戦いを終えて
列車の乗客達と乗務員、そしてリリーア・ニルス・ミーティアラと護衛者達は列車の車内からロック・クラブとの戦いの一部始終を見る事になった。
最初に人々が驚愕したのは少数で大群を相手にした事だ。
セルヴィナ・ストーリスを含む『剣聖親衛隊』はロック・クラブを総合計で二十九体倒した。
列車周辺で戦っていたアルフ・フォルン・アレク達線路右側の者達は四十八体。内、灰燼となったモノも含まれる。
線路左側の者達は三十一体だった。列車の屋根からの援護する射手の撃破数も含まれる。
そして最も撃破数が多いのが後から飛び出してきた銀色の全身鎧で魔法を使う者だ。
彼は最初に線路正面から向かってくる巨大なロック・クラブを攻撃し、地面に串刺しにした。
当初線路まで破壊してしまったのかと思われたが尋常ではない攻撃は、ギリギリで線路を逸れてロック・クラブのみ地面に串刺しにした後にロック・クラブを真っ二つにして進路を作る形になった。
その後に線路左側からやって来る巨大なロック・クラブと一緒にいた通常ロック・クラブ十五体を灼熱の竜巻で焼き殺した。
直ぐ様空中に舞い上がり華麗に体を反転させると線路右側へと素早い動きで移動する。
アルフ・フォルン・アレクとその仲間達が戦う通常ロック・クラブをまるで一方的に狩っているかのような形で一網打尽にした。炎魔法と風魔法、時には光の刃を持つ剣を使ってロック・クラブを切り刻む。
アルフが指示を出したのか、彼が指差す方向には剣聖親衛隊が戦っている方向がある。最後に銀色の全身鎧はそちらに見事な跳躍を見せる。
剣聖親衛隊達の元へたどり着くと更にその動きは機敏になる。
光の剣で数体を切り刻みながら炎の魔法弾でロック・クラブを焼く。時には風魔法で光の剣と共にロック・クラブを縦横無尽に切り伏せていった。
銀の全身鎧が屠ったロック・クラブの総数は五十を越えて五十三体。たった一人で倒した数としては驚異的な数字だ。
人々は見ていた。
ただ口を開けて、呆然と。目と顔だけ動かして……。
気がつけば太陽は西の空から降りようとしていた。
夕焼けとなった空。
太陽の光は銀色の全身鎧を紅に染め上げていた。それは血の色かそれとも神々しい朱か……。所々から見え隠れするマナの流れる光と兜のフェイスガードの下から見える光が人では無い様にみせていた。
全身鎧は列車に近づく。
戦っていた者達がタクローに駆け寄りそれぞれが声を掛ける。
「おせぇよ!! 何やってたんだよ!」
「はぁはぁ……、ほんと勘弁して下さいよ……」
「酷いよ、せっかく買った服が台無しぃ」
「いやはや、最後は流石に貴方無しには無理でしたね」
タクローは仲間達の声に兜の下で苦笑いしながらも内心では嬉しそうだった。
無論そんな事は仲間達には解らない。だが、何となく表情が読み取れた。
そして仲間達はタクローを囲んで肩を組んだり握手を交わしたり抱き合ったりした。皆が満面の笑みだった。やったのだ、やり切ったのだ。
本来は大人数で戦わねばならない状況なのだろう。それをたった十数名で。無論それはセルヴィナ達も含まれている。
だがアルフを含む仲間達はあまり快く思っていない。セルヴィナ達はただ戦場をいたずらに引っ掻き回した形になったからだ。
当の本人達が来た時、誰も声を掛けなかった。
「銀色の全身鎧の者よ、助かったぞ」
セルヴィナはまるで上から目線で言葉を掛ける。
それが気が短いトリスのカンに障る。おまけに彼はセルヴィナから見下す『ニオイ』を感じた事もあった。
「おいおいアンタ、助けて貰ってそれは無いんじゃないか?」
トリスがセルヴィナの前に出た瞬間だった。彼女は剣を抜き、そのままトリスを斬りつける。
トリスの血が宙を舞う。誰もがその自体を只々見ているしか出来ない。
傷口は深くなかったが痛みでトリスは後ずさり、傷口を抑えて膝を付いて呻き声を上げた。
咄嗟にアリーシャがトリスの元に駆け寄る。セルヴィナはそんなトリスを蔑む様な目で見ていた。
「黙れ、獣人! お前如きが私に意見する事は許さん……。穢れ者が!」
トリスはセルヴィナを睨んで見上げた。
「なんだ、その顔は? これだから獣人は……。そこの小娘が主か? 主と共々躾けてやろうか」
セルヴィナは剣先をアリーシャへと向けた。
アルフが止めようと前に出ようとした時だ、銀色の全身鎧に流れるマナの色が赤く光る。
空気が変わった。
重い空気が辺りを包む。
トリスはこれまでに嗅いだ事の無い『ニオイ』を嗅いだ。それは体の奥から恐怖をこみ上げさせる。
列車を降りて戦った者達を労おうとしていたリリーア・ニルス・ミーティアラも見た事の無い『色』を見る。恐怖は体を硬直させその場に釘付けにする程の『色』だ。
「駄目……駄目……」と彼女はうわ言のように言葉を繰り返す。
トリスも巨体からは想像出来ない程に体を小さくさせて体を震わせる。
その姿を見たセルヴィナは、不敵な笑みを浮かべた。
「どうした? 獣人。ようやく己の愚かさをが解ったか?」
(愚かなのは貴方ですよ……)
アルフは表情を引き攣らせて隣に立つタクローを見た。
全身鎧が動く。
突き立てた暴風聖剣ストーム・スラッシャーへと右手を伸ばす。
気が付いたセルヴィナは銀色の全身鎧に威嚇とも言える斬撃を繰り出す。
刀身は全身鎧を切る事は出来なかった。
直ぐ様全身鎧の右手がセルヴィナの動きに反応を示し、切りつけようとした刀身を掴んだ。
舌打ちをするセルヴィナ・ストーリス。
「なんのつもりだ?」
セルヴィナは努めて低い声で全身鎧を睨みつけた。
首を傾げる全身鎧。セルヴィナは表情を険しくさせた。
タクローは掴んだ暴風聖剣ストーム・スラッシャーを握る右手に力を込めた。
パキンッ
それはなんとも甲高い音だった。金属が砕け散る音だ。
ミスティック・アーマー・オリジンにはある特殊能力が付与されている。それは『武器レベルに関係無く、一定の確率での武器破壊』と言う能力だ。トルツェの町の工房でヒカルが付与した能力である。
それが今この時発動した瞬間だった。
そこに居たこの世界の者達が固まる。キラキラと金属片が散らばる。
驚愕でセルヴィナは全身の力が抜けていく。
タクローは足を進めセルヴィナ・ストーリスの眼前に立ち、その胸ぐらを剣を砕いた右手で掴んだ。
息苦しさをセルヴィナ・ストーリスは感じ無い。彼女が感じたのは自身の持つ剣が破壊されてしまった事に対する絶望感だ。
瞳から光が消え失せ、宙を眺める。
「お前、何してんの?」
タクローの声をセルヴィナは初めて聞いた様に思えた。自分の胸ぐらを掴む銀の全身鎧を見る。何故自分の剣は砕かれ、何故自分はコイツに掴まれているのだろうと考える。
「貴様、セルヴィナ様から手を離せ!」
一人の男が剣を抜き放ち構える。それはセルヴィナの率いる『剣聖親衛隊』の副隊長、ギグナオ・エブリウス。そして彼に続く様に親衛隊の者達が剣やマジックアクティベーターを構えた。
「俺はコイツに質問してるだけだ。邪魔すんな」
銀の全身鎧の中から響く低い声には強い怒気を孕んでいる。
「やめろ!」
シンジが大声を上げたのは嫌な予感が体現したからだ。
タクローの周りに小さな魔法陣が幾つも出現した。それはタクローを囲む剣聖親衛隊全員をターゲットとしたものだろうと見て解る。おそらく一歩でも動けば魔法は全弾発射されるだろう。
「タクロー彼等を殺す気か!?」
その言葉に親衛隊の者達はギョッとした顔をする。そして一瞬にして全身から汗が吹き出した。
彼等は知っている、銀の全身鎧が見せた戦いは魔法を自在に操るモノだ。特性付与魔法によって魔法は多岐に渡り拡張されている。
眼前に展開された魔法陣が何なのか読み解くには時間が少ないと感じられた。親衛隊は手にした武器を下ろすかどうするかの瀬戸際に立たされた。
タクローはセルヴィナを見ている。兜に覆われてその表情は読み取れないが怒りの感情は肌で感じた。
「何故答えなければならない? 私は貴族、剣聖の娘だぞ」
「だからなんだ? 貴族ってのはヒトを傷付けても良いのかよ?」
「人? 笑わせるな、獣人は獣人だ。亜人は人間とは違う」
タクローの右腕に力が入る。やや無表情気味であったセルヴィナの顔が苦悶で歪んだ。
「だからどうした!! 人間様はそんなに偉いのかよ!」
タクローの怒りは更に増す。周囲のマナがタクローに呼応して反応を示し、特殊な能力を有する二人の者は恐怖で押し潰されそうになっていた。
「貴様、さては亜人の類だな……。だから庇うのか」
セルヴィナは兜に覆われたその奥を伺う。タクローは左手で兜のロックを外した。現れた顔は怒りに歪んだ人間の顔だ。その顔を見たセルヴィナは驚きの表情を見せる。
「人間……」
「ああ、人間だよ。そこのトリスと見た目は違うかもしれないが俺の大切な仲間だ!! てめぇは俺の仲間に何してくれてんだ!?」
タクローの大きな怒声が辺りに響いた。瞬間、周囲のマナの反応が変わる。大きなゆらぎのようなモノが生じたのを感じた者達がタクローを見る。
シンジはため息を吐いて、タクローの肩に手を置く。それに合わせてミーナとヒカルもその側に立った。
「お嬢さん、アンタの価値観は知らないが、コイツにとっては見た目なんて関係ないのさ」
シンジの言葉に不可解な表情を見せるセルヴィナ。その反応を見たタクローは不意に手を放した。解放されたセルヴィナは咳き込んだ。
「見た目とかどうとか関係ないだろ? それにトリスはお前みたいなガキよりも強い」
タクローのその一言がセルヴィナの神経に触れ、彼女は懐からマジックアクティベーターを抜こうとする。刹那、タクローが展開する魔法陣の一つが彼女を撃った。
ファイアボール・ショット。威力はそのままに、急所は外している。受けたダメージは大きく、セルヴィナは地面にうずくまり身動きが取れない状態になる。
タクローは「回復してやれ」と一言親衛隊の者達に声を掛けて、展開している全ての魔法陣を解いた。
「貴様ー!」
魔法陣が解かれた事を幸いとギグナオ・エブリウスがタクロー目掛けて斬りかかる。直ぐ様剣を左腕で受け止めると強烈な右のパンチを繰り出した。剣は砕かれギグナオは吹き飛んだ。
ミスティック・アーマー・オリジンはタクローの身体能力を上げている上に、魔導機械によりそのパワーを更に向上させている。その為に強烈な攻撃は受けた側にとっては『痛恨の一撃』となるのだ。
ギグナオは地面に寝転びピクピクと全身を痙攣させていた。白目を剥き泡を噴いている。
その様子を見た者達はその後誰一人としてタクローに向かっていく者は居なかった。
タクローはトリスの元に向かう。セルヴィナから受けた傷はアリーシャによって回復していた。
「大丈夫か?」
「タクローさん、アンタって人は……」
トリスの顔を見てニコリと笑う。そしてアリーシャを優しく撫でた。
「さん付けは止めろって、仲間だろ? 普通にタクローって呼んでくれよ」
辺りのマナが一気に優しくなった気がして、トリスは苦笑いを見せるのだった。
「タクロー様!」
タクローにリリーアが抱きついてきた。
「リリア?」
「戦い、お見事でした! それにこんなに仲間思いな方だったなんて……」
リリーアの顔は赤らんでいる。いつしかリリーアはタクローの顔を見上げてじっとその顔を見つめた。そんなリリーアに対してタクローは戸惑いの表情を浮かべていた。
ニコリと笑顔を見せたリリーアはセルヴィナの元へ向かい、その前に立つ。
セルヴィナとギグナオは仲間の回復魔法によって傷は回復していた。しかし心に受けた傷は治らない。
「セルヴィナ、自業自得よ。私はずっと言っているでしょ。これは貴方が撒いた種です」
きっぱりと言い放たれ、セルヴィナは沈んだ表情になった。年はセルヴィナの方が上だが立場としてはリリーアの方が上だ。
「申し訳ありませんでした……、リリーア姫」
その言葉にリリーアは満足げな表情を見せ、「よろしい」と言った。
アルフはリリーアの横に跪く。
「リリーア姫、ご機嫌麗しゅう。アルフ・フォルン・アレクにございます」
「アルフ、大義でした。彼等は貴方の臣下……では無いですね?」
アルフは一呼吸置いてタクロー達を見る。
「はい、仲間です」
満面な笑顔だった。
そんなアルフの顔を見たタクロー達もまた笑顔を見せる。
「そうですか……」
こうしてようやく長い戦いが終わりを告げた。
列車に戻ったタクロー達は乗客達から称賛を持って迎えられる。犠牲者は奇跡的に無く、列車への被害も最小に収まった。これも一重に彼等のおかげと最大のもてなしが行われる事になった。
その後、乗客の中からロック・クラブの素材を集める者達が飛び出して行く。希少鉱物や鉱石が大量に集められていったのだった。
完全に日が落ちて、列車はようやく走り出した。
リリーアはタクロー達を自身が乗る王族専用車両へと招いた。もう異論を唱えるものは居ない。
身なりを整えてタクロー達は王族専用車両へと向かうのだった。




