魔法で行う医療行為
シンジは、走った。
瀕死の人達を助けたいと思ったから。
この世界に来た当初は、「どうせ元の世界に帰るんだから」と気にも止めなかった町の人々。しかし、暫く生活して、彼等の日々の営みに触れると、少し感情が入り始めてきた。そしてなにより、血まみれで横たわる人々の中に見た少女の姿が頭から離れない。
自分にも幼い女の子が二人いる。それと横たわる少女がダブって見えたのだ。
宿屋に飛び込み、一目散にタクローの居る部屋へ向かう。部屋に入ると、その中では鎧を着たままのタクローと、女性二人が床に座り込み一枚の紙と睨めっこしていた。
シンジに気がついた三人は、「どうした!?」と驚きの声を上げるが、シンジには悠長に説明している余裕が無かった。
普段の私生活であまり運動というほどの運動をしてこなかったことが悔やまれる。荒い息遣いにたどたどしい言葉で、要件だけを手短に伝える。
そして、グッタリとその場に座り込んだ。
要件を聞いたタクローは、鎧のままで部屋の窓に手を掛ける。
「俺は先に行くから、ヒカルとアリーシャちゃんは後から来てくれ。多分、手伝ってもらうことになるから」
タクローの言葉に、不思議そうな顔で見つめ合う二人だったが、とりあえず頷いて返事をした。
タクローは返事を確認すると、窓から飛び出す。
「エアロブラスト。追加、リミット、フット」
一番最初に使った魔法、武器屋の倉庫から飛び出した魔法を使う。
それは足の部分に限定的な風の魔法を使用し、推進力とする。これにより飛ぶことは叶わないものの、短い距離を迅速に移動したり、高い位置までジャンプすることが可能になる。今回の使用目的は前者であった。
二階という少々高い位置から推進力を受けて、地上で使用するよりも飛距離が伸びる。そして着地スレスレでもう一度、同じ魔法を同じ用途で使用すると、わずか二回の魔法使用で目的地にたどり着いた。
着地の際に上げた土煙を見て、近くに居たアレクの兵達が驚きと怯えを見せる。
タクローにとって彼等は初めて見る者達であったが、町の人達と共に居るのを見て、害は無いと判断し軽く一瞥した後シンジに言われた家へと入った。
タクローが中に入ると、ミーナが困惑の表情で出迎える。
「凄い音がしたけど、どうしたの?」
「飛んできた」
「はぁ? あ、ああ……そう……」
ミーナの表情が引きつる。
タクローが中の様子を窺うと、そこは正に激戦地の野戦病院さながらであった。
ドスドスと大きな足音を立てて、トリスがタクローの元にやって来る。
「おい、なんとかしてくれ! 皆を助けてくれ。このままじゃ、皆死んじまう」
トリスが哀願してきたことに、タクローがたじろいだ。
「どうにかするっていっても……」
周りは怪我人だらけ。
シンジの話では、皆が銃創で苦しんでいるとの話と、ミーナが呼んで来いと言われたということだけだった。
実際ここに来て、自分が何をすれば良いのか解らない。だが、シンジのあまりに危機迫った言葉が、タクローをこの場所に急がせたのだ。
「タクローくん、前に応急処置について詳しかったよね? 銃創とかでも、何とかできるってサバゲーの時言ってたから……」
ミーナの言葉に腕を組んで考える。
確かにタクローには、本で読んだ知識や映画などで見知った知識の中に様々な応急処置の方法があった。銃創に対してもそうである。
しかし、彼は医者ではない。外科的行為を他の人に、ましてやこのように多人数に施すのは無理な話である。
とりあえずと、手近な人の傷を見る。眺めている際、ミーナから回復魔法が効かないことを伝えられる。
「見た目的には、傷跡が汚いな……。銃弾の種類がよく解らないから、駄目か……」
ブツブツと念仏を唱えるように独り言を話し出す。
「中に異物が有ると、回復魔法が効かない? いや、効かないんじゃない、おそらく傷を塞げない? だから、元の状態のままなのか? 細胞を活性化させて回復、塞ぐのとは違うのか?」
そんな、タクローに対してトリスが業を煮やす。
「頼む、なんでも良い。助けてくれ! あんたならできるんだろう?」
その言葉に、タクローの中で観察から行動へとシフトするスイッチが入る。
魔法アナライズを使用して、傷口を観察する。しかしその人のステータスしかHUDには表示されない。
魔法を重ねがけする特性付与魔法『ダブル』を使用してみた。すると細かい表示が追加されていく。
着ている服の材質や現在の精神状態など、そしてその中に傷の状態を示すものがあった。
「やっぱり、中に『鉄球』の表示があるか……。となると、確か……盲管銃創だったっけかな?」
タクローは、体内への異物混入による回復阻害と推測した。しかしこれは厄介である。
人によって体内に入った弾丸の場所はまちまちであり、また下手に手を出せば血管を傷付けて、そのまま死ぬことになってしまう。
それだけではない、トリスの話ではカインツは相当な数の銃弾を受けているとの話で、一番衰弱が激しいとのことだった。
この世界に医者または医療行為に従事する人がいないため、麻酔薬はおろか医療器具も存在しないとタクローは考える。万が一あったとしても、カインツを見て解ったが、彼に手術に耐えられる体力は残っていないと考えた。
(魔法で何とかできれば……。あれ、そういや俺、ここに来る前にヒカル達に来るように言ったよな? 魔法、魔法か!!)
タクローの頭の中でパズルのピースが綺麗に組み合わさるがごとく、これからの方針が完璧に組み上がっていく。
『INTブースト』、タクローが装着する鎧が常時発動してる知力を上げる魔法。これのおかげで、タクローは自分が見聞きした知識と現在の状況を瞬時に判断できるようになっていたのだ。
タクローの中で行動方針が決まった丁度その時、ヒカルとアリーシャが室内に入って来た。
待ってましたと言わんばかりに、これから行うことを二人に告げる。
「いいかい、俺は魔法を使って体内の弾丸を摘出する。一気に弾丸を出すから、二人はすかさず回復魔法を掛けてくれ。ミーナさんは、ヒカルにマジックアクティベーターを貸してあげて。ヒカルの魔力なら、回復量はでかいはずだから」
早口で一気に話を進める。
アリーシャはそれについていくのにやっとといった様子だったが、ミーナとヒカルはいつものタクローだと張り切って指示に従う。
「まずは、衰弱が激しい人からだ。やるよ!!」
タクローの後を追うように、ヒカル、アリーシャが続く。
最初に向かったのは、もちろんカインツだ。
見える範囲だけでも十発以上は弾を受けている。よくこれで今まで生きていたと驚愕するほどだ。だがそんな彼も息遣いは弱まり、もはや風前の灯火。
横たわるカイツの隣にかがみ込み、タクローは右手をかざす。
「いいかい、俺の指示で一気に回復だ」
二人は、真剣な表情でコクリと頷いた。
(俺の仮説が正しければ、弾を抜く時に致命傷になっても心臓が直ぐに止まるわけじゃないはず。頼むから、ショック死だけはしてくれるなよ……)
「マグネイト。追加リミット、ハンド」
かざした右手に魔法陣が展開。
『マグネイト』磁力魔法により、右手の平に一気に弾丸が吸い付く。タクローの「今!!」の掛け声で、二人は回復魔法を行使する。
カインツの傷が見る見る内に塞がっていき、遂には死にそうな顔色も徐々に回復を見せる。短く浅い息遣いは力強さを増し、正常な状態に戻った。
カインツは目を見開き、ガバリと起き上がる。
「凄い……、これはどういうことだ」
自身の体を眺めて驚愕した。
そして全身鎧を見て、また驚愕する。
しかし、タクローはそんなカインツには目もくれない。
「次!!」と叫ぶと、重傷者から順に弾丸を摘出、二人がかりの回復を繰り返す。回復した者達は、直ぐにお礼を言おうとしたりするが、完全に無視するように手早く治療して回った。
最後になったのは小さな女の子。
無論のことながら、衰弱は激しい。だが奇跡的に、彼女はなんとか持ちこたえられる状態にあったのだ。その証拠に「痛い痛い」と言葉を発していた。
そしてそれを母親が一生懸命励ましていたのだ。
「よぅ、よく我慢したな。直ぐに治してやるからな」
タクローは女の子に声を掛ける。それはとても優し口調で。
「鎧のおじさん、痛い。痛いよぉ……」
弱々しい声だった。
そんな彼女にタクローは弾丸摘出を行おうとして、かざそうとした右手が止まる。
「くそ、最後がこれか……」
そんなタクローに、母親が「どうしたんですか!?」と詰め寄る。ヒカルも、ミーナも心配そうな顔をした。
(小さい子だから気がつかなかった……。アナライズめ破損箇所しっかりと表示しやがって。骨が砕けて、その中心に弾丸があるじゃねぇか……)
女の子の右肋骨の下から二番目に弾がある。
肺に多少のダメージは出ているようだったが、それは回復魔法によって一部が修復されたようにも思える。しかし骨を砕き、その中心部分に弾があるために取り出す際は激痛を伴う恐れがあった。タクローの頭の中でどうするかを瞬時に模索する。
「木の破片、小さいの! この子の口に入るヤツだ。誰でも良いから持ってこい!!」
怒鳴り声を上げるタクロー。
身動きが取れないタクローに「ほらよ!」と何かが飛んでくる。それを手に収めると、投げた人物がシンジだと解った。頷いて見せると、シンジも頷く。
「さぁ、これを噛んでくれないか? 少し今より痛くなるから、しっかり噛んで頑張るんだ。なぁに、ほんのちょっとだから……」
努めて優しい口調に、女の子は「うん」と小さく返事をした。
兜の中では優しく微笑んでいたが、見える訳はなかった。
弾丸摘出が始まる。
マグネイトの魔法を患部に近づけ、なるべく痛みを少なくできるように、入った場所から垂直に抜けるようにする。
この時は、マグネイトの魔法をやや弱める特性付与魔法も使った。
女の子は痛みに悶える。タクローは母親に押さえつけるように指示を出した。
じわり、じわりと弾丸が体から出てくる。そして完全に抜けきったのを確認した瞬間に、回復の指示を出した。
女の子はこれまでの痛みが嘘だったようになり、満面の笑みを浮かべた。そしてその時、タクローはようやく安堵の溜め息を漏らした。
起き上がった女の子が、タクローに抱きつく。精一杯の感謝の言葉と共に。
だがそれだけではない、周りからは溢れんばかりの歓声が上がった。
タクローは女の子の頭を優しく撫でる。
治療を受けた者達と、そこに居て看病していた者達が一斉にタクローとヒカル、アリーシャの元に集まって思い思いの感謝の言葉と称賛の声を捧げた。
家の扉の前にテイガと一人の男が並んで立っていた。
「彼が、『英雄』ですか……」
「ああ、この町だけじゃねぇ、町の人までも助けやがった。へへっ、アイツ俺の宿に泊まってるんだぜ?」
「ふむ、なら今日は宴会ですかな?」
「任せとけ! 腕が鳴るな。ああ、メシ代はアンタ持ちだがな」
「じゃぁ、私の兵士達にも食事と酒、お願いしますよ。ああ、食材とかは一応持ってきているのもあるのでそちらは差し上げます」
引きつった笑いを見せるテイガに対して、ニコリと笑ってみせる。
「さて、その『英雄』殿にご挨拶しますかね」
男はタクローの元へと歩き出した。




