遭遇
「アンタ達、人間か?」
茂みの向こうから声がする。
シンジ、ミーナが声のする方へ顔を向ける。すると、シンジ達の居た右の方から人影が見える。
声を掛けられたとはいえ、モンスターの襲撃に遭っていた一行にとって、警戒しない道理はない。
それぞれが武器を取り出し、構える。シンジとミーナは弓と剣を、タクローとヒカルは杖とメイスを装備した。
タクローが人影のある方に体を向けると、総じて城壁もタクローに合わせて動く。「ぎゃー」と大きな叫び声が聞こえ、周囲をこだまする。
「ちょっと、なにこれ!?」
茂みから一人の洋服に軽鎧を着けた人間の女性がシンジ達の目の前に飛び出す。女性の後からゆっくりとコレも洋服に軽鎧を着けた人間の男性と小柄な女性が続いて出てくる。
「もう一度聞こう、アンタ達は人間か?」
男性の問に、シンジとミーナは顔を見合わせる。
「人間だよ」
シンジは、男性と向き合い答える。
「人間、ならこの魔法はなんだ? 何かの実験か? それとも、この魔法を使ったのは、魔族とのハーフってやつか?」
その言葉にシンジ、ミーナ、そしてヒカルが一斉にタクローを見る。
三人に見られたタクローは、キョロキョロと辺りを見て自分を指差す。三人は頷いて見せた。
「一応、俺がプロテクション・フィールドを使ったんですが、こうなってしまいまして……」
タクローは苦笑いを浮かべて後頭部を軽く掻く。すると、一人の痩せ型で長身の男性が茂みから飛び出してきた。
「あぶねー、まじあぶねー。危うくこの魔法の障壁にぶっ飛ばされるトコだったぜ」
荒い息をつき、同じ服装であるが故、仲間であろう三人の中に駆け込む。
「プロテクション・フィールドって言いましたか?」
小柄な女性がタクローに近づき、魔法の城壁に手を当てる。グイグイと城壁を押す動作して訝しげな表情でタクローを見つめた。
小柄な女性は歳が若いように見え、その上顔も幼さを残して可愛いという感じだ。そんな女性に見つめられ、表情は怪しいものを見るソレであったが、タクローは思わず赤面した。
「魔族、でも、ここまでの魔法は使えませんね。しかも、コレほどの大規模展開なんて聞いたことありません」
「俺も、わからないんだ。急なことが多すぎて、ここがどこだかも解らないし、魔法使ってみたらコレだし、ああ、もぅ本当に何がなんやら」
タクローはこれまでのことに対する混乱が一気に爆発し、やるせなさから体を動かす。総じて、魔法の城壁が右左と動き出す。
「タクロー、落ち着け、落ち着けって」
シンジの言葉に我に返ったタクローは、その場に座り込む。
「一定時間この障壁が消えるまで、頼むからお前は動かないでくれ」
シンジは先程同様に頭を抱え、うなだれる。ソレ以外の面々は、お互い顔を見合わせると、一様に苦笑いを見せた。
「まず、君達はどこから来たのか教えてほしい」
体格のしっかりとした男性が、ずいとシンジの前に出る。
「よく、解らないんですよ。俺達はそれぞれが違う場所に居たはずなのに、気がつけばここから少し行った所の草原に居ました。そして、俺達の居た世界とは全く異なる状況に陥ってるって感じなんですよ」
シンジの言葉に男性はフムと、顎に手を当て考えこむ。
「つまり君達は、この世界の住人ではないというのかな?」
「ええ、多分そうなりますね」
「だが、私達の知る魔法名を言っていたが……、ただ、この展開はまぁ、異常だが」
「魔法に関しては、それとなく知識があるが、実際に使ったのは今日が初めてなんです。それに、先程ハチの化物に襲われましたが、その戦闘も初めてでして……」
「ハチの化物……、もしや、バトルビーか?」
その名は、タクロー達の頭にひらめきを感じさせる。四人は顔を見合わせると、頷いてシンジに問題の解決をするように目で会話する。
「ここは、もしかして、ルクセンドル大陸の何処かなのですか?」
ここがゲーム世界という確証はなかった。しかし、証拠と言える品物はある程度そろっている。そして、シンジ達プレイヤーが知るモンスターの名前。
シンジの投げかける質問は、正に藁にもすがる思いで投げかけられる。
「確かに、ここはルクセンドル大陸のミーティアラ王国、アレク領外れの町、ファストの近くだが……」
男性は値踏みをするように、シンジをそして、ソレに追随する仲間に目を向ける。
「しかし、初めての戦闘に初めての魔法行使? 一体君等は何なのかね? 大陸名を知っているのに、この世界の住人ではないという意味が解らない」
シンジ達の求めた回答は手に入れたものの、今度はシンジ達と向きあうこの世界の住人達に混乱が生まれる。
「異世界から来た、と言えば通じますかね? 私達から見ると、この世界は物語の世界であって、それ故に知識はあるという話です」
シンジの話を聞いて、この世界の住人達は困惑の表情で互いを見る。
「次元回廊魔法、昔聞いたことがあるが、実際に成功した話は聞かない。それに、そんな究極魔法は……」
考え込み、ブツブツと念仏のように独り言を唱える男性。そんな中、やっとというようにタクローの魔法の効果が切れ、光の城壁は光が霧散するように消えていった。
「おっしゃー、ようやく自由だ!」
両手を広げて立ち上がり、開放感に満たされるタクロー。そこに、小柄な女性が近づき、どこから出したのか板状の物をタクローにかざす。
タクローはその小柄な女性が出した物を見て、かつて自分達の世界で使っていたスマートフォンを思い出していた。
「なにこれ? は? ステータスおかしいし、何このMP表示」
小柄な女性が震える両手で、板状の物を凝視する。どれどれと、もう一人の女性が横から覗き込み、痩せ型の男性は後ろから覗き込む。そして、覗き込んだ二人は目を丸くして固まる。
「アリーシャ、なにか解ったか?」
体格のしっかりとした男性は、アリーシャと呼んだ小柄な女性からひょいと板状の物取り上げて、そこに目を向ける。
「なんじゃこりゃ!!?」
男性の声は腹から出たのだろう大きなモノとなって周囲に響き渡る。彼等の周囲の茂みからは、声に驚いたのであろうモンスターや、小動物がガサガサと音を立てる。
「あ、あんたは、もしや伝説の魔王か? もしくは、神という存在なのか?」
男性の気の抜けた声に、タクロー達は顔を見合わせて、首をかしげる。
「一応、人間なはずだけど……」
タクローの返事に対して、男は目を点にする。
「なるほど、異世界。ははは、そうでなければ説明できないか、あははは……」
男性の乾いた笑いがこだまし、タクロー達は苦笑いで返事をした。
気がつけば空は赤く染まり、日が西に見える山々に沈もうとしていた。
「とりあえず、日が暮れるわ。カインツ、彼等がどうかはともかく詰め所に持ち帰って、議論なり何なりすれば良いんじゃない?」
アリーシャではない女性からの提案に、体格のしっかりとした男性はアリーシャに板状の物を返しながら、返事をする。
「そうだな、話なら道中でもできるか。ところで、あんた達は宿はあるのかい?」
「いや、無いですね」
「なら、話は早い。宿ならファストの町にあるが、金はあるか? 無いなら、俺らの詰め所に一泊くらいなら構わないが」
カインツの申し出にタクロー達は顔を見合わせ、しばらくの間があって一同頷く。
「金は、一応レアル金貨がありますが……」
シンジが布の巾着から金貨を数枚出して、カインツに見せる。
「おいおい、おいおいおい!?」
カインツとその仲間たちは、シンジの手の中の金貨に飛びつく。
「まじかよ、本物か?」
「あたし、初めて見たわ」
「ここ、表面にレアルって書いてあるぞ」
「コレ一枚で、アタシ達一年は遊んで暮らせるわよ」
カインツと仲間達は、一様にシンジへと詰め寄る形になる。
「どこでコレを手に入れた?」「盗んだのか?」など、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「気がつけば持っていた」その返事にカインツ達は、やり場のない気持ちに表情を歪めて、シンジから離れる。
本来、彼等からすればシンジの見せた金貨は、喉から手が出てしまいそうな大金となる代物なのだ。しかし、襲ってまで奪おうと思わなかったのには、タクローの見せた魔法や確認されたタクローのステータスがあったためと、カインツ達の人柄というのもあり、そういった邪な考えにはならなかった。
「とりあえず、その金貨は古くて、今のルクセン硬貨に換金しないと、使うのは難しいだろうね」
カインツが肩をすくめてみせる。
「まぁ、それはファストの町に帰る道中で話しながら行こうじゃないか」
それぞれが、カインツに了解の意思を告げると八人は歩き出した。
カインツ達には帰り道となる道中で、まずは自己紹介が始まった。カインツはまず自分を自警団団長の肩書と共にカインツ・カーバニと名乗り出て、団員となる他の三人を紹介する。
小柄な女性は、先程名前の上がったアリーシャ・ドロセル。もう一人の女性は、トーニャ・ベルハウ。痩せ型の男性は、ジュド・グラニス。
紹介を受け、タクロー達は迷った。自分のキャラ名を名乗るか、それとも、本名を名乗るかで。
「あの、あなたの名前変ですね。変な文字に数字の九と六って」
アリーシャは、タクローに近づき歩きながらも顔を覗き込む。
「ああ、あれでタクローって読むんだよ」
シンジの言葉に「へぇー」と答えて、タクローを観察する。
アリーシャの発言のおかげで、彼等はキャラ名を名乗ることに決め、それぞれが名乗り出る。
「皆さんは、家名を持たないのですか?」
トーニャの言葉に一瞬凍りついたタクロー達だが、苦笑いでなんとかその場を凌いだ。
それぞれの自己紹介が終わると、今度はシンジがこの世界の情報を確認するために幾つかの質問を投げかける。
「そういえば、先程レアル金貨が古いと言ってましたが、それはどのくらい古いのですか?」
「え? レアル金貨って確か千年以上も昔の金貨で、今じゃほとんど使われてない上に、現存するものでも、国指定の銀行に資産として預けるものだよ」
千年、その言葉にタクロー達の足が止まる。「どうした」とカインツの呼びかけにも反応できないでいた。
「千年!!? おかしいでしょ!? 俺達のやってたゲームに確かに年号って設定あったけどさぁ、レアル金貨が千年前!? じゃぁ、今何年よ!?」
大騒ぎを最初に始めたのはミーナだ。グループ最年長ということもあり、今までは他の三人が慌てるのに対して、じっと我慢して努めて冷静にしていた彼も遂に爆発した。
「確か、ゲーム開始のオープニングムービーでアルセリア歴五九〇年とか表示出てたよね!?」
「そうですよ、魔王討伐云々が六百何年だかって話で終わりなシナリオの内容でしたよ」
「千年ってあれか? ゲームの後の世界なのか!!?」
タクロー達四人はその場に立ち止まり、新しく開示された情報に腹の底から大声を上げてそれぞれにツッコミを入れる。
「おいおい、あんた達何を言ってるんだ? 今はアルセリア歴二〇一七年だぞ」
常識だと言わんばかりに呆れた表情のカインツが、足を止めているタクロー達に歩み寄る。
「にせんじゅうななねん? はい?? 俺達の世界と年号が一緒……、は、まぁ、置いといて、千数百年後、いや正確には千と三百年ちょい後の世界なのか?」
ミーナは体を震わせて動揺に動揺を重ねた震える声でカインツに顔を向ける。
「もしや、あんた達は時間転移したのか? 次元回廊による転移ではなく?」
「とりあえず、みんな落ち着こう。まずは話を整理しよう」
いち早く冷静さを取り戻したシンジに、三人は頷く。
「話の整理は構わないがね、そろそろ町に戻らないと。完全に日が暮れると、モンスターが活発に動き出すのでね」
カインツが立つ後方に向けて親指で指し示す先、少し遠方に見えるのは町を守るようにそびえる壁だった。タクロー達が草原で見えた街の風景からは気がつかなかったが、確かに壁がそびえ立っていた。
カインツに謝罪したタクロー達は、再び歩き出した。険しい表情で、それぞれに独り言をつぶやきながら無言で歩く。
その様子に、カインツとその仲間達は声を掛けるのを躊躇われて、各々が無言でファストの町に向かったのだった。