帝国での一コマ
アレクシア帝国の都市、帝都レグナム。
王城の主は不機嫌極まりない様子で玉座に座ってい肩肘を付いていた。
皇帝グラディオーレ・ティーワイ・アレクシアは一枚の紙を見ている。
「どういう事だ、これは?」
玉座に平伏する形で居るのは最近新設された兵器廠の管理役人とその幹部だ。
「そ、それが……。手違いと言いますか、工房長の勘違いに至る次第で」
兵器廠管理役人である中年男性が冷や汗を滝の如く流しながら只々床を見つめる。
「手違いで済むか! どうあったら、こうも設計図を歪められるんだ!!」
皇帝の横に立つ初老の男性がつばを飛ばす勢いで怒鳴りつける。
「ナグルス、叱責する前にきちんと意見を聞いてからにしたいのだが?」
グラディオーレは側近であるナグルス・ヴァン・オルスキーをたしなめる。ナグルスは歳のせいか最近気が短くなっている。眉間にシワを寄せ顔を真っ赤にしている様子はまるで赤鬼だとグラディオーレは思った。
「申し上げまするに、工房長は図面の意味をよく理解出来ていなかったと申しておりまして……」
管理役人の汗は滴り玉座の間に敷かれている絨毯にシミを作っていた。
「理解できていなかった……、か。では何故、それを確認もせずに勝手に書き換えたのだ?」
「か、加工しやすくしたとも申していたと思います……」
「私は何故確認しなかったのだと聞いている」
威圧とも言えるグラディオーレの低い声に管理役人は身をこれでもかというくらいに縮こまらせる。
「皇帝陛下のお手を煩わせる訳にはいかないと思いまして……」
「おれ……、いや、私の完璧な設計図面に対してか?」
グラディオーレの手の中にある紙は自身が書き上げた『魔導銃』の設計図面とは違うものだった。
銃床やバレルはそのままに、メインとなるスライダーやマガジンキャッチなどが逆になっている。これでは照準を合わせる事が出来ないばかりか弾を装填する際は持ち替える、または左手で撃って右手で装填という形になってしまう。
管理役人は黙ったまま体を震わせている。
「何とか言ったらどうなんだ!!」
ナグルスの怒声にビクリと体を震わせる。
「ナグルス、少し黙っててくれないか……」
ため息混じりの声に、ナグルスは申し訳なさそうに半歩下がる。
「今更貴公の監督責任を攻めるつもりは無いよ。ただ、こうなった経緯を知りたくてね」
グラディオーレの言葉を聞いて初めて管理役人は顔を上げる。
「お答えするに、工房長の独断で改変されたと言わざるを得ません」
管理役人の言葉を聞いてグラディオーレは疲れた様な表情でため息を吐く。
(居るんだよねぇ、勝手にこの方が良いとか勘違いして改変しちゃうアホが……。まぁ、大体は剣と魔法で何とかしちゃう世界に銃って概念自体がアレだとは思ったけど……。こうも改変されると……いや、これは改悪か……)
「ああ、解った。取り敢えずソイツはクビだな」
グラディオーレは右手で首を仰ぐ仕草を見せる。了解したとばかりに、ナグルス含む兵器廠管理役人と幹部全員が頷いた。
「家族の者はどうしましょうか?」
ナグルスの言葉にグラディオーレは首を傾げたが、「捨て置け」の言葉に留まった。
ナグルスを含めたその場に居る人間達全てが驚いた顔をしたが、その反応にグラディオーレは首を傾げるばかりであった。
「さてと……」
グラディオーレは話を『魔導銃』へと戻そうとして全員が身を引き締める。
「この駄作はどれくらい生産されたのだ?」
「おおよそ一千を越える数にございます」
管理役人はまたしても汗だくになる。
「量産体勢とライン生産を指示したのは私だ、ソレは仕方ないが……」
グラディオーレは思案する。失敗してしまった物の処分だ。
大量に生産された物のコストを考えると再生産に掛かるコストは甚大ではない。おまけに一度作られてしまったラインの一部とは言え工程変更ともなれば、ソレに対する作業員への再教育の時間もまたコストが掛かる。
「作ってしまったものは仕方ないとして、ソレに掛かった費用をどうやって取り戻すか……」
兵器廠で働く工員とてタダで働かせている訳ではない、賃金を相応の対価として支払っている。しかし
「ソレが全て無駄でしたから返して下さい」では済まない話だ。
グラディオーレが頭を抱えるとナグルスが耳元へ近づく。
「皇帝陛下に良い知らせが……」
「なんだ?」
「不良品を外に売り捌く案がございます」
グラディオーレの顔に活気が戻る。
「言ってみろ」
「一人、ここに招いてもよろしいですか?」
「構わん!」
断言したグラディオーレの言葉に満面の笑みを見せたナグルスは一人の男を呼んだ。
「アクーリア・フォルン・バイゼル卿をここへ!」
ナグルスの声に一人の衛兵が頷いて見せた。その衛兵は走り玉座の間の外で待っていた人物を呼び出す。
「陛下、紹介します。アクーリア・フォルン・バイゼル卿です」
ナグルスの紹介で一人の男がその姿を見せる。やや若い感じで、体は細いもののしっかりとした筋肉質な感じも出ている。
「お初にお目にかかります、陛下。アクーリア・フォルン・バイゼルにございます」
不敵な笑みを浮かべたその男にグラディオーレはただならぬ気配を感じた。だが気圧される訳にはいか無いが故に虚勢を張ったように対応する。
「ああ、よろしく頼む。すまぬが貴公はバイゼルと申したが、あのバイゼルか?」
「はい、西方のバイゼル自治領のバイゼルにございます」
バイゼル自治領。帝国の領地の一部ではあったが、『自治』、つまりは自らで事に当たるという領地の一つであるバイゼル。その領主がアクーリア・フォルン・バイゼルである。
西方とも言えばミーティアラ帝国領にも近い。
西南部にある辺境監視部隊の要塞にもほど近い場所にバイゼル自治領はある。小さな領地であったが、帝国にとっては辺境監視部隊南部方面隊の次に重要視される所だった。
「それで、バイゼル卿の案とは?」
見定める様な表情を見せるグラディオーレに対してアクーリアは不敵の笑みを見せる。
「ミーティアラに不良品を売って資金を稼ぐのです。彼等には不良品を良品として買い占めてもらい、こちらの真の良品を作る糧にする。いかがでしょうか?」
グラディオーレは簡単に納得の表情になった。
「なるほど、確かにそれならこちらの戦力を削る心配はないか……」
グラディオーレは自身設計の武器に絶対的な信頼を持っていた。それ故に即決となった。
「もし、敵であるミーティアラが更に力を付けてもアレの敵ではありますまいて……」
更に不敵な笑みを見せるアクーリアを見て、グラディオーレはナグルスを睨む。ナグルスとバイゼルは親戚関係であった。新開発である兵器の情報を含む国家の常用情報が身近な所から漏れているとは思っていなかった。
(なるほど、情報の流出は避けないとな……。箝口令とか布かないと駄目か……)
グラディオーレは誰にも見えないよう顔を手で塞ぎ、困った顔で悩んだ。
「取り敢えずだが、バイゼル卿の意見に私は賛成だ。ナグルスも既に知っていたのだろう? なら、お前が責任を持って事に当たれ」
「仰せのままに!」
ナグルスの声が玉座の間に響く。
グラディオーレはこうなる事を少なからず予感していた。根回し手回しは彼の得意分野ではない。
しかし部下たるナグルスは得意であった。では得意分野での分担処理としては理にかなっているとグラディオーレは苦笑いで天井を見上げた。
それから二日後、アレクシア帝国の兵器廠工房長は斬首された。奇跡と言えたのは彼の家族は無事であった事だ。
前皇帝であれば一家全員死刑もあり得たが、そうならなかったのだ。この事は帝都で大きなニュースとなった。
『現皇帝は慈悲深き方』である、と。
タクロー達は列車に揺られていた。
セコルの町を出発してから三日目となる。
半日も過ぎたある時、列車が急停止した。
乗客全員があるモノを視界に捉え驚愕の声を上げたのだった。




