戦いの結末
人には、時折不思議な体験をする時があるという。
自分の命が危険に晒された時、目に映る光景がゆっくり、まるでスローモーションを見ているかのように見えることがあるらしい。
ミーナは撃たれた仲間を助けるために、物陰から飛び出した。自身が危険かもしれないなどとは、微塵も考えなかった。
ただただ、仲間のために飛び出したのだ。
その時、自分の頭上に黒い物体が目に入る。それが何かは、これまでの事柄を見ていたので直ぐに判断できる。
掴んで投げ返そうかと考えたが、視界に映る景色が緩やかに見えた時、その判断が間違いではないかと思った。そして、手で叩いてソレを払いのける。
ちょうど誰も居ない方向にソレは飛んで行き爆発した。爆風でよろけたが、なんとか仲間の元にたどり着く。
「くそったれがぁ……」
トリスは、オルスと対峙する形になっていた。
武器屋から持ち出して来た、ハルバードで威嚇する。その後ろには、アリーシャがマジックアクティベーターを手に援護する体勢になった。
周囲から一切の音が消える。
ミーナはシンジとヒカルの様子を窺うと、どちらもかろうじて急所は外してるように見えて、安堵の息をつく。そして、マジックアクティベーターで回復魔法を二人に掛ける。
なんとか二人は回復したところで、ミーナはようやく異変に気がついた。
自分以外が、全てが静止したような静寂。
後ろを見ると、トリスとアリーシャが、敵の兵士が、遥か一点を驚愕の表情で見ている。
それは彼等だけではない。
更に振り返り、タクローが居る方向に目を向けると、タクローを取り囲む兵士達が固まっている。
ミーナとタクローの間には、腰の辺りから真っ二つになった兵士の死体が七体。ミーナが飛び出した際、グレネードを持っているように見えた七人はそれを使うことができなかったように見える。
そして死体の先に居るタクローは、ダラリと腕を下げて今にも崩れ落ちそうな体勢をとっている。
その光景は異様だった、幾つもの魔法陣がタクローを中心に展開されている。
そして、ミーナもまた、言葉を失い一点を見つめて固まった。
シンジとヒカルが倒れる様を目撃したタクローは、一瞬にして感情が抜け落ちる。頭の中が真っ白になり何も考えられず、今目の前の敵を全て倒すことにのみ思考が集中していく。
こちらに向かっている兵士七人。手にはグレネードを持っている。
「うぜぇ! エアロスラッシュ! 追加、ヒュージ!!」
右手を払うと、一陣の風が向かってくる七人を襲い、切り伏せる。タクローの状態を表現するならそれは正に『キレる』である。
仲間が倒されたのと、タクローが今まで受けてきたストレスも積み重なり、遂には精神がショートした状態になったのだ。
MPの残量から使える最大の魔法の計算が瞬時に行われ、選択される。
「アイスランス!」
それは、中位の氷魔法。ファイヤーボールよりも、桁違いにMPが奪われる。
「追加、マルチ!」
MPが更に一気に奪われていく。同時に酷い頭痛がタクローを襲うが、タクローは気にもとめない。
そして、更に付与効果術式を追加する。
「ついかぁ! ほーみんぐぅぅ……!!」
唸るような、叫ぶような咆哮。だが、兜から声は外に出ることはない。
意識が朦朧とする。目を瞑れば倒れてしまう程に。
MPの残量を示すバーゲージは既に数ミリにも満たなかった。しかし、魔法陣は展開された。
顔を巡らせ、ターゲッティングを行う。敵と認識した、全ての者達がマークされる。
遂にMPゲージが消えるその瞬間、タクローは魔法発動を念じた。
無数の中規模魔法陣を見た者達は、固まってその場から動けずにいた。
これまでが、お遊びだったのだと気がつき、そして悟った。
何故、そうしなかったのだろう? と思うよりも早く、奇声を上げて走り出す帝国兵士達。しかし、遅い。
既に魔法は放たれたのだ。
幼子程の大きさの氷の槍が、帝国兵士達目掛けて放たれる。逃げ惑う兵士達を嘲笑うかのように、次々と兵士達の体にその身を埋めていく。
間一髪で、回避できた者もいた。その中にはオルスも含まれている。
「なんだってんだ、なんだってんだよ……」
近づく死の恐怖で、腰が抜けたために氷の槍から逃れることができた。
そして、安堵の息を漏らしたのもつかの間、驚く光景を目にする。自分と同様に、氷の槍をなんとか避けられた仲間がいた。
そして、氷の槍は上へと方向転換すると上昇する。
ある程度上昇してからその身を反転させると、また同じ目標に向かって飛び出した。
声を掛ける余裕もなかった。目の間で仲間は串刺しにされた。
ドスリッ
オルスの背後から、何かに押されたような感覚と共に、自分の体の中に何かが入り込んで来る感覚を覚えた。
恐る恐る胸元に目をやると、所々赤い液体がこびり付いた氷の固まりが体の中から顔を出していた。
そして、オルスは生命活動を停止したのだった。
戦いは終わった。
タクローが必死に追い返そうとしていた帝国兵士達、しかし結果は全員の死亡という形で幕を下ろす。
シンジが、ミーナが、ヒカルが、アリーシャが、トリスが見つめる先には、動かなくなった全身鎧があった。ヒカルが駆け出す。これまでの光景を見て足が震えるのも構わずに。
ふとトリスがアリーシャに目をやると、そこには一つの異変が起きていた。ある時を境にあまり笑顔を見せることのなかったアリーシャであったが、今正に満面の笑顔を見せているのだ。
そして、「見つけた」とつぶやく。
トリスはそんなアリーシャに戸惑いを隠せず、明後日の方向に目をやる。
ミーナは倒れていたシンジを立ち上がらせると、共にヒカルの後を追う。
ヒカルが駆け寄っても、声を掛けても全身鎧は微動だにしなかった。「ねぇ!」と声を掛けてヒカルが鎧に触れた瞬間、鎧はグラリと姿勢を崩し、その場に崩れ落ちた。
ファストの町から離れた場所、タクロー達の目覚めた草原近くからグレクセン・オーデヴァルは一部始終を望遠鏡で見ていた。
「これは、ヤバいな……。ミーティアラも遂に新兵器導入か? しかし、こんな片田舎で作っていたなんて……」
冷や汗をかきながら、望遠鏡にかじりついている。
「ほんと、驚きましたねぇ。あんな物があの町に有ったなんて」
グレクセンの横から声が聞こえる。
仲間の兵士だと思ったグレクセンは「全くだ」と返事を返す。
「しかし、帝国の進行をきちんと把握できないとは……。我々もまだまだですよ」
その言葉にグレクセンは(コイツ何言ってやがるんだ)と、望遠鏡から顔を離して横を向く。すると、そこには自分と同じように望遠鏡を覗く若い男の姿があった。
長い金髪を風になびかせて優雅に立つ姿は画になるようだった。また、着ている服はどれも高級感が漂い、その上に装着されている軽鎧には豪華な装飾が成されている。見た瞬間から、貴族などの高貴な存在だと解る。
肩にはミーティアラ王国の紋章と、もう一つ別の紋章が刺繍されている。
「き、貴様は……」
声を出したその時、腕の片方を背後から掴まれ拗じられる。
身動きが取れなくなったと気がついた時には、喉元には短剣が突きつけられていた。
「さて、質問です。あなた方はここに、何をしに来られたんですか?」
男は望遠鏡を覗くのに満足したと言わんばかりに、爽やかな笑顔でグレクセンに問いかける。
一方グレクセンは、極力首を動かさないようにして視線を巡らせると、仲間二人の死体が転がっているのが見える。また、その周辺には大勢の軍服を着た者達が微かに見える。
「なにしに来られたんですか?」
男はグレクセンに顔を近づけて、改めて問いかける。
「た、たまたまここに来ただけだ……」
洗いざらい喋ろうかとも思ったが、彼は正規兵、そんなことはできなかった。
「たまたまですか。でも、ここはミーティアラ王国のしかも、私の父の領地ですよ? 帝国の方がたまたまここに来るなんて、おかしな話もあったものですね」
男の言う通りだ。
現在、ミーティアラ王国とアレクシア帝国は戦争状態。敵国にたまたまやって来たでは筋が通らないのも確かだ。しかし、グレクセンはだんまりを決め込む。
男は、「仕方ないですね」とつぶやきグレクセンを拘束している部下に目で合図を送る。
男の部下は無言で頷くと、突きつけたナイフをクルリと回し、刃が当たらないように持ち替えると首を絞めて、グレクセンを気絶させた。
男は満足したように頷くと、ファストの町に目を向ける。
「さて、一体全体なにが起きてるんでしょうね? 早速行って確かめましょうか」
部下の一人が合図を出すと、後方に控えていた兵士達がゾロゾロと隊列を組んで歩き出す。
男は近くに待たせていた馬に乗ると、兵士達と共に馬を進ませたのだった。




