非日常と日常
「絶対に、助けるんだ、、結衣!!!」
!!
誰かの叫び声が響いた気がして飛び起きた。……夢?
固く冷たい感触で目が覚める。そうだ、私、公園のベンチでー
既に外は真っ暗だ。街頭も近くにはなく、
時計を見ると深夜2時を回ったところだった。…いつの間にか眠っていたのか…。
こんなところにいたら通報される。
...帰らないと
そう思うけれど、意志とは裏腹に足が動かない
思い出しため息をつく。
つい飛び出してきてしまった…
本気で出ていこうとは思っていなかった。ここを出ても私に行くあてなどないし、のそれにもし出ていくなら、荷物を整理してちゃんとユナン神父や葛城先生に挨拶しないといけなかったし。
でも…誰も私を歓迎しないのならば、戻らない方がいいと思っていただけ。ユナン神父には本当に感謝している。彼が私の保護者代わりになって色々役所に届出を出したり親権を変更したり、学校に通えるように何から何まで手続きしてくれた。彼が私を受け入れてくれていなかったら、私はどうなっていたかわからない。またあの、誰も私を必要としていない成城学園に戻らざるを得なかったかもしれない。さらに悪ければ、私は記憶がないせいで精神を病んでいたかもしれない。
だけど、、悲しかった。一番信頼していた斗真さんまで、私に隠し事をしていて、私だけがずっと仲間はずれだったことが。皆のことが知りたかった。でも、、そもそも私が彼らを攻める資格なんてないのかもしれない。私は瀬野さんやシスターのいうように洗礼を受けていないから正式なキリスト教徒ではない。それ以前にキリスト教を未だによく知らない…。
彼らは私が来るずっと前からあの寮の住人だった。
私は余所者なのだ、そんな私を受け入れてくれただけで、よっぽどのことで、、。
…踏み込みすぎたのかもしれない。誰にだって隠したい秘密の一つや二つある。私が知りたい、教えてほしいと思うのは、身勝手な理由だったのかもしれない。
でも、今の私には、何もない。何もわからない。記憶は何一つ、思い出せない。
私は、ただ私を肯定してくれる人が欲しかった。私を、私の存在を認めて暮れる人が欲しかった。
それが、私に取っての唯一の希望のようになっていたことに気づく。
ふと見ると、公園のすぐ前の家の敷地の、壮大な草木の繁る誰もいない庭に、何か不審なものが落ちている…
何か大きな ……
?あれはー…人間!?
目を凝らし少し近づいて見ると、倒れているのは女性だった。
どうして私の家の敷地に人が!?地上からは微細な動きはわからないが…
まさか……
私はいてもたってもいられず部屋を飛び出していた。
、彼女の元に向かわなければ、私の人生は、180度変わっていたのかもしれない。
でも、あのときの私には、微塵も考えなかった。私に取って、これが最後の、普通の日常だったことを。
「大丈夫ですか!?」
彼女に駆け寄ると、やはり反応はない。
遠目では分からなかつたが首元に無数に引っ掻いたような傷がいくつもあり、そこからなおも血液が流れでている。両手は真っ赤に染まり、真っ白なむき出しの腕も切り傷のようや傷がいくつもできている。ゾッとするような光景に私は息を飲んだ。
!
そのときわずかだが手が動いた。
「待って下さい!すぐに救急車をー。」
私が携帯電話を取り出し電話をかけようとした刹那、
背中に強い衝撃を感じ遅れて激痛が襲う。
!?
壁に一瞬のうちに押し付けられたのだと脳がようやく認識した。そのまま女性は首を凄まじい力で締め付ける。
若い女性とは思えないくらいの並外れた力だった。
「メデューサ、の血…ヨコセエエ」
…どういう意味?
「な、何を言っているの!?」
必死で周りを探り、近くに物干し竿が立てかけてあるのを見つける
私はなんとかそれを力の限り彼女に振りまかせた。
一瞬拘束が解けたその瞬間に私は距離を取り離れようとする。
離れた先はしかし、八方塞がりのようにそこは行き止まりで、焦点の合わない目でふらふらとこちらへ間合いを詰めてくる。
だが突然、襲ってきた女性は糸の切れた人形のようにその場に倒れて、動かなくなった。私は呆気に取られる。
しかし、それも束の間、私が目にしたのは、この世ならざる非日常な光景だった。
女性の身体から黒い靄のようなものが浮かび出し、そしてそれは女性から離れ、、やがて一つの大きな影のようなものに変形したのだ。
全身真っ黒な影のような形をしているが、それは手足のようなものが存在し、人間の背丈より少し高いくらいの、人間の形に似せた物体だった。
まさに化物以外の何者でもなかった。
「こ、こないで!化物!!」
化物の声だろうか、おぞましい咆哮が響く。
門を飛び出してできるだけ遠くへ逃げたかったか、運悪く私がたどり着いた場所は、住宅地の行き止まりだった。
いや、実際は先程の家からほんの数m離れただけだった。
影の右手が振り上げられ、その先端は鋭い刀の刃のように変形していく…
私は一瞬で死を覚悟し、強く目を瞑った。
しかしいつまでたっても攻撃は訪れず、まもなくし、
スパン!
何かが風を切り裂くような音が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、目の前に制服姿の瀬野さんが、日本刀のような武器を持ち立っていた。
「瀬野、さん……?」
もしかして助けて、くれた…?
先程の化物は瀬野さんが、斬ったのだろうか、二つに分裂し地面に転がっている。
「倒した…の?」
瀬野さんは私には目もくれずに 鋭い視線で敵を見つめている。
安堵したも束の間、その分裂した物体は互いに蠢き初めやがて一つに結合し元に戻った。
「ちっ、バンドハイパーか。低級悪魔のくせに厄介な奴だ…!」
「悪魔…?」
聞きなれない単語だった。
「お前は邪魔だ、下がっていろ。」
ただ目の前の敵を殲滅することしか考えているかのように前にたちはだかる。
「で、でも…なぜか私を狙ってきます!」
その黒い物体は遅いスピードならずも確実に私に向かっている。
瀬野さんが瞬く間に目にも留まらぬ早さでサーベルを振るう。華麗に剣を振るう。その姿は、あまりにも華麗で、舞っているようにしか見えなかった。
「……すごい」
狙われていることも忘れてその姿に見入っていた。
気づけばそのバンドハイパーと呼ばれた物体は、見るも無残に地面に散り散りになった。
しかし、あんなにバラバラにされたというのに、それはなおも動きを止めず少しづつ少しづつ結合し元の姿に戻り始めていた。
そして元に戻ると襲ってこようとはせずなぜか別の方向へ歩いていく
そして近くに倒れていた女性の元に吸い込まれるようにして一体化し、最初の時のような焦点の合わない虚ろな瞳でこちらへむかってきた。
「! 」
私はすんでのところで腕を交わし、その衝撃で地面に膝を着く
「クソっ 」
瀬野さんには目もくれず私にばかり攻撃をしかけようとしてくる女性を、瀬野さんはできる限り彼女を傷つけないように刀の柄で攻撃を防いでいる。
「瀬野さん、どうしてここに?」
私は女性から一定の距離を保ちながら問いかける。
「...この辺りで働いているシスターから悪魔の目撃情報があったから、調べにきただけだ。」
「…じゃあ、偶然私と会ったのですか…?私を追いかけてくれたんじゃ...」
「そんなわけないだろ!?馬鹿なことを抜かすな 私は紫音寺と違ってお前に興味もないからな」
「いえ…別に責めているわけでは……。」
!
そうしている間に今度はまるで人間の声とは思えない唸り声を上げながら女性の喉や腕を引っ掻き始める。
「女性を人質に手を出せないように図ったか。厄介だな。救援を呼ぶしかないか。」
瀬野さんは無線機のようなもので連絡を取っている。
『はい、ユナンです。』
「こちら三鷹区風波1丁目路地裏、女性の悪魔つきが1名徘徊しています。」
『女性の状況は?』
「かなり自傷が酷い用です。このままでは生死が危ないかと。
悪魔は形状を自由に変えられるバンドハイパーです
強敵ではないが応援を頼みたい。」
『了解です、今そちらに向かいます。』
「こちらには結衣もいます。」
『結衣がいるのですか?一体なぜ…』
【何ですって!?結衣が!? 】
無線機の奥から斗真さんの驚いた声が聞こえてきた。
本体では勝てないと見切ったのだろうか、女性にとりつき女性を道ずれに殺す気のようだった。
瀬野さんは女性に覆い被さるように両腕を押さえつける、何かロープのようなもので固定しようとしているみたいだが、なおも人並外れた凄まじい力で抵抗し続けている女性に手こずっているように見えた
「瀬野さん、大丈夫ですか!?警察を呼びましょうか?いや、救急車の方が…」
「必要ない」
「え?でも…」
「必要ないと言っているんだ!お前は目の届かない所に引っ込んでいろ!!」
瀬野さんに強く固定された後も激しく暴れ、奇声をあげながら隙あらば傷つけようとしている。
同じ人間とは思えない...まさに…この世ならざる光景だった。
間もなくして懐中電灯の明かりが遠目に見え始め人影が近づいてきた。
ユナン神父だった。
「瀬野、平気ですか?」
「ユナン神父、はい。とにかく今は彼女を押さえつけておくので精一杯で、まだはらえてません」
「私が代わります。あなたはエクソシズムの準備を。」
「はい。」
えくそしずむ…?
ユナン神父が大きな鞄から聖書何冊かと聖水の入った瓶と銀のロザリオを取り出し暴れている女性に近づける。
するとどういうことだろう あんなに激しく抵抗していた女性は力が緩み何やら苦しそうな表情に変わった。
瀬野さんは少し離れた場所でしゃがみこみまわりに聖水を振りまき、そして手にしていた刀で地面に何やら魔法陣のような不思議な円陣を書き始める。
「何をするつもりなのですか?あなたたちは、一体…?」
「悪魔祓いですよ、結衣、危ないので離れていて下さい。」
ユナン神父が私に一瞥しそう早口に告げる。
「あ、悪魔祓い!?」
「結衣!!」
斗真さんが向こうから息を切らしながら走ってきた。
「大丈夫ですか!?」
私を見つけるとそのまま私の肩を強く掴み、そう尋ねる。しかし一瞬で彼は硬直し青ざめた顔になる。
「結衣…首元から血が出ています…」
「え?ああ、それはさっき、襲われて…」
「すぐに手当をします。安全な所へ行きましょう…!
…結衣?」
血相を変えて私の手を無理やり引き連れていこうとする彼の手を払う。
「いいえ、私はここに残ります。」
「何を言って…」
「最後まで見させて下さい!彼らは今からあの女性を助けるのでしょう?」
「ここは危険です、一刻も早く手当しなければ…っ!」
「私の怪我は大したことはないです。」
「ですが…!」
「これが、あなたたちの秘密なのでしょう?
私は知ってしまった。私だって白百合寮の仲間です!今更ここで、引き返すなんてできない!」
「結衣……。分かりました。ではせめて、あちらの木の幹のそばまで離れていて下さい。
全てが終わるまで絶対に出てきてはいけません。いいですね?」
「はい。」
斗真さんは私にそう強く促すと、ユナン神父たちの方へ走り 聖書を手に何やら朗読をし始める。
円陣を書き終えた瀬野さんは神に祈りを捧げるときの姿勢になり何かを呟き始める。
すると円陣が輝き始め、瞬く間に彼の周辺が光に包まれた。
「我が名はジークフリート、汝の声に応えよう」
頭に直接響いてくるような不思議な声だった。
一体どこから...と思ったのもつかの間、
私は、目の前の光景に言葉を失い呆気にとられた。
それは人間よりも2倍ほどの大きさの光り輝き宙に浮いている、人知を超えた謎の生命体だった。
灰色の長髪、背中には背丈の2倍以上はある真っ黒な大剣を背負い、頭には二つの黒い竜の角の生えた、
まさに、伝説に出てきそうな英雄のごとき青年だった。その姿は、息を呑むほど、華麗な姿だった。
「小さき罪をも見逃さない。哀れなものに断罪を」
…まるで夢を見ているようだった。
その光り輝く青年が剣を振るう その姿は人智を超えた、映画か何かを見ているかのようだった。 瀬野さんは光り輝く円陣の中でロザリオを手にずっと祈り続けていた。
その2人のあまりの美しさに、私は我を忘れ見とれていた。
気付けば、バンドハイパーと呼ばれた黒い化物は小さな掌サイズの丸いボールのように小さくなり、最後に竜の角の青年が手をかざすと目の前から消えた。
やがて瀬野さんが召喚していた青年はどこかへ消え、瀬野さんは聖書を閉じると立ち上がる。
女性は眠るように穏やかな表情で気を失っているようだった。
輝いていた円陣は跡形もなく消え、
後には何事もなかったかのような静けさだけが残った。
やがて救急車がサイレンを鳴らしながら止まり、隊員が降りてくる
「神父様、患者の搬送にまいりました、容態は」
「緊急性はない、ただ自傷が酷いから内出血や感染症を起こすかもしれない、それ以外は問題ない、」
「了解いたしました お勤めお疲れ様です。」
「ああ、」
ユナン神父は顔見知りなのか、救急隊陰に慣れた手つきで話終えると、向き直る
「...さぁ、帰りましょう、」
驚く ーというより、自分がまるで異世界に迷い込んだかのような光景、夢ならばどれほど安心しただろう、だけど、意識も、僅かな痛みも、この鮮明な光景が、それが現実であるということが、嫌というほど突きつけられた。
「あなたたちは…何者なのですか?」
なんとか震える声で第一声を絞り出す。
「私たちは…祓魔師。今のように、悪魔を祓うことを副業としています」
斗真さんが振り返り、微笑みながらそう告げる。それは、どこか、憂いを帯びた哀しい瞳だった。
雨は上がり、水たまりが、月の光を照り返してキラキラと冷たく、輝いていた。