魔法使いが居なくなった世界
ファストの町にある壁、それはモンスターから身を守るために石を加工し積み上げ造られていた。
高く造られていて、空を飛ぶモンスターでもない限り容易に越えられる代物ではなかった。また、各所には見張り台があり、ソコには常時町の人間達が交代で見張りに立っている。
その壁にたどり着いたカインツとタクロー達は、大きな門の前に立っていた。
カインツが大きな門に向かって声を上げると、門はゆっくりと開き、人が何人か通れる隙間を見せる。
カインツに促されるまま、タクロー達は町の中に足を踏み入れた時には、日も落ち、夜の町並みの風景に変わっていた。
草原から見た景色とは異なり、石造りの家もあるが、木造の家もあった。それぞれ様式の異なる造りになっている家々は、ヨーロッパともウェスタンともいえるかなりちぐはぐな風景を醸し出していた。
そして、その家々からは夜の闇を照らす明かりが窓から漏れ出し、タクロー達が知る世界と異なる不思議な世界がソコにはあり、辺りを見回さずにはいられない。
夜の町を歩く人達は、人間だけではなかった。多種多様な獣人や、耳の長く尖ったエルフ、身長が低くずんぐりとした体型のドワーフと様々だ。
辺りを珍しそうに見回すタクロー達には目もくれず、人々はそれぞれの家へと帰っていく。
夜ともなれば、用事でもない限りは外を歩く者は少ない。それは、どこの世界でもそうなのだろう。
カインツに案内された自警団の詰め所近くに来た時には、周囲の人影はまばらで、夜の静けさを迎え始めていた。
詰め所に入ったカインツ達自警団一行は、詰め所内に居た仲間に声をかける。
奥から「おかえりー」の可愛らしい女の子の声と共に、頭の上にピンと立つ長い耳を持った獣人の女性が顔を出す。歩くと、長い耳がひょこひょこと動く様は、なんとも愛らしく思え、タクロー達の目を釘付けにする。
「おお、団長、帰ったか」
更に奥から太い声とともに現れたのは、長耳の獣人の女性より頭一つ大きく横幅もある、一見すると熊とも見える獣人。その後ろからは、更に小柄で細身の人間が出てくる。
「ただいまー。ストラ、いい子にしてた?」
トーニャは長耳の獣人に抱きつくと、見た目にもフサフサであろう長い耳を撫で回す。
「ちょっと、トーニャやめてよ~」
気恥ずかしそうな素振りで抵抗するが、本気での抵抗ではないためトーニャは引き下がらない。
「お前達に紹介しておきたい連中がいる」
カインツは、自分達の後ろにいたタクロー達を指差し横にその身をずらして、仲間に見えるようにする。
「俺らが調査に向かった、魔法現象の原因様達だ」
「主に、タクローさんが原因」
いつからそこに居たのか、アリーシャはタクローの横に寄り添うように立っていた。
「原因って、あんなでっかい光の障壁みたいなのを発現させたのが、そのアリーシャの横に居るひょろっこい奴だっていうのかよ」
熊のような獣人が太い声で、仲間を掻き分けずいと前に出る。身長はタクロー達より少し大きいため、タクロー達はこわばった表情になる。
「トリス、あまり脅かすな。ただでさえ見た目が物騒なんだから」
「ひでーな、見た目は仕方ないだろう? 鍛えたこの肉体美をとやかく言われたくないね」
熊のような獣人は、ポージングをとって見せる。
「済まない、みんな。とりあえず、残りの皆を紹介するよ。いま、タクローさんの前に居るのが見た目にはよく解らないかもしれないが、狼の獣人、トリス・ライナ。トーニャにとっ捕まっているのが、ストラ・フィーア。その横で、ぼーっとしてるのがジュドの弟、ナッツ・グラニスだ」
紹介を受けた三人はそれぞれが、身振り手振りで挨拶をする。
タクロー達も一人一人自らで名前を告げる。
「さて、アリーシャが言う原因について聞こうか。見張りの話では街道沿いの木々を優に超える謎の魔法障壁についてだ」
近くにあった木の椅子にどかりと座り込むトリス。体型の大きさにより、椅子からはみ出ている体に、木の椅子は激しい悲鳴を上げる。
詰め所に入るとまず、大きな長方形のテーブルがある。その周りを囲むように椅子が六脚置いてあり、また、それ以外にも予備の椅子だろうか、壁際には四脚の椅子が置いてあった。
壁際の四脚の椅子をストラとトーニャがタクロー達に充てがうと、自警団面々は、それぞれの椅子に腰を下ろす。
「では、まず私が彼等に代わって説明する」
一度は腰を下ろしたものの、発言するためにアリーシャは直ぐに立ち上がる。
「あの魔法は、プロテクション・フィールド。上位の防御魔法よ。近くで見て、確認したから」
「おいおい、待てよ!? プロテクション・フィールドだって? あれは、術者の身長ぐらいにしか障壁が展開されないはずじゃねーのか?」
「本来はそう。でも、タクローさんは普通じゃ考えられない魔力とMPを持ってる」
「普通じゃないって、俗に言う魔法に長けた魔族あたりとかと同類ってこと?」
トリスとナッツ、現場に居なかった男勢がアリーシャに質問する。
「それは、分析魔法を使えば解る」
その言葉に、トリスとナッツはズボンのポケットからアリーシャが見せたのと同様の板状のスマートフォンに似た物を取り出す。
「どれどれ……、は? なんだこれ?」
大きなトリスからすると、あまりにも小さなソレを指で器用に操作してタクローに向ける。同様にナッツもタクローに板状の物を向ける。
急にトリスが立ち上がると、身を低くして毛を逆立てた。臨戦態勢という状態になり、タクローを鋭く睨みつける。
「トリス、落ち着け。彼は別に害をなそうという訳ではないんだから」
直ぐにカインツがトリスに駆け寄り、トリスを無理やり椅子に座らせる。
「ちょっと待って、そのタクローって人だけじゃない。他の三人もステータスが、変だよ」
ナッツは大きな声を上げ立ち上がる。「なに!?」と他の自警団のメンバー全員が板状の物を取り出し、何かしらの操作を行った後、タクロー達全員に順番に向けていく。
「ははは、あなた方はあれか? 神の尖兵とでも言うのか?」
乾いた笑いを上げるカインツ。
怯えたような表情で、耳を垂れるストラ。
強い敵意をむき出しにしながらも、膝を震わせるトリス。
無表情で板状の物を見つめるトーニャとジュド。
興奮気味に頬を赤らめ板を覗き込むアリーシャ。
驚愕の瞳で顔近くまで持ってきた板状の物を見つめるナッツ。
それぞれが違った反応を見せる中、タクロー達はお互いで顔を見合わせる。
「俺達の存在、そんなにやばいのか?」
「さぁ?」
「ステータス限界突破って、普通じゃないの?」
「もしかして、限界突破って概念が無いのかな?」
小声で話すタクロー達。そんな中、タクローはふと名案を思いついてアイテムボックスに手を入れる。
「分析モノクル~」
そう言って取り出したモノクルを目に当て、自警団のメンバーを見て驚いた。
「なるほど、そういうことか……」
タクローが分析モノクルで見た自警団メンバーのステータスは、お世辞にも強いとは言えない。個人個人のレベルや各種ステータスが表示されているが、全てにおいてゲーム内での下位基礎ステータス。
タクローはそれに思いたるふしがあった。それは、『ノンプレイヤーキャラクター(NPC)』のステータスだ。
オンラインゲーム、フェアリーストーンストーリーには、プレイヤーサポートキャラクターとして、NPCが同行するシステムがある。
NPCはプレイヤーとは違い、基礎ステータスで構成されているために、ある程度までゲームを進めるとお世辞にも頼れるサポートとは言えなくなり、お飾りで連れているプレイヤーがほとんどだ。
なぜなら、プレイヤーは装備や各種スキル、また、『限界突破』などによるステータスボーナスがある。そのため、NPCよりプレイヤーの方が断然強いため、一人で難しいクエストなどをこなす際は、仲間のプレイヤーを誘うか、一緒にクエストをこなしてくれる他のプレイヤーを募集するといったことを行う。
自警団メンバーはもちろんこの世界の住人、プレイヤーであるタクロー達から見れば、彼等はNPCとなる故に、プレイヤーとのステータスの差が生まれているのではないかと、タクローは考察する。
「もしかして、彼等はNPC……」
シンジのつぶやきにタクローはハッとシンジの顔を見る。シンジもタクローの反応に気がついて、二人で顔を見合わせ、同じ考えだと察して頷き合う。
そして、タクロー達は小声で話し合いが始まる。それは、自分達と彼等の違いを正直に話すか否かという内容だ。
状況を理解できなかったミーナとヒカルに、軽い説明を入れつつ、四人の小声の相談が行われる。
それを見た、トリスが訝しげな表情で四人を見る。
「おいおい、急に内緒話か?」
その言葉に四人は固まる。何故なら、この世界の住人に説明できる内容が思い浮かばないからだ。
『君達と俺達は違う』そう言う話であるのだが、実際その言葉で片付けるには理由が必要だ。
タクロー達は社会人は、社会に出て様々な出会いがある。その中で、人との関係を円滑に進めるために必要なのものとして、相手の立場などを考えて話をしなければならない。
間違えて相手に不信感や不快感を持たせてしまっては、まとまる話もまとまらない。そのために、細心の配慮を持って話を進めねばならないのだ。
そうしなければこの世界の情報は手に入らない。ここを逃しては、この世界の住人とのコミュニケーションという大事な機会を逃しかねないのだ。
タクロー達の態度を怪しむ自警団員達。
しかし、場の空気を一気に変えたのは、ミーナの「俺たち、冒険者なんですよ」の一言だった。
それは、なんの気も無しにぽろりと出た言葉だった。様々なゲーム上では、プレイヤーという言葉で呼ばれるが、このゲーム内ではプレイヤーのことを『冒険者』の名称で呼称されている。そのために、出た言葉だった。
そして、その言葉は効果的で、訝しげな表情だった自警団員達の顔が急激に変化していった。
「まじかよ! 冒険者って、あの伝説の!?」
「おとぎ話かと思ってた!」
「でも、そのステータス。納得できるわ!」
一斉に自警団員達がざわめきたった。
一方、タクロー達はその反応に戸惑う。小声で「それで良いのかよ?」や、「ソコで納得なの?」といったツッコミがなされる。だが、それが真実。
タクロー達はプレイヤー(冒険者)なのだから。
「なるほど、それであれば帰りの道中での話に納得できる」
自警団団長であるカインツが、パンッと手を叩いてそれぞれの話を区切るようにする。
「あの場に居なかったトリス達に言うが、帰りの道中で彼等は時間転移の話をしていた。最初は空想とされている次元回廊魔法の空間転移かと思われる主旨の内容かと思ったんだがね。だが、彼等の話は過去のことで、現在の話ではなかったんだよ。何故なら、彼等の所持金はここだけの話、レアル金貨なのだから」
カインツの言葉に、シンジが町に来る途中で見せた金貨を、まだ見ていない自警団員達が驚きで椅子から飛び上がるように立ち上がる。
「レアル金貨だと!? 偽物も容易に作れない、あの金貨か!!?」
トリスの大声は、まるで立ち上がった他の者達を代弁するかのようだった。
「ああ、俺も昔図鑑で見ただけだが、な」
カインツの言葉に低い唸り声を出して、椅子にドカリと座るトリス。合わせて、他の団員達もゆっくり腰を下ろす。
「そして、彼等は今のルクセン硬貨を知らないらしい。そうだね?」
カインツに話を振られ、タクロー達は一様に頷く。
「冒険者……」
ボソリとつぶやき、アリーシャはまた、タクローをじっと見つめる。
「なんか、ちょくちょく俺がアリーシャさんに見られてるんですが……」
苦笑いを浮かべるタクローに対し、カインツが申し訳無さそうな表情を見せる。
「すまないね、タクローさん。アリーシャは魔法関係を学ぶのが好きでね、君のあの大規模魔法に興味が尽きないのだろう」
「大規模魔法って、あれ、ごく普通に放っただけなんですがね。逆に、あんなに大きく展開して自分が驚いてますよ」
「マジック・アクティベーターを使用しないで展開させた上に、あの規模は、どの魔導書を見ても論外。昔あった、詠唱による自己の魔力での魔法展開させると言われるヤツにしても、あれは規格外としか言えないわ」
真剣な表情になったアリーシャは、ブツブツと何か独り言をつぶやき始め、自分の世界に入り込んでいく。
「確かに。たまたま見張り台に居た私にも、遠くで展開されてるあの魔法の壁が見えるくらいだもん、真っ先に異常事態だと思ったよ」
これまで、あまり直接会話に参加しなかったストラが口を開く。タクロー達は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
そこでシンジは、ふと先のアリーシャの言葉で引っかかる点を思い出す。
「アリーシャさんが言っていた、昔あった詠唱による魔法ってどういうことですか?」
その言葉に自警団員達が顔を見合わせるが、直ぐに納得したようにアリーシャを見る。そして、近くに居たトーニャがアリーシャを、自分の世界から現実世界へと引き戻してくれる。
「アリーシャ、説明」
コクリと頷きタクロー達に目を向け、先程から何かと取り出していた、板状の物をタクロー達の前に出す。
「かつて魔法は、魔道士や魔法使いといった一部の者達が詠唱により、自らの魔力を使って魔法を具現化、展開してきた。でも、ある時を境に誰もが詠唱することによって、魔法が使えるようになったとされ、しかも、それは次第に詠唱もせずある種イメージすることで具現化できるようになっていったと言われている。でも、それが解った当初はイメージしてそれを具現化するのは、詠唱により魔法を行使するよりも時間が掛かることが多かったみたい」
そう言って、アリーシャは右手を自分の顔の所まで上げ、掌を天井に向ける。目を閉じてからしばらくすると、淡く光る玉が掌に現れた。
「低位魔法の光球。暗い所を照らす魔法」
光る玉を握りしめると、光は霧散して消える。
「この通り、魔法を具現化するのに少し時間が掛かるけど、この魔法活性機を使うと、この板の中にある魔石に組み込まれた魔法術式から簡単にそして、瞬時に魔法現象を生み出すことが可能になったの」
アリーシャが板状の物を操作すると、直ぐに光球が具現化される。それを見たタクローの表情が引きつる。
「あれ? じゃあ、魔法使いっていらなくない?」
「ええ、魔道士や魔法使いと言われる人達は、もはや過去の存在」
アリーシャの言葉に、タクローは大きなショックを受ける。
タクローは、『魔法使い』という今のクラスに愛着を持っていた。詠唱のための時間を取られるが、魔法が発動し、一気に敵に対してダメージを与えたりするのが好きだった。
ミーナの『戦士』としての剣を使った戦い方や、シンジの『狩人』としての戦い方は、渾身の一撃が決まれば、大きくダメージを与えられるものの、基本は細かくダメージを与えていく戦いになる。それとは違い、『魔法使い』は敵の持つ属性に対して逆の属性をぶつけることによって、必ず大ダメージを与えられる。また、耐性属性や、吸収属性でもない限り、ある程度だが大きくダメージを与えることが可能だ。
しかし、『戦士』や『狩人』も敵に対して弱点属性の付与効果のある武器であれば、大きくダメージを与えることが可能であるが、様変わりする敵に対してその敵に合った武器の交換を余儀なくされる。
『魔法使い』であればそういったデメリットが無いのである。それ故に、タクローは『魔法使い』を選び、魔力を高め、今日まで戦ってきたのである。
「なら、タクローさんがそれ使えば最強じゃない?」
ヒカルの言葉に、タクローは光明を見たが、シンジの言葉に再びショックを受けることになる。
「でも、誰でも魔法が使えるなら、俺やミーナさんが使えれば剣や弓で戦闘しながらも、そのマジックアクティベーターとやらで魔法も使えるわけじゃないか。支援役がいらなくならないか?」
「そう、シンジさんの言う通り。魔法しか使えないのと、魔法も攻撃も同時に行えるのでは、戦いにおいては大きく差異が生まれる」
その言葉に、タクローはうなだれる。そこに、シンジが小声で「別に、この世界の話だけなんだから、気にするな」と小声でフォローが入る。
そう、本来はこの世界の住人ではないタクロー達。
急にこの世界にやってきてしまっただけであり、自分達が居た元の世界に戻れば、全く関係のない話である。
それに、この世界は話の流れで聞く処、ゲーム、フェアリーストーンストーリーの後日談的世界なのだ。夢か現か解らない、そんな状況なのだから現実世界に戻れば、一切関係ない話なのである。
しかし、タクローは『魔法使い』にある種のこだわりを持っていただけあって、受けたショックは大きかった。それだけタクローが、この世界に感情移入していた表れでもある。
「とりあえず、大体の話は解りました」
唐突にシンジが話を区切る。シンジはタクローに言った自分の言葉で、現実を見つめ直し始めていた。そう、所詮この世界の事情。
ゲームの後の世界があって、その世界の人々の話。
自分達の世界に戻ってしまえば、この世界の理など、どうでも良い話なのだ。であれば、とりあえず気がつけばこの世界に居た、ということは、気がつけば元の世界に戻れてるともなるのではないかと、楽観視する思考に変わっていたのだ。