世にも奇妙な出来事
レストランでの昼食後、ミーナは棺桶を抱えたトリスとヒカルを引き連れて午前中に行っていた小さな工房に向かった。
工房内に入ると、腰の曲がった老人は同じ場所に座っている。
「ジンナイさん、さっき言ってた奴を持ってきたよ」
ミーナが声を掛けると、ジンナイと呼ばれた老人男性は「ふむ」と長い顎髭を撫でた。
「ワシはこの通り動けんのでな、見せてくれんか?」
ミーナがトリスに指示して棺桶から鎧を出してもらう。
「ほぉ、これがマナで動く鎧か……。ふふふ、素晴らしいのぉ」
皺くちゃな顔に穏やかな感情が見えた。
「ミーナ殿、そこの機材を使うと良い。して、ソコのお嬢さんが魔法付与師じゃな?」
老人はヒカルに目を向けた。ヒカルは訳も解らないと言った様子で、取り敢えず首を縦に振る。
「ワシはジンナイじゃ。まぁ、覚えてもらわんで構わんぞ」
そう言ってジンナイはヒカルを手招きする。
「お主にこれをあげよう。中々の腕前である鍛冶師のミーナ殿のお手前を見せてもらってな、そのミーナ殿が腕のいい魔法付与師が居ると言うから、これを渡そうと思ったのじゃよ」
ジンナイは一枚のタブレット大の板を取り出す。
「おじいさん、これは?」
「これは、みすてっく・ぼーどというものじゃな」
「みすてっく・ぼーど?」
差し出されるがまま、ヒカルはジンナイからソレを受け取る。
「これはな、最近巷に出回ったまじっくあくてべーたーと似ておるが、違うものじゃ。こやつは魔法術式を調べたり、書き込んだりを簡易に出来る代物じゃて……」
ジンナイはヒカルに使い方を教えに掛かった。ヒカルは面白そうだと、真剣にその教えを聞いていた。
トリスは鼻をヒクヒクとさせている。そして、一人怪訝な表情で辺りを見回していた。
ミーナはミスティック・アーマー・オリジンの左のガントレットに、加工を加え始めた。金属板を加工して、ガントレットの手甲部分を大きくしていく。ソレはまるで小さな盾が付いた様になった。
ミーナとヒカルはやがて、鎧のバージョンアップを開始する。
時間を忘れて没頭するのをトリスは只々眺めていた。
「おい、ソコのけもの」
ジンナイに呼ばれて、トリスは険しい表情で彼の元に向かう。
「お前、暇なのじゃろう? なら、ワシと話をしよう」
「話? 俺からの話を聞いてもアンタは解るのかよ?」
「解からんよ。だが、ワシの話は解るじゃろう?」
トリスはジンナイの言葉の意味を理解した。理解して更にジンナイを睨みつける。
「これは禁忌だぞ」
「ソレはお主等の国では、だろう?」
「もう、無いがな……」
「そうか……」
ジンナイは遠いものを見るように、ミーナとヒカルを見つめる。
「あの鎧を着るヤツは、良いやつか?」
「少なくとも、獣人を差別する様な事は言わないな。俺の事を『仲間』って言ってくれるしな……」
ジンナイは優しい笑みを浮かべて「そうか」と言葉をもらす。
「爺さん、アンタはなんでこんな事を?」
「どうみるかね?」
「ミーナさん達に鎧の強化をさせたい?」
「いや、彼女じゃよ。ワシは彼女にアレを渡して使い方を教える。鎧はついでじゃな」
「って事はアレを?」
「それは言えん。言えんのじゃ……」
寂しそうな顔になったジンナイにトリスは「そうかい」と呟いて、ミーナとヒカルを見た。
それから、トリスとジンナイは取り留めのない話をして時間を潰すのだった。
「よっしゃ、完成! ヒカルちゃん、イエーイ」
ミーナは手のひらをヒカルに向けた。ヒカルはその手を叩いて「イエーイ」と返した。気がつけばミスティック・アーマーはその形を少し変えてややゴツくなっていた。
「ミーナさん、立派にバージョンアップ完了だね!」
「ここの、機材が素晴らしいからだよ。ジンナイさんありがとうございます」
ミーナがジンナイに頭を下げると、ジンナイは優しそうな笑顔で頷いて見せた。
「して、この鎧、前とはどう違う?」
「そうですね、防御機能と使用魔法の種類を少し増やしましたね。装備者は無茶ばかりする奴だから……」
ジンナイは穏やかな声で「そうかい、そうかい……」と返したのだった。
「ミーナさん、新しいバージョンに名前を付けない? もぅ『オリジン』では無いでしょ?」
ヒカルが起立した状態の鎧を眺めている。
鎧の兜はバイザーが取り払われ、剥き出しのロボット顔がある状態に変わっている。だが、頬当や額当てを追加する事で防御面は強化されていた。
胸当てには少量だが追加装甲板が施されている。
脚部はエアロダッシュをある程度長い距離で移動できるよう魔石を追加して、ダッシュ時間の向上を図っている。
大きな違いを見せるのは左のガントレットだ。手甲部分にはプロテクションを極点に絞った展開が出来るようにされていて、コレにより、より強力な防御が可能となる仕様になっていた。
ミーナは鎧を見つめる。
ヒカルが手に入れたアイテムによって、出来ることの幅が大きく増えた。そして、二人はやや悪乗りした様にあれこれ追加したのだ。
「オリジン、始まりならコレは全身鎧にふさわしい名前にしないとだね。バージョン1.0『ナイト』はどうかな?」
「ナイトかぁ、良いですね。ぴったりかも」
ヒカルは満面の笑顔で鎧を見つめた。ミーナは鎧をぐるりと見回しながら首を傾げる。
「でも、不思議だね。この鎧はどう見ても未完成で完成形としてる感じがするよ」
「未完成で完成? イミフなんですけど……」
「だってそうじゃない? 背中の背骨部分には神経金属が張り巡らせてあるけど、それはどことも接続されている訳じゃない。機能を増やす為の要素を残している気がする……」
「ああ、それなら魔石にインプットされてる魔法プログラムも、基本ばかりでアップグレード可能な様にされてますね」
「なんでだろうね?」
二人は首を捻った、そこへジンナイの言葉が投げかけられる。
「作られた時代ではソレ以外やりようが無かったのではないか? もしくは材料が足りなかったとか……な」
ミーナは「なるほど」と納得して頷く。
「要はあれか、タクロー君の為に作ったは良いが、当の本人が実際にどう使うまでは予想出来ないから、予測の範囲内で作った感じ……かな?」
「ミーナさん、それアリだと思いますよ。魔法の少なさはまぁ、置いておいて。この子、基本的にはタクローさんの戦闘に合わせた魔法がセッティングされてますから。でも、効果範囲などは追加魔法で自由が効く仕様になってるし……」
二人は腕を組み、唸り声を上げる。
「まぁ、疑問をふくらませるのは良いが、遅い時間ではないかのぉ……」
ジンナイは工房内の時計を指差す。時刻はすでに夜となる二十時を少しまわっていた。
驚いた二人は、トリスに頼んで鎧を棺桶に戻してもらう。そして、ジンナイに感謝の言葉をそれぞれで述べて外へと出ようとした。
「主らに精霊の加護があらん事を」
優しい笑みで二人に手を振る。
「じゃぁな、爺さん……」
「けものもな、達者でな」
「ああ……」
トリスにのみ、ジンナイは寂しそうな笑顔を見せる。そんなジンナイにトリスは深いお辞儀をしたのだった。
三人がジンナイの工房を出ると、外はまるで昼の明るさを見せる。トリスが工房の扉を完全に締め切ると深い溜め息をついた。
「あれ? ミーナさん、今って夜じゃない?」
「ジンナイさんの所の時計では二十時過ぎてたよね?」
二人はキョロキョロと辺りを見回す。
周囲では人々が忙しそうに歩いている様子が見て取れる。頭には大量のハテナが踊っている。そんな二人にトリスは何も言わなかった。只々空を見上げている。
そんな三人の元に一人の男が近づいてくる。その格好は汚れたエプロンにツナギと言った格好で体系的には筋肉質の中年風といった風貌だった。
「あのぉ……、もしかしてリリーア姫の紹介の方達ですか?」
ミーナとヒカルが顔を見合わせた後、男に頷いて見せる。
「ああ、すいません遅くなって。私がこの工房の主でサイラスと言います」
サイラスは申し訳なさそうに頭を下げた。
「あれ? ジンナイさんは?」
そんなサイラスにミーナは首を傾げた。
「ジンナイ? はて、そんな者はおりませんが……。この工房は私一人でやっていますので。リリーア姫の使いの方の話では武器の修理でしたよね?」
「ええ、もぅ午前中に終わりましたけど……」
「午前中!? そんな勝手に中のモノを使ったのですか!?」
「だから、ジンナイさんが……」
「そんな者はおりませんよ!」
サイラスは工房の扉を開け放つ。中は埃かぶっていて、年季の入った工作機械が所狭しと並んでいる。
「あれ? 何も使ってない……」
サイラスは中を見回して驚いていた。しかしもっと驚いていたのはミーナとヒカルだった。
「あれ!!? 中が全然違うよ!? ジンナイさんも居ない……」
サイラスは工房の中を歩き回る。
「おい、アンタ」
ふいにトリスが声を掛ける。
「なんだ、獣人?」
「アンタの祖父、曽祖父でジンナイって居ないか?」
サイラスは難しい顔で考え込む。
「ジンナイ……、ジンナイ……。いや、覚えはないな」
「そうかい……、ありがとよ。ミーナさん、用事は終わったんだ戻ろうぜ」
半ば強引に話を終わらせたトリスは、歩き出した。それを追う形でミーナとヒカルが歩き出す。
「おいおい、トリス。なんか知っているのかい?」
「俺より、アリーシャが詳しい。多分アイツがタクローさんにくっついて回る理由の一つだろうな……」
納得いかないまま、ミーナとヒカルはトリスと共に宿に戻ったのだった。
宿に戻ると、丁度タクロー達が観光と買い物に出かける所に遭遇する。それはミーナ達が宿を出てからほとんど時間が経過していない事を意味していたのだった。
センターの地下には広大なダンジョンが存在していた。それは忘れ去られて久しく、すでに数百年以上は誰もソコへ生きて入った者は居ない。
とある酒場の地下に、奴隷を売買する所が存在する。そこには女性に特殊な教育を施し、男性客に売る施設も兼ねていた。しかし、その教育に耐えられなかった者や使い古されて売られてきた奴隷はその地下施設で息を引き取った。
遺体はきちんとした処理をしなければ、アンデットになってしまう。一般常識であった筈の事を行わずに、地下施設の穴から更にその下にあるダンジョンに遺体を投げ捨てるという事が普通に行われていたのだった。
センター地下の下水道。
一人の下水道管理職員が、中に異常が無いかの定期検査の為に下水道内を歩いていた。手に持った携帯型の魔法光照射機を持って、迷路の如き道を進む。
獣の息遣いの様な物音が聞こえる。
水が流れる音にかき消された『その音』は職員へと迫っていた。
何も気が付かないまま、職員は先へと足を進める。これまでの経路で異常は見られない。
ため息を吐いて、辺りを見回す。暗闇の中には独特な臭いと水の音で支配されていた。
職員はこれまで歩いてきた方へ魔法光照射機を向けた。特に何かあったわけではない。ただ、気になっただけである。
一息吐いて、進行方向に光を向けた時だった。腐敗で歪んだヒトの顔が目の前に現れたのだ。
大きな叫び声を上げる職員。気がつけば、足をしっかりと捕まえる手によって身動きが取れなくなっている。必死でもがいたが、無数の手が彼を捕らえて離さない。
叫び声は水の音と共に闇に消えていったのである。




