闇夜に舞うハンター
亜人達とセレス兵達の戦闘は、シンジの予想通り一日で終わるものではなかった。互いに死傷者が出る。
被害的には五分五分と言えたが、実質亜人達の方が数が多い分、割り合いからしてみれば不利だと言える。
決着がつかないまま夜となり、それぞれが自分の陣地に帰還する。
一般兵達は、撤退の指示を受けて後方に下がり、交代で急速を取っていた。
「クソっ!」
状況を理解したライアン・オーコネルは、自軍の陣営で悪態を吐く。
部下である数名の獣人が、彼をなだめる。だが、その中に誰一人としてライアンの怒りの意味を知るものは居なかった。
ライアンはスレイブ・オプナきっての頭脳を持っている、それは生まれついたものではない。かつて居た姉が彼に託した基礎的知識の賜である。
『統計学』的見解が、現状が不利だと言っている。
セレス兵達を四分の一削り、亜人の兵力もまた四分の一削られた。
根本的に数に差がある状況で、これは、亜人達が今後不利となって行くことを示している。
お互いに死者は、回復魔法と回復道具のおかげで、微々たるものである。
だが、深手を負い、戦いに参加出来ないものは多数だ。
魔法にも、アイテムにも『使用限界』がある。
「限界無く魔法が使用できれば……」
ライアンは恨めしそうに呟くと、負傷者を収容するテントを睨んだ。
シンジはリッドミルの街にある物見台から、セレス陣営を見下ろしていた。
「やはり、技術レベルの違いが如実に現れたか……」
目算で三万以上居る亜人の戦士に比べ、セレス兵達は二万足らずである。
頭数の違いこそあれど、出した被害は共に四分の一。
セレス兵達が五千の被害が出た一方で、亜人達の被害は四捨五入すれば一万近い。
「ヒカルちゃんか、タクローが回復魔法を使えば、怪我をしたセレス兵は未だ戦える……。やはり、亜人達に分は無いか……」
シンジは深い溜め息と共に、アイテムボックスから数点のアイテムを取り出す。
シンジのそばに控える形で居たセルヴィナが首を傾げる。
「シンジ殿、何をされるのですか?」
「相手陣地に行ってくるよ。彼等の真の言い分を確かめたい」
「敵陣に!? 気は確かですか!?」
セルヴィナはシンジの強さもタクロー同様に認めていた。
だが、シンジは単身で戦闘をこなすには不利な職業である。
狩人は、主に後方支援がメインだ。暗殺者の様に、敵陣に乗り込み、ターゲットを的確に倒す様なスキルも少しは持っているが、基本的には狩りを行うのが基本で、暗殺スキルは全く無い。
出来て、諜報活動が関の山である。
「何も、戦いに行くわけじゃないよ。彼のリーダーに会って、真意を確かめたい」
「確かめて、どうするつもりですか?」
「そっからは、お姫様、もしくは、セレス侯爵様次第だね」
「なるほど、あくまでも非公式な使者と言う事ですか…」
「ああ、だから殺傷武器は基本的に持たない。ま、アイテムボックスにはたんまり入ってるけどね」
苦笑いで、シンジは腰の小箱を叩く。
「で、有れば私も一緒に……」
「君は、姫の護衛だろ? タクローに厳命されているはずだよ」
シンジの言葉を受けて、タクローがセルヴィナに命じた言葉を思い出す。『今まで同様に、姫を守れ』、この言葉が脳裏に蘇る。
セルヴィナは驚いた様な表情になり、シンジに「済まない……、忘れていました」と告げる。
シンジは、そんなセルヴィナに笑顔を見せた。
シンジがアイテムボックスから出したアイテムは、ボディーアーマーともボディースーツとも取れる物だ。
全身を真っ黒に染められたそれは、炭素繊維と液化金属を組み合わせた伸縮性が極めて高い物であった。
全身スーツであるそれは、タクローが装着しているミスティック・アーマーのインナースーツにも似ている。
ソレもそのはず、このスーツの基礎コンセプトはまごうことなきミスティック・アーマーであるからだ。
だが、ミスティック・アーマーと違うのは、外骨格は無く、防御を高めるためのパーツも一切ついていない。
動きを助けるアクチュエーターの代わりに、人工筋繊維が採用され、その中を液化金属が流れることで、冷却機能から緊急時には硬化による防御効果を発揮する仕組みになっている。
背部に有るマント状の物は小さな魔力で硬化し、グライダーの役割を担う。
兜というよりは、マスクに近いヘルムをかぶる。
近くに居たセレス兵の軽鎧に取り付けられた金属片に、スーツを装着したシンジの姿が宿る。
(コンセプトはコウモリ男って訳か……)
シンジは苦笑いで、地球世界の映画作品などを思い浮かべる。
完全に装備を固めると、シンジは敵の陣営がある方向を見つめた。
(さて、非殺傷で何処までやれるかな……)
レパス遺跡でタクロー達と別れる際に、ミーナが渡したアイテムはシンジが単独で動きやすい為の装備である。
鏃に電撃を起こす丸い魔石があしらわれた矢。ソレを飛ばすのは、言わずもがなコンパウンドボウだ。
モーゼル・ミリタリーに似た物の銃身の先端には、ワイヤーアンカーが取り付けられている。
これのおかげで、弾丸が装填できないが、基本は非殺傷の為の装備だ。殺傷能力の有る弾丸を付ける必要は無いと判断されたのだ。
両手のグローブの拳部分には、スタンガンさながらの機能が持たされている。
後は、シンジの戦闘スキルが物を言う。
シンジは、高校生時代に空手の部活動をしていた。
コレにヒントを得て作られたスーツ。
シンジ以外は着ることが出来ない。彼専用の寸法で作られているのだ。
(とりあえず、潜伏スキルを上手く活用して進むしか無いな……)
シンジはセルヴィナに突風を起こす指示を出す。
セルヴィナは疾風聖剣を振るい、一陣の強烈な風を生じさせた。
シンジの着るスーツのマントが三角形のグライダーに変化し、風を受けて軽やかにシンジの体を空中に誘う。
ただでさえ高い物見台から、更に高い位置まで舞い上がったシンジは、亜人達が居るであろう森を見据える。
シンジにはグライダーの経験など無い。
だが、魔法がそんなシンジを全てカバーして発動する。
スーツに内蔵された一級人工精霊石が、MPを生み出しソレによってシンジの意思通りに空を行くのであった。




