宴会
セルヴィナ・ストーリスはシャワーを浴びていた。
温かい雨は体の汗を流してくれるだけではない、流す涙も洗い流してくれる。
戦闘後に事の顛末と自身がしていた事を初めて知った。そしていかに自分が不甲斐なかいかを痛感したのだ。
獣人、トリス・ライナを責める道理がどこにあったのだろうかと自問自答を繰り返す。
圧倒的な力の前に父から譲り受けた剣は砕けた。それは剣士としての誇りも一緒に砕けた気分だった。
足元に流れる水の中に銀の全身鎧を着た男の顔が浮かぶ。自分に向けた怒りの顔と、仲間に向けた優しい笑顔。
そしていつしかあの男は一体他にはどんな顔を持っているのかと気になっていたのだった。
タクロー達はそれぞれシャワーで汗を流す。
ヒカルとアリーシャは特に念入りに体を洗う。接近戦により蟹の体液を浴びてしまった事が気になった為だ。
それぞれがある程度身なりを整えて王族専用車両へと向かう。
アルフとエンディは正装に身を固めていた。
タクロー達の泊まる客車から王族専用車両へ行くには数両の車両内を過ぎねばならない。その間タクロー達は乗客達から様々な声を掛けられる。その全ては称賛だった。
時折トリスを訝しげに見る目もあったがタクローがセルヴィナ・ストーリスに示した反応が噂となり、あからさまな言動は控えられた。
タクローの隣を歩くアリーシャがタクローを見てニコリと笑う。笑顔の意味が解らないタクローは首を傾げたが、アリーシャは何も言わず上機嫌で歩く。
そんなアリーシャの後ろ姿を見ていたトリスの口元は緩んでいた。
トリスの背中を無言で叩くシンジ。
トリスがシンジに目を向けるとシンジも無言ではあったが笑顔を見せた。それはまるでこうなる事をシンジが予想してあえて『トリスなどの亜人の事情』を黙っているようにさせたのだろうと考えた。そしてその笑顔に苦笑いで答えたのだった。
王族専用車両の前に立つと剣聖親衛隊の男性隊員に迎えられる。
中に入るやいなやリリーアがタクローに抱きついてきた。彼女が何故この様な態度を取るのか、誰にも解らない。タクロー自身驚いていた。
「タクロー様、お待ちしてました!」
「り、リリア……、じゃなくてリリーア姫? なんでくっついて来るんだよ」
タクローの顔を見つめて意地悪そうに笑うリリーアに対してタクローは焦った様子を見せた。ヒカルとアリーシャの視線が背中に突き刺さっている気がする。
リリーアはタクローの後ろに立つ女性二人を見てニコリと笑って、タクローから離れる。
「お待ち申し上げておりました。ミーティアラ王サナビルド・ニルス・ミーティアラが長女、リリーア・ニルス・ミーティアラにございます」
リリーアは丁寧にお辞儀をして見せた。
「お招きいただき光栄にございます、リリーア姫殿下」
アルフは跪いて返礼の挨拶をする。タクロー達も取り敢えず頭を下げた。
リリーアは満足げな表情でタクロー達を奥へと通すのだった。
二両編成からなる王族専用車両は、一両が寝台などの生活車両、二両目が応接などの為の車両になっている。またこの応接用車両は食事を取る為の設備も整えられていた。その車両にはタクロー達の為にと豪勢な食事が用意されていた。
王族専用の料理人が腕を奮った数々の品が並べられてテーブルが六つも用意されておりビュッフェスタイルになっている。そしてその中には各種酒も用意されていた。
リリーアは挨拶もソコソコに食事を進めた。
過酷労働の後の食事は格別とタクロー達は一斉に貪る。そんな中セルヴィナ達剣聖親衛隊の面々は静かな食事となっていた。
「なんだよ、お前らお通夜かなんかかよ」
セルヴィナに声を掛けたのはタクローだった。誰も触れないようにしていたはずだった。
「き、貴様が言うのか!」
セルヴィナは元凶はお前だと言わんばかりに声を荒げる。しかし何故か視線をそらしていた。
「なんだよ、終わった事をグチグチ言う気かよ……」
タクローはグラスに入った酒を煽る。
「りり……リリーア姫、これ美味いな」
気がつけばリリーアはタクローに寄り添う形になっている。
「それは、蒸留酒を樽に詰めて熟成させたモノですね」
タクローはそれはウィスキーでは無いかと思った。
エールの高級品と言われる物はビールに近しいモノであったため、この世界でも麦芽やホップを使った酒の技術が発展している事に対して納得していた。それだけではなく、ぶどう酒つまりはワインも存在する事から欧州などの文化がそのままこの世界の基盤になっているようにも思えた。
「それと、タクロー様。私の事はリリアで良いですよぉ」
リリーアはタクローの腕にしがみつく。気がつけば彼女の顔は赤くなっている。手に持っているのはタクローと同じグラスであった。
「姫、あまり飲み過ぎになられぬように……」
セルヴィナは控えめにたしなめる。しかしそれがリリーアの勘に障ったように思えた。
「なぁに、セルヴィナ? 貴方はどうなのよ、ちゃんと飲んでるの?」
「い、いや、私は……」
元々リリーアの護衛として就いているセルヴィナが酒を飲めようはずもない。しかしリリーアはそれを許さなかった。
「タクロー様が貴方を気にかけているのよ、ちゃんとお相手しなさいよね」
「へぇ!?」
セルヴィナは変な声を上げ、タクローの顔を見る。タクローは苦笑いで答えた。
「取り敢えず、お互い様で水に流そうぜ。トリスの一件はあの後、アルフから聞いたから……」
タクローは『人間至上主義』を掲げる者達の説明を受けていた、その為にある程度で理解を示したのだ。しかしそれでも、差別はタクローの中で引っかかりを残すものであった。だが、シンジのフォローが有って少しは納得する事にしたのだった。
差別はタクローの世界でも有る事であった。同じ人種が基本なタクローの国、日本だが、友好国であるアメリカは肌の色で差別をする者達もいる。その類だと考えられたのだった。
無論、タクローに取ってはそれすらも理解不能な話だった。同じ国で、ましてや同じ世界で生きるのに見た目が違うからと差別する行為に納得出来ない。だが「それは価値観の違いだ」とシンジに諭され、仕方なく納得する事にしたのであった。
次第に夜は更けていく。
食事会はいつしか大宴会になる。それは酒のおかげでも有った。
それに共に戦い疲れを分かち合ったためとも言えた。
一夜明けて、タクローは胸の苦しさに目を開ける。
気がつけばあられもない姿のリリーアの姿があった。




