プロローグ
ファンタジー系オンラインRPG、『フェアリーストーンストーリー』。
元はシングルプレイ専用として作られた作品であったが、やがて、圧倒的に作り込まれた世界観と、人気シナリオライターによる設定が功を奏してかオンライン化され、次第にプレイヤーの数を増やしていく作品として再度販売された。そして、十数年サービスを続ける人気ゲームとなったのである。
しかし、『始まりがあれば、終りがある』というように、ソレが永遠に続くことはなく、ゲームメーカーはサービス終了を告知した。
ゲームをやりきっていたプレイヤーは、告知を知ると早々に他のゲームへ移行する者もいたし、思い入れのあるプレイヤーは残って最後までプレイしたり、これまでの仲間たちとの旧交を温めていた。
そんな中で一つのチームは、未だに一生懸命ゲームを楽しんでいた。彼等はこのゲームによって知り合い、親交を深めていったが、ソレゾレの事情により、じっくりゲームを隅々までこなせていなかった。それ故に、サービス終了の告知に焦りを覚えて、今正に、細部までゲーム内容をこなすために奮戦していた。
ゲーム終了残り一ヶ月を切ったところで、ようやく彼等は各クエストをこなし、最終ステージまで上がってきた。
一人は休日を完全にゲームで潰し、一人は家族サービスを放り投げ、一人は休日出勤を断り、一人は親に土下座して仕事を替わってもらい、ようやく膨大なゲーム内でのやるべきことをこなした。彼等の所属するギルドにはかつて十二人の仲間がいた。だが、十数年の年月により、社会人のみで構成される形になった彼等は、ソレゾレの事情でゲームから離れていった。
現在は四人で、最も仲の良かったメンバーのみで構成されている。ゲームをプレイするのに必要な人数は四人だったので、彼等からしてみたらちょうど良くメンバーが残った形だ。しかし、一人だけ仕方なく残ったプレイヤーがいた。『T-96』と名前のあるキャラ、周りからは“タクロー”と呼ばれる人間の魔法使い。
男性キャラである彼は、ある思いからゲームから少し離れる形になっていたが、周りから頼まれ、仕方なく残ってプレイをしていた。
「タクロー、詠唱準備!」
一人の檄が飛ぶ。チームのまとめ役となっている狩人で、エルフの男キャラを使う伸次が、弓を引き絞り、モンスターに狙いを定めていた。
「もうしてるよ。ミーナさん、ちゃんと敵を引き付けてくださいね」
「へいへい、解ってますよ」
戦士で猫タイプの亜人種女キャラのミーナは、モンスターの大群に突っ込んでいく。
「ミーナさん、回復支援に付きます」
先行するミーナを少し離れて追うように、後から従いて行くのは僧侶で人間女キャラを使うヒカル。
彼等は、息の合った連携で難敵を打ち破っていく。
魔法使いであるタクローが防御などの支援魔法をかけ、シンジが敵を牽制した後、ミーナが敵を引き付け、ヒカルが状態異常や体力の回復魔法で支援しつつ、光属性魔法を行使し、タクローが強力な多種の魔法で敵を削っていく。そして、様々な戦闘の末にようやく、ラスボス戦手前で休憩できる場所まで来れたのは、サービス終了の約一週間前の日曜日、二十二時を回ったところだった。
昨日の土曜日から、今日の日曜まで彼等はほとんど寝ていない。
タクローは職場柄変則勤務のために出勤日だったが、この日はわざわざ休みを取ったのだ。
明日からは皆、仕事だ。
翌週金曜日にはサービスが終わってしまうため、ソレゾレがゲーム達成のために頑張ったのだ。
「いやはや、コレで終わりかと思うと、なんか寂しいですね」
最終ステージを目の前にして、タクローの掛けた声に一同がシンと静まり返る。
彼等は、ゲーム内の手入力によるチャットは使っていない、気心の知れた仲間のため、ゲーム以外のソフトによるボイスチャットを使用していた。
「まったく、タクローくんはそういうこと言うかねぇ……」
野太い男性の声と共にミーナは、ヤレヤレというアクションをする。
「ゲームは終わるかもですが、オフ会だって一応予定してるんですし、ゲーム以外、リアルだって会って遊んだりしてるんだから、寂しいことないじゃないですか」
女性の声でヒカルのキャラが楽しそうに踊るアクションをみせる。
「確かに、ヒカルちゃんの言うとおりだけど、なかなか会えない人だっているじゃないか」
男性の声のシンジの言葉に、タクローはゲームにログインしなくなり、リアルでも都合が合わなくて会うのが困難になっている友人数名を思い出していた。それ故に、タクローの中では寂しく、虚しい感情が胸を締め付けていた。
「そういや、タクローくんはサービス終了の告知の後、あまりゲーム内に顔を見せなくなったね。もしかして、なんか思う処あった?」
ギルド内でのプレイヤー最年長であるミーナの問に、タクローは少し困惑した。
「確かに、一時期は俺が一番コレにのめり込んでましたからね。少し、感情移入っていうか、思い入れがあったのは事実です。皆と離れ離れになる感じがあって、気持ちの整理みたいな感じで、ログインしなかったんですよ」
「うわっ、私全然知らなかった。無理に誘った感じだったし、なんか申し訳ないことしちゃったのかも……」
ヒカルのキャラが土下座のアクションをしてみせる。
事実、忙しいやらなんやらの理由を付けてタクローのログイン頻度は、サービス終了の告知後に減っていった。タクロー達はゲーム内で知り合い、ゲームからリアルへと交友の輪を広げていった。
現に、ゲームにはログインしないがメールやチャットなどで、やり取りしているかつてのメンバーもいる。
だが、タクローにとってはゲームありきの交流だったのも事実だった。それ故にかつてのメンバーと連絡していたり、実際に会って遊んだりして、ゲームが無くなってしまう寂しい気持ちを紛らわせることもあったためにログイン頻度が落ちていったのだ。
そんな中ヒカルからの電話連絡で、最後にゲームをやりきろうという申し出にタクローは仕方なく付き合うことにした。ゲームにのめり込んでいた事実は揺るがなく、中途半端で終わらせるのはタクローにとっても不本意だったからだ。
「いや、俺が少しナーバスになってただけかも。ヒカルが気にする話じゃないよ」
一同がほんの数秒の間、無言になった。そして、静寂を破るようにミーナはしみじみと過去を振り返ろうとしていた。
「あれから何年だっけ? 十年以上は経つね、皆と知り合って。色々あったけど、結局皆仲良く楽しんだよね……」
その言葉に三人は、かつての交流からはたまた私生活の
記憶までもを振り返っていた。
「シンジくんは結婚して、一時期は完全にログインしなかったから、引退説まであったし、ヒカルちゃんはゲーム始めて翌年には受験生だもんね」
「そうですね、私はなんだかんだで専門学校に行きましたが、受験勉強半分、ゲーム半分で結構ハードだった記憶がありますよ」
エヘヘとヒカルは苦笑いを浮かべているであろう、声がメンバーの耳に届く。
「嫁がゲームすることに関して寛大でしたからね、おかげでブランクはありましたが復帰できましたよ。でも、タクローのおかげでもありますね」
「俺が? 俺、シンジになんかしたっけ?」
「いやいや、アップデート後のゲーム内容とか、色々情報をくれたでしょ? それこそ、仕事で忙しかった時や、子供が産まれて手が離せない時もこまめに。俺だってこのゲームは珍しくハマってたから、タクローがアレコレメッセージを携帯に飛ばしてくれたせいで、やりたい気持ちが消えなかったのは事実だな」
タクローとシンジは同じ歳だった。住んでる地域が違うため、接点はまったくなかったが、ゲームで知り合いお互いの年齢を知った後は、一番の仲良しになっていた。
最初は、ゲームマナーでお互いが敬語だったが、歳月を経て砕けた話し方に変わり、やがてはお互いこまめに連絡を取り合う仲になったのだ。
「でも、本当に色々ありましたねぇ……」
ミーナの少し年寄りじみた口調の一言で、堰を切ったように、それぞれがゲームが始まってからの過去の思い出話に花を咲かせ始めた。そして、ソレが二時間にも及んだ時、タクローはふと思ったことを口にしてみた。
「このゲーム世界は、終わったら無くなってしまうのかな?」
その一言に他の三人は「はぁ?」と口をそろえる。
「これまでの、オフラインのゲームやオンラインゲームもそうだけど、ゲームをクリアして、世界は平和になりました、終わり、ってなるけど、本当にそのゲーム世界は終わってしまうのかな? ってちょっと思って」
「タクローくんって、時々変わったことを言うよね。でも、漫画もアニメもそうだけど、クリエイターが続きを制作しなかったら話は続かないんだから、総じて世界もソコで終わるんじゃない? 二次制作とかで、話を続けない限り……」
「確かに、ミーナさんの言うとおりですが、なんかこう、異世界が新たに構築されるみたいな感じで、物語終了後にも世界が続いていく、みたいなことはならないのかな? とか、つい考えちゃうんですよね」
「確かに発想は面白いけど、でも、それを俺達が見たり聞いたりすることはできないだろ?」
「そうなんですよ、ソコがネックなんですよね……。できたらソレはソレで面白いんじゃないかな? って思うんですよ。だってこのゲームは、世界の成り立ちから国が出来上がって、年号があって、俺達が体験できなかった過去の出来事の設定が盛り沢山あって……、って、尋常じゃない世界設定なんですよ? この世界が、ゲーム世界の垣根を超えて、完全なリアルな世界になってもなんらおかしくない気がします」
「このゲームの制作に携わった人気シナリオライター、名前忘れちゃったけど、彼はこれまでにも様々な作品を手がけてきたけど、それまでと打って変わってこのゲームには相当心血注いだって話らしいからね……。それに、このゲーム以外でもそういう細かい世界観設定があるものには、続きの世界があってもいいよね」
二人のやり取りを黙って聞いていたシンジとヒカルだったが、確かに、と思いながら無言で頷いていた。
そして、そこから四人のゲームの未来の世界の話で盛り上がりを見せ、気がつけばラストステージ手前で四時間近い時間が経過しようとしていた。
「やばい!? そろそろ、寝なきゃ!」
時間の経過に最初に気がついたのはシンジ。
彼の一言で、自分達の起きている時間を把握したメンバーは、それぞれ慌てた声を上げる。
「とりあえず、ラスボス終わらせましょう。なぁに、『限界突破』させている俺達なら三十分も掛からんでしょ」
ミーナの一言に、今日中にゲームをクリアする目標に一同は明日(時間は深夜の二時過ぎなので、日付の上では今日)の仕事のことなど気にしないように心に言い聞かせて、最終戦にキャラを歩き出させる。
最終ステージに入ったメンバーは困惑した。設定ではステージに入ると、ラスボスである『魔王』の登場ムービーが流れるはずが、一向に流れる気配がなく、あまつさえそこに魔王の姿がなかった。
あるのは、いかにも魔王の玉座の間と言わんばかりのエリアとステージ中央にある金色の扉。
前情報を入れていたメンバーにとって、困惑するのは無理もない。
「ステージ背景は一緒だが、動画サイトと違う」や「攻略情報とも違うよ」といった言葉が飛び交う。
睡眠時間を削ってまで来たメンバーは、それぞれ焦り感じていた。
本来、仕様が変更されていれば、いったんゲーム中断してゲームの公式サイトや、攻略サイトで再確認するのが当たり前なのだが、彼等には時間があまりなかった故に、軽く話し合ってから直ぐに金色の扉を調べる。
そして、扉は開き漆黒の空間が現れ、四人は気がつくことすらなく同時に意識を失ったのである。