それは、見たことのない『色』
リリーア・ニルス・ミーティアラはレズール・ホルナ・レウラ伯爵との会合の後、部屋を飛び出した。
この町に来てからこの三日は、レズールの関連書類に目を通すため部屋にこもり、またレズールとの謁見と休まる事が無かった。ようやく全てのしがらみから解放されて、彼女は自由を得た。
自身を拘束していた部屋を飛び出し、町の中へと躍り出る。そしてセルヴィナは、慌てたように部下を数名連れ立ってその後を追った。
リリーアが最初に求めたのは甘味。
町の甘味処といえる所へと入る。そして一時間かけて数種類の甘味を堪能したら、次はショッピングだ。
魔道具店で新作を漁ったり、洋服店でこの町の流行物を探ったりした。
そんな時、ふと彼女の能力がある『色』を見せる。
どこまでも広がるような青。それは空に広がる色と同じ色だった。
どこまでも純粋で、どこまでも広い優しさをもった『色』。
リリーアはその『色』の持ち主を探した。大きすぎる『色』は他人さえ包み込む様にリリーアの目に映る。
綺麗だと感じ、そんな『色』に自分も包まれたいとすら思った。
これまで彼女が見てきた『色』は欲望や野心、怠惰や偽善と決して美しいとは思えない『色』。
常に側に居るセルヴィナからは、いつも灰色しか見えない。絶対的な立場を誇示するかのように、そして何者をも寄せ付けない様なそんな『色』だと思った。
とある店の前で、威圧感すら漂ってきそうなくらい大きな獣人が立っている。主の買い物に付き合わされて居るのだろうと思った。
セルヴィナはその獣人を見ると、舌打ちをして睨みつける。
「セルヴィナ、獣人嫌いには困ったものね。彼等には罪は無いでしょ?」
「存在自体が罪です。あんな汚れた奴ら……」
セルヴィナいわゆる『人間至上主義』の思想を持っている。
貴族の家柄の人間は大体この思想を掲げていた。それは貴族であり、また『剣聖』と謳われる家の者であれば尚更だ。
だが、リリーアはこの思想を強く嫌っている。彼女の思想は『平等主義』。この世界に生きるもの達全てに生きる権利をと考えていた。
しかしそれを理解してくれる人間は少ない。
国王たる自分の父親はそんな少ない理解者の一人であるが、それを国政に加える事はしない。いや出来ないのだ。何故なら圧倒的多数決で負けが確定している事案だから。
「別に、彼が何かした訳じゃないでしょ」
そう言ってリリーアは獣人に目を向ける。そこへ人間のグループが近づく。男が三人と、女が二人。それらは友人に接するのと同じ『色』で獣人と話をしている。
その光景にリリーアは驚愕する。そしてその中心に居る男が、自分の探している人物だと知る。
驚異的なマナは空間に干渉を及ぼし、世界の一部すら書き換えられしまいそうな存在。澄み切った青空の色は、彼を中心に広がる。
男からはそれだけではない。リリーアが見たことのない色、金色の粉のような物が纏わり付いて見える。その正体は解らなかったが、それは温かく男を包むようにさえ見えた。
「見つけた……」
リリーアは目を輝かせる。声を掛けようと近付こうとしたら、肩を掴まれる。
「何をしているんですか……。あんな下賤な者達と貴方では立場が違うんですよ?」
「なによ、話しかけるくらい良いじゃない」
「貴族ならいざ知らず、見た感じ平民とおまけに獣人。駄目です」
セルヴィナはリリーアを睨みつける。振りほどこうと試みたが、徒労に終わる。
恨めしそうに男を見ると、獣人を含むグループで楽しそうに会話をしながら歩き出していた。手を伸ばしてみたが、届く事もまして自分に気がつくことさえ無いと解っていた。
しかしリリーアはまるで、親しいものが去っていくようなそんな感情が沸き起こっている事に気が付き、不思議に感じながら男達をただ眺めていた。
一夜明けても、リリーアの頭の中の片隅では男の事を考えていた。
これまで感じた事の無い気持ちが彼女の中で蠢いている。それが何なのかは、彼女自身ですら解らなかった。
セコルの町は朝から騒がしくなっていた。この日は列車が入ってくる日になっていたからだ。
王都方面からやって来る者達を乗せて、またセコルの町から出発する者達を乗せるためだ。
列車は週に二回のペースでやって来る。
それは各駅に停まると言う事もあるが、何より終点であるセンターと呼ばれる所へは四日も掛かる。その為に列車は週二回でしかこの町に来る事が出来ないのだ。
蒸気の白煙を上げる列車、それは正しく蒸気機関車だ。
魔法で水を沸かしその蒸気が管を通りシリンダーを動かす。
各車輪を繋げる主連棒がクランクを動かすか如く前後の力を回転力へと変えていく。こうして前進したり、ギアを換えて後退する事が出来る。
列車はセコルの町の駅に入ると、客車と貨物車と切り離される。機関車のみ線路の先にある整備ドックに入り、各部位の点検が行われる。
一頻り検査を受けた後、交換部品を交換して回転盤で車体を180度回転させられる。
頭を王都方面に向けた機関車は客車等が停められている隣の線路を使い、王都方面に進み、合流路線で本線に入ると、後退して客車等と再度連結されて初めて出発の準備が整うのだった。これまでで半日を要する。
機関車に異常が見つかった場合は、メンテナンスで日数を要する事もあったが今回は最短のメンテナンスで済んでいた。
車両メンテナンス中に、客車から乗客が乗り降りし、また貨物車からは荷物の荷降ろしと積み込み作業が行われるのだった。
人の出入りが多くなったセコルの駅前に、タクロー達が立つ。彼等はこの列車で王都を目指すことになる。そして途中でセンターで列車を乗り換える事になる。
タクローはのんびりとした旅も良いものだと、駅を見上げる。
空は快晴であった。




