを片手に食事をしている。そこには、様々な亜人と人間がいたのが見え、また、人間の顔を見ると顔が赤くなっているのが解る。

 この町で食事をする所はここしかなく、更に酒を飲むこともできる。いうならば、夜はタクロー達の世界でいう処の『飲み屋』や『居酒屋』という感じになるのだ。


 カインツが、店の奥から出てきた見た目からして若いと解る猫のような獣人の娘と話をした後、タクロー達は席に案内される。そこには、木製の大きな丸いテーブルがあり、椅子が六脚用意されていた。

 カインツとトリスが他の空いているテーブルから椅子を四脚足して、全員でテーブルを囲めるようにした。

 そして、それぞれが席に着いていく。何故か、タクローの横にはアリーシャが座った。

 それを見たジュドが「気に入られたもんですな」と肩をすくめる。対してアリーシャは、「彼の存在はとても興味深い」と返した。

 そして、タクローの横にシンジが座ろうとしたところで、何故かヒカルが急に割って入ったが、シンジは文句も言わずに席を譲った。


「食事代は、金貨で大丈夫ですか?」


 シンジの言葉に団員達がハッとなって、顔を見合わせる。

 それは、この町の道中での話を思い返すと解るが、シンジ達が持っている金銭は一枚でも高額となっているレアル金貨の他無い。

 カインツが声を上げ、店の奥から店員となる獣人の娘を呼ぶと、耳元に小声で話す。内容は、レアル金貨が使えるか否かといった内容だ。店員である獣人の娘が、驚愕の表情で急いで店の奥へと引っ込んでいく。

 奥からは、周りの客達の声でハッキリと聞き取れないものの、大きな男性のような声が聴こえてきた。そして、なんどか聞こえたその声もなくなり暫くした後、ゆっくりと娘がカインツの元に戻ってくる。

 小声でカインツの耳元で話すと、カインツは静かに頷き、席を立って、シンジの元までやってきて、シンジに耳打ちする。それは、店の主人が実物を見たいと言ってるという主旨の内容だ。

 了承して、金貨の入っている袋に手を入れ、一枚取り出しカインツに渡す。受け取ったカインツは、金貨を隠すように握りしめ、周囲には金貨が見えないようにして店員の娘に渡した。受け取った娘は、カインツ同様に隠すように持って、店の奥へと足早に消えていく。


 暫くしてから、カインツの元に戻ってきた店員の娘は耳打ちすると、シンジの元に来てそっと金貨を返す。


「お客様、その金貨は一応使えますが、食事代だけではあまりにも額が多すぎて、いただけません。宿を取られるのであれば、食事代込みでお一人様一ヶ月は滞在できますが……」


 その言葉に、シンジは軽く考え込み金貨を再度、娘に渡す。


「じゃあ、ここの全員の今の食事代に、俺とコイツと、この人と彼女の四人のとりあえず、一泊の宿泊費としてお願いしたいんだけど」


 シンジはタクロー達仲間を指で指し示す。


「それでも、多すぎて……」


 再度金貨を返そうとする娘に、シンジはそれを制する。


「とりあえず、奥の責任者の人に聞いてみてよ」


 シンジの言葉に、娘は頷いて奥に戻る。


「おいおい、良いのかよ? ごちそうになって」


 トリスは満面の笑みで、シンジを見つめる。一方シンジも、笑顔でそれに応える。


「良くしていただいたお礼、だと思ってください」


 団員達は目をパチクリさせて、仲間と顔を見合わせる。彼等にとっては、突然やって来た異邦人に対する対応として、これまで接してきたに過ぎないと思ったためだ。

 大金を簡単に、しかも、なんの躊躇もなく差し出す行為が信じられなかった。

 しかし、シンジの思いは言葉とは違うものであった。それは、そう、『どうでも良い』という考え。元の世界に戻ってしまえば、どうでも良い話であるし、また、自分の本当のお金『日本円』でもないのだから、自分の懐が痛むという感覚がなかったためでもある。


「気前のいい客って、あんたかい」


 ドスドスと音を立てて、店の奥からトリスと同じようなガタイの良い虎を感じさせる獣人が現れる。体中には、無数の傷跡があり、歴戦の猛者を感じさせるが、身に着けているエプロン姿に大きな違和感を感じさせる。


「この店の主、テイガだ」


 鼻息荒く腕を組み、シンジ、タクロー、ヒカル、ミーナを見回す。シンジ達は、引きつった笑みを浮かべながら、軽く頭を下げる。

 テイガの体にすっぽり隠れて見えなかったが、後ろには店員の娘がいて、テイガの横からひょっこりと顔を覗かせる。


「ふん、変わった格好だな。そっちのアンタは、なんだ、怪我でもしたのか?」


 誰も触れなかったのだが、タクローのローブには時が経って茶黒くなった血が付いていた。街に来る前、バトルビーとの戦闘の時のものだ。ローブにも若干の穴が空いているが、血の色で分かり辛い。


「昼にバトルビーとの戦闘で、負傷したんですよ。回復魔法のおかげで、問題はないですが……」


 無愛想に「そうか」と言うと、テイガは店員の娘が指をさすシンジに目を向ける。


「アンタはどっかの貴族様か? こんな所になんの用だ?」

「彼等は冒険者らしいぞ」


 危うく質問攻めになりそうなところに、助けの手を差し伸べたのは同じガタイの良いトリスだ。テイガは目をパチクリさせて一拍置いた後、「ほう」と口元を緩める。


「昔は冒険者を語る連中が多くいたが、最近は戦だなんだでとんと見なかったな」

「ああ、だが、力量は相当なもんだ。このローブに血が付いてる奴なんか、あり得ないステータスしてやがるしな」

「強者故に、というやつか……。なら、あの金貨もどこかのダンジョンで手に入れたのだろう?」


 テイガの歪んだ口元からは、鋭い牙がむき出しになる。ゲームのポリゴンと違い、リアルに表情を作る獣人を見て、シンジ達は困惑の表情になるが、とりあえず話を合わせたほうが良いと判断して、頷いてみせる。


「よし、気に入った! 今日は腕によりを掛けてジャンジャン飯を持ってきてやる。それと、気に入ったら一泊とは言わずに暫く宿を利用してもらって構わない」


 ガハハと豪快に笑い飛ばし、テイガは店の奥に入っていく。

 自警団員達が苦笑いを浮かべる。


「やれやれ、あのオヤジに気に入られたね」

「あの人も元は自称冒険者だからなぁ」

「まぁ、タクローさん達ほどじゃないけど」

「この町の近くのダンジョンの、五階層まで潜ったって話じゃないか」

「王都でも名が知れてたとかなんとか……」

「とりあえず、これから始まる俺達の戦闘を乗り切ろう」

「オヤジ、機嫌がいい時は飯のボリュームすごいからな……」


 自警団員達の顔が一気に引き締まるのを見て、タクロー達は冷や汗が流れた。

 それから団員に店員の娘、虎の獣人でテイガの娘、ラトーナ・オルトナを紹介されるタクロー達。軽い挨拶もそこそこに、店の奥から声が飛んできてラトーナが店の奥に消える。

 程なくして、ラトーナがテーブルを足早に往復すると様々な料理が山のようにテーブルを埋め尽くしていく。そして、木製のジョッキになみなみと継がれた『エール』と言う、この世界で最もポピュラーともいえる酒が全員分回されたところで、遅い食事が始まる。


 タクローは、横にいる幼い容姿のアリーシャが、酒を飲むのはどうなのかと思ったが、団員達は一切何も言わずに楽しそうに食事をしていることから、特に問題は無いのだろうと思い至る。そして、食事と酒で自警団員達、タクロー達が次第に盛り上がっていく。


 昼間の話に始まり、タクロー達の冒険話を聞かせろという流れになった。

 最初、困ったタクロー達であったが、かつての世界のダンジョン話を始めると、次第に熱が入っていく。それから暫くしてから、タクローがふと思い出したように、ラストダンジョンで見た黄金の扉の話をする。


「タクローくんって、いつも話題がぶっ飛ぶね」


 苦笑いのミーナであったが、それもいつものこととして他のメンバー二人が笑い声を上げる。

(改行不要)


「黄金の扉? 聞いたことない」


 顔を赤く染めたアリーシャが、チビリチビリと酒を飲む。


「調べ物なら、図書館に行けば良いんじゃない?」


 ストラの提案に、団員達が頷く。


「アリーシャ、明日案内してあげたら? タクローさんのこと、気に入ったんでしょ?」


 ニヤリと笑うトーニャに、無言で頷いたアリーシャ。「え!?」と大きな声を上げ、ジュドの弟であるナッツが驚愕の表情で立ち上がったが、直ぐに兄に肩を掴まれ椅子に腰を下ろす。

 そして、ジュドがナッツに何やら耳打ちすると、タクローを見てニヤリと笑う。

 そうして、酔いも回ったせいもあり、いつしか取り留めのない話で盛り上がっていき、夜が更けていった。


 食事も終わり、話の中にタクロー達が帰るための情報は無く、昨今の大陸情勢の情報を軽く手に入れたくらいでお開きとなった。

 タクロー達四人は、テイガの娘ラトーナの案内で二階の宿泊施設に移動する。宿泊施設は、部屋が四つあり、それぞれが二人部屋になっている。

 タクロー、シンジ、ミーナの男三人は二人と一人で分かれて部屋を取り、唯一の女性であるヒカルはまた別の部屋を取った。

 当初は、酔いもあってか、メンバーで一番仲の良いタクローと一緒の部屋に入ると言っていたが、当のタクローに断られたため、仕方なく一人あてがわれた部屋に入っていった。

 残った、男三人は部屋割りを話し合いジャンケンをして、タクロー一人にシンジとミーナという形になった。


 タクローが部屋に入ると、ソコは古めかしい造りではあるものの、ビジネスホテルの様を呈していた。シャワー付きの風呂とトイレが一つになった所と、ベッドが二つというシンプルな造りだった。

 とりあえずシャワーを浴びたタクローは、髪の毛が乾くのもソコソコベッドに倒れ込む。

 今日一日、色々なことがあった。その疲れと、酔いで一気に眠りに落ちていった。


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