忍び寄る脅威
時は一日前に遡る。
タクロー達がこの世界にやって来た最初の場所となる広い草原。その草原に、十数張りからなるテントがあった。
天気は快晴で、小高い場所からはファストの町が一望できる。
そこに二人の男が立っていた。一人は身なりの良い格好でキッチリと軍服を着こなしている。もう一人は、軍服を着ているが薄汚れており、だらしのない格好であった。
そして、その二人の着る軍服は着こなし以上に見た目にも違いがある。キッチリ着こなしている方の男の軍服の方が、きらびやかな装飾が成されているのだ。これこそ、アレクシア帝国正規兵の証。アレクシア帝国軍、辺境監視部隊のグレクセン・オーデヴァル伍長だ。
「全く、こんな所までわざわざ大所帯で来る必要があったのか? オルス・ガイエよ」
横で望遠鏡を覗き込んでいる、オルスに対して溜め息混じりに話す。
ふと後ろを見ると自分の部下として辺境監視部隊の隊長から与えられた部下二名と、オルスの部下三十八名がテントとその周辺でくつろいでいる。そして、もう一つ溜め息をつく。
ここに来るまでに、まる二日を要した。
大規模魔法がファストの町周辺で展開されたという知らせが辺境監視部隊にもたらされ、部隊内で会議が行われた。
最初は誰もがにわかに信じがたいといった風であったが、実際にそれが事実であれば軍の上層から何を言われるか解ったものではない。それ故に、偵察的な形として正規軍は三名派遣し、噛ませ犬としてオルスの部隊全員を送る形を取った。
オルスの居るアイン村は、拠点としては全くもって重要ではなかったために放棄しても構わないという判断と、オルスの部隊が全滅しても痛手が全くないとの認識からだ。
とはいえ、偵察にと派遣されたグレクセンと部下二名は堪ったものではない。報告が来てから、その日の内にオルスの居るアイン村へと移動し、次の日には川越えありの部隊移動だ。
オルス達は退屈を持て余していた分、意気揚々とまるでピクニックに行く気分のようだったがグレクセン達からしてみれば、移動から移動でヘトヘトになっていた。
「オーデヴァル様、アレを見てくれませんかい?」
オルスから望遠鏡を渡され、指をさす方に望遠鏡を向けて覗き込む。地面がえぐられ、木々がなぎ倒され、直線状に平地ができていた。
「あれか……。にわかには信じ難い話であったが、実際に目の当たりにすると戦慄を覚えるな……」
望遠鏡を覗かなくても、ある程度は見て取れる。しかし、望遠鏡を覗くと細部にいたるまで見て取ることができた。グレクセンは、肉眼と望遠鏡交互に見比べる。
「望遠鏡越しとはいえ、アイン村からでも見えるのだからな……」
『光の城壁』と報告を受けた際、グレクセンの仲間達は夢でも見たのだろうと鼻で笑った。そして、グレクセン自身もそうだった。
しかし、その爪痕を見ればもはや納得するしかない。もう一度自分の見た景色を、部隊に報告しようかとも考えたが、実際に見ていない者達がどう判断するか考えると頭が痛くなってくる。
「オルスよ今日は休息をとり、明日あの場所を調べようと思うがどう判断する?」
「旦那の意見に賛成ですぜ。ここに来るまで、モンスターとの戦闘で部下も少なからず疲れてやすし。それに何より、旦那達が一番きついでしょ?」
「ああ、正直そうだな」
「なら、今日は休みましょうや。俺としては、コイツを試したくてウズウズしてますがね」
オルスは腰にぶら下げている掌サイズの、黒い球体を軽く叩く。それは、最近開発された新しい武器『バースト・グレネード』。
球体の一部に、金属製のピンが刺さっており、それを引き抜き突起部分を押し込んでから数秒後に、内部に組み込まれている炸裂魔法の術式が起動して炸裂するといった代物だ。
「しっかし、魔導銃しかりコイツしかり、新しい王様に変わってから色々武器が新しくなりまくりですなぁ」
「俺自身、辺境の部隊だから詳しくは知らんが、なんでも新王が兵器廠なる魔導武器の開発と製造を行う工房を作ったらしい。後は、魔導研究機関なんてのもできたらしいな。魔導銃は兵器廠の制作らしいが、バースト・グレネードは魔導研究機関らしいぞ。他にも、色々やってるらしいな。武器を持ってきた連中が、アレコレ話していたな……」
「そいつは良い。こっちは、戦いがやりやすくて助かりますぜ」
「へへへ……」と、オルスは下衆な笑いを見せる。
グレクセンはそんなオルスに対して嫌悪感がこみ上げる。彼等がこれまでにどのようなことをしてきたか、それはアイン村を見る以前から明らかだった。
(山賊上がりが……)
グレクセンは、目線をファストの町に向ける。彼等があの町に攻め込んだら、どのような惨劇となるか、そんなことを考えて目を細める。
(できれば、新兵器とか新魔法とかで痛い目でも見ればいいと思う……)
などと、一応味方であるはずの者達に対してやや不謹慎なことを思った。
一夜明けて、早朝からテントを畳み、グレクセンとオルスの部隊は『光の城壁』の発生したと思われるポイントに出発する。
距離は大したことはなかったが、異常にモンスターが現れたためにたどり着くまでにしばしの時間を要した。
「頭、なんかモンスター多くないですかい?」
魔導銃でモンスター達を倒していくオルスの部下達。
「ああ、俺も思ったぞ。だからといって、例の新武器は使うなよ。あいつは、ファストの町を攻める時まで取っておけ。なぁに、追加弾倉の補充があったおかげでこっちはまだまだ余裕なんだからよ」
「へい、まぁ、弾丸の心配じゃぁないんですがね……。ここいら辺は、比較的モンスターが大人しいはずだって聞いてたもんで」
「あれじゃねぇか、光の城壁で大気のマナが乱れてるせいで凶暴化したか、ビビって気が立ってるとか……」
「確かに」と部下は、モンスター退治に戻って行った。そして、現地にたどり着いてから、落ち着ける場所を確保できた頃には昼頃になっていた。
オルスと部下達は、手早くキャンプ地を確保し、テントを張っていく。一方のグレクセンと部下二人は、特殊な機械を用いてマナの観測を始めた。
「発生箇所のマナが異常減退してるか……。やはり、専門の連中を派遣してもらわんとなんともいえないな」
「アナライズでも、魔法が使用された痕跡としか出ないですね」
グレクセンは辺りを見回し、溜め息をつく。
「はぁ、こんな規模の魔法って……、見たことも聞いたこともないぞ。唯一似てるのだと、ドラゴンのブレスか? にしたって……」
それから、部下と共に周囲の調べて回ったが、結局何も掴めないまま日が暮れていった。そしてその夜、グレクセンはオルスに対してファストの町への進行を命じた。もし、大規模な魔法実験が行われている、もしくは行われていたのであれば、近くにあるファストの町に手掛かりが有ると考えたからだ。




