宿屋へ 2
タクローが倒れてからほんの少しの間をおいて、町の人達がぞろぞろと集まってくる。
人混みを掻き分けながら、その中で一番ガタイが良い獣人がタクロー達の元へやってくる。完全武装を身にまとった、宿屋の主人テイガ・オルトナだ。
「おい、その全身鎧はなんだ。すげぇもん見たぜ……」
ヒカルは必死でタクローに声を掛けている。その姿を見たテイガはこの全身鎧の中身がタクローだと知る。
ミーナとシンジは手分けして、タクローから鎧を脱がそうと試みていた。
「とにかく、このヘルメットだか兜だか解んないヤツを外そう」
ミーナが、首元辺りを調べると、ちょうど外せそうな留め金を見つけた。
留め金を外し兜を外そうとすると、妙なコードが見える。コードを辿ると胴鎧と繋がっていたために、まずはソレを外しに掛かる。
コードを外し終わってようやく兜を脱がせると、青ざめた顔をしたタクローの頭が出てきた。
ヒカルは必死に呼びかけるが、反応が無い。
「どうしよう?」と涙目でミーナとシンジを交互に見るが、二人は首を振る。
「どいて!」
アリーシャが、ヒカルを押しのけるとタクローの口元に耳を近づける。
「息はある」
頷いて、首元に手を当てる。
「やや弱いけど、大丈夫。間違いない」
アリーシャの行動を心配そうに見つめるヒカル。
「安心して、ただのマナ切れ。最悪死に至る場合もあるらしいけど、そんなこと滅多に無いから。だから、安心して」
アリーシャはタクローの頭をゆっくりと、自分の太ももに乗せる。場合が場合なら、女の子の膝枕は正に至福と言えようが、それをされている本人に意識は無い。
「マナ切れ……、ああMPが切れたのか……」
シンジが、ポンッと手を打つ。
この時代では、魔力やMPなどを総称して『マナ』と呼ぶ。大気中に漂う魔法現象を引き起こすものもまた、『マナ』と呼んでいる。
馴染みの無い者達にしてみれば、「どの『マナ』?」となるのは仕方ない。
シンジの一言に、ミーナとヒカルが安堵の息をついた。
「なんでぇ、マナ切れかぁ。まぁ、あんだけ凄まじい魔法だったんだ、無理もねぇか」
トリスも、ヤレヤレといった様子で肩を撫で下ろす。そして、テイガ含めた町の人々も苦笑いやら穏やかな笑みを浮かべていた。
「ところで、テイガの旦那はそんな武装で今頃どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもねぇよ、俺も戦いに混ざろうと思ったら娘に泣かれてなぁ……。店から出るに出れなかったのよ」
トリスが店の方を向くと、人混みの後ろには心配そうにこちらを窺うラトーナ・オルトナの姿があった。
テイガはかがみ込んでタクローを見つめる。優しそうな目で暫く見つめた後、アリーシャの頭をグシャグシャと撫でた。次いで、ヒカルの頭も撫で回す。
「オメェさん達も、よく耐えたもんだよ……」
テイガは町の入口の方を見る。そこには凄惨な光景が広がっている。
帝国の兵士達の死体に町の人達の死体。
兵士に比べて町の人達の被害は少なかったが、それでものどかであったこのファストの町では信じられない光景がそこにはあった。
テイガの様子に気がついたトリスは、「なんだったんだろうな」と言葉を漏らす。
誰にも、帝国の兵士達が攻めてきた理由が解らなかった。
町の人々の中でも、町の出入り口を見る者が何人か居た。逆に目を背ける者達も少なからず居る。
「どっこいしょ」とテイガは立ち上がり、周りを見回す。ニヤリと笑うと、大きく息を吸い込んだ。
「よし、野郎共! 我らが英雄様をお部屋にお連れしろ!! ラトーナ、ご案内だ!」
大きな声に町の人達は、ビクリと体を震わせあたふたとタクローに近づく。
テイガは一人の男を捕まえると「馬鹿野郎、手で担ぐ気か!?」と怒鳴り付けた。
怒鳴られた男は、慌てて少し離れた道具屋に駆け込み、担架に似た道具を持ってくる。そして、タクローは数人の男達の手によって宿屋へと運ばれて行った。
そこに、アリーシャとトリス、シンジ達仲間も続いた。
「残りの連中は後片付けだ!」
テイガの掛け声で町の人々はその場を離れ、思い思いに戦いの片付けを始めたのだった。
宿屋となるテイガの店、虎屋へとやって来たタクローを運ぶ一行は、ラトーナの案内で二階にあるタクローが宿泊する部屋へとやって来る。担架のような物で運ばれたタクローは、ベッドへと移された。
運んできた数人の男達が、シンジ達に深々と頭を下げ、礼を述べて去っていった。
「さて、アリーシャちゃん。タクローくんのこれはいつ回復するのかな?」
腕を組んで、考え込む仕草を見せるミーナに対して、アリーシャは険しい顔でタクローを見つめる。
シンジがトリスを見ると、肩を竦めて見せた。
ヒカルはベッドの横に椅子を持ってきて、腰を下ろす。そして、「どうしてこんなことに……」とつぶやきながら心配そうにタクローを見つめていた。
「最近では、マナ切れは滅多に聞かない話だからなんとも言えない。魔道の研究者とかなら、詳しく解るのだろうけど……。私の知る限りだと、マナ切れの程度が低い場合は頭痛。中程度なら、めまいと吐き気。重度だと昏睡状態って本で読んだことがある。タクローさんの場合だと重度と見て間違いないのだけれど……」
「そんな……」
ヒカルは顔を覆う形でベッドにうなだれる。
「まじかよ」、「嘘だろ」とシンジとミーナの動揺も大きかった。
トリスはタクローを見つめながら、考え込む。
「アリーシャよう、昏睡っていったって一時的なものなんだろ?」
「どうかしら? タクローさんはマナ……、もといMPの量が多いから回復には相当の時間を要すると思わない?」
アリーシャの言葉で、その場に居た全員が押し黙る。
ミーナは腕に抱えていた、タクローが着けていた兜を抱えてふと気がつく。
「そういや、この鎧は何なんだろう?」
兜をぐるりと回して見る。見れば見るほど、ミーナは不思議な感じを覚えた。デザインが自分達の世界のロボットとかに似ているのだ。
アリーシャやトリスに鎧のデザインについて聞いてみるも、「解らない」の一点張りだった。逆に、他にも似たようなデザインの鎧を見たかという問いに対しては、「見たことがない」との回答を得る。
深まる謎に、遂には兜をあらゆる角度から調べ始めるミーナ。
気を紛らわせようと、ヒカルもシンジもそれに続く。
「内部には有るのは……、電子回路に似たような模様があるね」
「ケーブルが鎧と繋がっていた感じだと、何らかの信号のやり取りがあるみたい」
「軽い感じがするけど、金属はなんだろうね?」
それぞれが、意見を言い合いながら調べている。
そして暫く時間を置いた後、遂にはタクローが未だに装着しっぱなしの胴体部分に手を出した。
意識の無いタクローを慎重に扱いつつ、鎧を外していく。
そして、完全に全ての部位を外し終えると窮屈そうな鎧からタクローの体は完全に解放された形になった。
「やっぱり、あちこちを繋ぐ回路があるみたいだ」
ミーナが鎧の胴部分をいじると、胸の位置にある外装と思われる部分が開く。
内部にはビー玉みたいな物が六つと真ん中には何かをはめ込むようなくぼみが現れた。そして、その周りびっしりと刻み込められたのはヒカル曰くルーン文字とそれをつなぎ合わせる魔法術式と呼ばれるものだ。
ヒカルは、皆が図書館で情報を集めているさなか、一人魔法術式の勉強に励んでいた。
最初は、パソコンのプログラミング言語に似ていると調べたものだが、いつしかそれが興味と変わり終いには学び取ろうとしていたのだ。それはヒカルの地球世界での職業が関係している。
彼女の職種は『システムプログラマー』。
彼女は、下請けを行う中小企業と言われる所で働いていた。当初はゲームプログラマーに憧れて、飛び込んだ業界であったが希望は叶わず、いつしかカーナビゲーションシステムやらはたまた地図アプリなどのプログラミングを行っていた。
そんな時に出会った、ゲームに似た未知のプログラム。「これは面白そう」とついつい手を出してしまったのである。
「本で読みましたけど、これ『魔石』ですよ。この、ビー玉みたなの。そこに中心部から魔法を行使するためのエネルギー供給用の命令プログラムが走ってますね。魔法術式は、基盤でいうところの信号送信を行う役割も担っていて、コレがまさしくそう」
ブツブツとヒカルの解説が始まる。
いつしかアリーシャも混じり、鎧の分析に熱が入っていった。
そんな中、トリスは先程の戦闘の疲れがどっと出たのか、次第に眠くなってきた。
四人の熱の入った鎧談義を子守唄に、いつしか横になり眠り始めたのだった。




