モンスターとの初戦
草原より離れ、木々の生い茂る所に来るとソコに道のようなものを発見する。
舗装はされていないものの、人の往来があったのであろうソレは土がむき出しになっていて、一直線に続いている。
タクロー達一行が、道に出ようとした時だ、側面よりひときわ大きな虫の羽音を耳にする。ソレは一直線にこちらに向かってくるように聞こえ、一行は音のする方に目を向ける。
「あれ、バトルビーじゃないか?」
スズメバチを人間の三歳児ほどの大きさにしたようなゲーム内のモンスター。それが、三匹。一気にタクロー達めがけて今正に襲い掛かろうとしていた。
「エンカウント? 戦う?」
混乱している状況に輪をかけて襲い掛かるモンスター。「コレはゲームだ」「コレは夢だ」と思っているタクロー達では、襲ってくるモンスターに対しての対処が取れないのは言うまでもなく、モンスターのファーストアタックをまともに受けることとなる。
最初に攻撃の餌食になったのは、タクローだ。最初に突っ込んできた一匹に対し、体が硬直し身動きが取れないでいるタクロー。
最初は囮になる予定だったのだろうソレは、当初勢い良く突っ込んできたが、動かないタクローに対して尻の先にあるニードルを腹部に突き立てる。
鈍痛、からの激痛がタクローを襲う。
ゲームだとダメージ表記だけで、プレイヤーに対しては痛みはもちろんあるはずもない。
だが、ゲーム内のキャラクターであればどうだろう。ソコがリアルな世界という状況であれば、無論痛みという概念もまた存在するのではないだろうか。
現に、タクロー達はこの地で目覚めた当初、自傷行為を行い痛みがあるのを知った。空気の匂いも、立っていた草原の草の匂いをも感じていたのだ。
タクローは、今正に受けた攻撃により、もんどりをうちながら、思考を巡らせる。今ここに居ることが、リアルなのではないか。現状打破には、ゲーム同様に自分達が戦わねばならないのではないかと、思考が逡巡する。
人間は危機的状況に陥ると、危険を回避や打開するために思考能力が加速するという。タクローは、その状態になっていたのだ。
「光よ、集いて彼の者を癒せ。ヒール」
ヒカルの放った回復魔法、ソレはタクローの痛みを取り除く。
「え? 回復魔法が使える?」
起きたことを冷静に分析するタクローに対し、ヒカルは両手の平を眺めて驚いていた。
「とっさに、回復って考えたら、頭の中に言葉が浮かんだの」
固まる二人とは異なり、タクローに対しての攻撃を見て直ぐに反応を示していてのは、ミーナとシンジだ。
アイテムボックスから、自分達の武器を取り出し敵となるバトルビーに威嚇とも言える攻撃を繰り出す。
最初の一匹はタクローに攻撃できたものの、残りの二匹の攻撃は他のメンバーに当てることができずに、シンジとミーナを睨みつける。虫独特の複眼がじっと四人を見つめる。
シンジは弓を、ミーナは剣を構えて立っていた。本来、扱ったこともない物、特に弓は弓道でもかじってでもいない限り、簡単に扱えるものではなかった。
しかし、後にゲーム補正などと本人達が言うように、弓を構える姿も扱いも、もちろん剣のソレも堂に入った振る舞いになっていたのである。が、この時は流石に無我夢中に近かった。
タクローが攻撃を受けた腹部から出血があったためだ。直ぐに、タクローを守るための行動が、彼等の戦闘開始となったのだ。
「タクロー、大丈夫か!?」
「出血は!?」
「大丈夫だ、ヒカルの回復魔法のおかげで問題無い」
「回復魔法!? 魔法が使えるの!!?」
驚いて、警戒を緩めた二人の隙をバトルビーは見逃さず、大きな羽音を立てて襲い掛かる。
羽音に気がつき、直ぐに攻撃を躱そうと体を動かす二人に対し、バトルビー達は飛行軌道を巧みに変えると、タクローとヒカルに狙いを定めた。
「動きの鈍いのからってか?」
タクローは、ヒカルを庇うように自身の背中に誘導する。ある特定ダメージまでの物理攻撃を無効化する魔法。ゲームでは散々お世話になったソノ魔法をイメージすると、脳内に言葉が浮かび上がる。
「壁よ、拒絶する壁よ。我が前に現れ、我を守れ。プロテクション・フィールド!」
バトルビー三匹の攻撃がタクローに襲い来る刹那、魔法陣が展開され、六角形の青白い光を放つ半透明な壁がタクローの胸元に現れる。ソレは一枚を中心に一気タクローとバトルビーを阻む壁になって展開される。その規模たるや、ただの壁というよりも高くそして、厚く横にも広がる。
コレは城壁といったほうがいいくらいに。
魔法で作られた城壁の外にいた、シンジとミーナは必要以上にタクロー達を狙うバトルビーの後ろにつける。
ミーナは剣を振り上げ一匹を一撃のもとに仕留めると、シンジは弓を引いて矢を放ち、もう一匹を仕留める。
残りの一匹は、二匹がやられたのを見るやシンジに捨て身の特攻とも取れる形で襲い掛かる。
「火球よ、目の前の敵を撃て。ファイヤーボール」
魔法の城壁の向こうから勢い良く、バスケットボール大の火の玉が壁をすり抜け最後の一匹を焼き尽くした。
「タクローくん、怪我は大丈夫なの?」
心配するミーナに対して、タクローは着ていたローブをめくって見る。
「傷も綺麗さっぱりですね。でも、ローブに血はべったり付いてますがね……」
「しかし、魔法も使える。モンスターは出るでは、いよいよもってゲーム世界だね」
「でも、この魔法はおかしくないですか?」
タクローの背中から顔を出し、タクローの使った魔法、『プロテクション・フィールド』を地面から空に届く上にかけて人差し指でなぞるように見上げていく。
「確かに、この展開規模はおかしい」
「確かある一定の大きさに術者を守る物理防御の結界を作る魔法だね」
「なんか、俺が想像してたのと違う……」
「壁の中には入れないのかな?」
シンジは光の壁に手を出すと、無論ソコには壁がありシンジが押してもびくともしなかった。
「とりあえず、一定時間は消えないって感じかな?」
そう言ってタクローが体を動かすと、光の壁もソレに合わせて動き出す。バキバキ、メキメキと周りの木々をなぎ倒し、地面をえぐり、壁の外に居たミーナとシンジに壁が襲ってくる。
「止まれ! お前は動くな!!」
シンジのとっさの一言で、タクローは動きを止める。
四人が辺りを見ると地面に現れていた城壁が動いた場所は、綺麗に整地されたようになっていた。
「とりあえず、この壁が消えるまでお前は動くな」
頭を抱えるシンジに対し、タクローは現状に目を丸くして辺りを見回す。
タクローが一歩踏み出す。城壁がタクローに合わせて前にせり出す。整地が行われ、丸裸の地面がむき出しになる。
「動くなって言ってるよね!」
状況を瞬時に理解していたのは、シンジただ一人。驚いて、数歩下がるタクロー。城壁も下がり、前進した以上に後退した分の整地が行われた。
「座れ! まず、座れ!」
シンジの怒声で、腰を下ろすタクロー。
後ろに居たヒカルもちょこんと腰を下ろす。
「いいか、タクローくん。この魔法効果は覚えてるか?」
「一定以下のダメージ無効、それ以上のダメージは軽減される物理防御特化の魔法。攻撃魔法は貫通してしまうので、魔法防御にはならない、だな。現にファイヤーボールはすり抜けたね」
「その通りだ、では展開されるとどうかな?」
「術者守る壁として、一定時間術者を追従……、あ!?」
その時、タクローは理解した。
術者を守るために形成された壁は術者前面に展開され、一定時間術者に追従する形で術者を守る。ゲーム上では人の大きさほどの壁のエフェクトが現れ、術者を守るバリアとして存在する。
しかし、タクローの展開させたコレはどうだろう? 城壁のようなそれが、魔法以外を一切拒絶する形で展開されている。タクローが動けば、無論この城壁はそれに追従するように動き出すのだ。
「どうすんだよ、コレ……」
タクローも頭を抱えこむ。
「とりあえず、バトル後の確認でもして時間を潰すか」
シンジもその場に座り込み、ミーナも続く。
こうして、全員が座り込んだかたちとなった。
「さて、現状で確認できたのは、魔法の使用有無と、武器の使用。そして、ダメージは実際に怪我をすることで確認も取れた」
「めちゃめちゃ痛かったぞ、半端なかった」
「でも、おかしいですね。バトルビーの攻撃って大したことないはずなのに」
「俺達が弱くなってる?」
タクローの受けたダメージは見た目にも酷いものだった。とっさにヒカルが回復魔法を掛けなかったらどうなっていただろう。それほどまでに、タクローは一瞬にして皆が顔をしかめる程の出血をしたのだ。
「なんか、調べるアイテムなかったっけ?」
タクローはゴソゴソとアイテムボックスに手を入れて、一つのアイテムを取り出し、掲げる。
「分析モノクルー!」
「やめなさい、そういうネタは」
背中から、ヒカルのツッコミを受けつつタクローはモノクルを片目につける。すると、モノクルを通してそれぞれのキャラクター情報が表示される。
「三人のレベルはゲーム当時と同じく一〇〇って出てるね。ステータスも、キッチリ数値化されてるみたいだけど、ヒットポイントとマジックポイントがバー表示のみで、数値がないな」
ミーナ、シンジ、ヒカルの三人もそれぞれが分析モノクルを覗き込む。
「確かにおかしいね、ってかタクローくんのマジックポイントおかしすぎでしょ。バー表示バグったみたいに飛び抜けてるよ?」
「え? 魔力を限界突破五回しただけなんだけど。そんなにですか? ゲーム中の表示は普通に表示されてたけど。確か、値はマックス一万チョイだったはず」
ゲームにおいて、ステータスの数値には限界があった。力・体力・防御力・魔法防御力・素早さ・命中・魔力・精神力・運の十項目。それに、ヒットポイント(HP)とマジックポイント(MP)の二種類。HPは体力を上げるとボーナスポイントが加算される。
ボーナスが付かない状態での限界は五千ほど。
一方のMPは魔力によってボーナスポイントが付き、ボーナス無しの限界は五千にも満たない。しかし、タクローはレアアイテムと言われる『魔力限界突破』を使用して魔力の底上げをしていた。
『〇〇限界突破シリーズ』のアイテムはこのゲーム、フェアリーストーンストーリーの中でも最大難度のレアイテムだ。固有レアイテムを集めて、成功率の低い合成をした上で初めて完成するソレは、多くのレベル一〇〇のプレイヤーが血眼になって素材集めと生成を行っていた。
廃人と呼ばれるプレイヤー達ともなれば、各種ステータスを限界突破させ、最強プレイヤーとして君臨するほどだ。
しかし、タクロー達は違う。
時間のある時にゲームをプレイする、いわばエンジョイ勢である。それ故に、アイテム集めもそれからの生成もあまり時間を掛けてはいない。
タクローが限界突破を五回もできたのは、正に運が良かったという話である。それに、限界突破は何もタクローだけではない。シンジもミーナもヒカルも、一様にステータスの限界は上げてある。
ただ、タクローのMPの量の異常は何も『限界突破』によるボーナスだけではなく、ゲーム内の課金アイテムを使用してMPの量を上げていることも含まれた。
「ゲームでのそれぞれのステータスは、まぁいいとして、数値化されなくなった部分ってのはおかしい」
「バグかな?」
「バグで、怪我や痛みがあってたまるか」
タクローは消えてはいるものの、攻撃を受けて怪我をした部分を撫でる。
そんな中で、シンジは周囲からこちらを窺う気配に気がつく。コレは狩人であるシンジだからこそ気がつけた気配。
「誰か、それとも何かがこっちを窺ってるな」
三人にかろうじて聞こえるくらいの、小さな声に対し、三人は警戒の表情をする。先程襲われたバトルビーしかり、モンスターが存在することが解ったために、四人は警戒を強めて立ち上がる。依然として、タクローには光の城壁がその身を守っていた。