淡い復讐の炎
寮に来て1週間が経ったある平日の朝、いつものように朝の祈りのため礼拝堂に赴くと、祭壇のそばに知らない女の人がいることに気がついた。
彼女は何やら教会の聖水盤に聖水を注いでいるようだった。腰あたりまで伸びる長い黒髪の女性で、背丈は160程度はあり私よりも高く見え、さらにその大人びた風貌から、何も知らなければ私よりも二、三歳年上の先輩だと感じただろう。私たちと同じ制服を着ていることから、彼女が斗真さんの語っていた私と同級生の1人の女子生徒、桜田さんだということが分かった。そういえば同じクラスで、長期間休んでいる生徒がいると聞いていた。
実家に帰省していると聞いていたが、昨日帰ったのだろう。
私は挨拶をしようと彼女に近づいた。
「……どう、して…」
「え?」
彼女はまるでこの世の終わりでも見たかのような表情に目を見開き私を凝視している。
「結衣……どうして…あなたが、、、」
え?どうして私の名前を…そう思った切な、
「辞めて!!…私じゃない!!!仕方がなかった!こんなことになる、なんて、、
違う…!!私は、、私は知らない!」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
遅れて私の情報量の少ない脳がようやく理解する。
目を見開き意味のわからない言葉を叫びながら近くにあるものを片っ端から四方に投げていた。
私は、ただ、今まで見たこともない、向けられたことのない感情に手足が1歩も動かなかった。
恐怖から、私は目を逸らすことすら忘れ、錯乱して暴れる彼女を、ただ、見ていることしかできなかった。ーできなかった。
「い……結衣…」
「……結衣!!」
耳元で誰かの声がきこえ私の腕を引き私を振り向かせた。
「ユナン神父…」
「大丈夫ですか!?」
「私は…はい。」
気づけば私は手足が震えていることに気づいた。
前を見ると先程まで叫びながら錯乱していた桜田さんは、気を失ったのか意識を失っておりシスターたちに担架で運ばれている所だった。
我に返りあたりを見ると、私の腰あたりまである大きな聖水盤は二つとも横倒しになり聖水が零れ落ち床には大きな水たまりができている。祭壇下に飾られた白百合や赤と白の薔薇の花は花瓶ごと倒れその花弁がところどころ散らばっている。聖櫃に入っていただろうワイングラスは粉々に割れて四方に飛び散り、整体拝礼用に準備されていたいくつかのパンも無惨に床下に転がっていた。
「結衣、腕から血が出ています」
「え?」
神父に言われ見ると、左手の甲が少し切れておりそこから血が流れていた。
「ガラスの破片があたったのでしょう。すぐに手当しますので、執務室へ。」
「あのっ 」
手を引っ張り歩き始めるユナン神父を引き止める。
「桜田さんが、突然、取り乱し初めて…私、挨拶をしようと思って…なのに…
私、突然のことで、、何もできなくて…自分でも何が起きたのか…」
「柚は大丈夫です。今は薬で眠っているだけですから。まずは手当を。説明は後からします。」
…………………………………………………………
「すみませんでしたね、怖い思いをさせてしまったうえ、怪我まで負わせてしまうことになり…」
執務室で、包帯を巻いてもらい、一段落ついた頃、ユナン神父が話し始めた。
「柚の、ことなのですが……彼女はニ年前、ここに越してくる前、三鷹市にある、とある学園に通っていたのですが、
酷い虐めを受けていました。同じクラスメイトの女子生徒を中心にした、、陰湿な...
味方は誰もいませんでした。そんな中で、彼女は精神を病んで、八王子に引越し、しばらく入院していたのです。だから、秋凛に通いだしたのも、ここ最近、それまでずっと、退院してからも寮にこもってばかりいましたので、、
あのような…発作を起こしたのは、ここにきて3回目です。たまに、あるのですよ…ふとしたことがきっかけで、あの頃の悲痛な記憶を思い出してしまい、幻覚が見えたり幻聴が聞こえ、あのよう取り乱してしまうことが…。
最初は見える女の人全てが、彼女を追い詰めた生徒たちに見えていたようで、情緒不安定な時期があり、心を閉ざしたままで、いつも何かに怯えていました。今もまだ、心の傷は深く、あまり笑顔を見せてくれることはありません……
ですが柚は長い時間をかけ強くなりました。柚はもうクリスチャンとしても長い。
彼女は本当は根の優しい子です。誰であっても、誰かを恨んだり傷つけたりなどきっと望みません。」
「あ、あのっ 」
私はユナン神父の言葉を遮るように話した
「桜田さんは、私の名前を呼んでました、取り乱す、前にー、誰かと間違えたとかじゃなくて、私のこと、知っていたんです。」
「.....柚が?ーー」
ユナン神父は黙り込み、何か考え込んでいる
「新しい寮生の件を、斗真から聞いていただけでしょう、」
「え...」
「結衣、あなたにはまだ記憶がなく何もわからないはずです。ですが柚はこの寮で唯一の女の子です。柚と、仲良くしてやってくださいね。」
「……」
ユナン神父は話を打ち切るようにそう告げ、席を立つ。
本当に、幻覚を見ていた、だけ...?
あの見開いた目、怯えた表情、全てが私に向けられていたように思えた。
彼女も、私を知っているんじゃー
..
………………………………………………………
翌朝、重い足取りで食堂へ向かった。
既に全員が集まっており、そこには桜田さんの姿もあった。
昨日あんなことがあった後だったため、顔を合わせづらかった。
彼女の腕には昨日負った怪我だろう。包帯が巻かれていた。
「おはようございます。皆さん」
「遅い!五分遅刻だ!」
入るなり瀬野さんが机をたたき苛苛した表情で私を睨んでそう告げた。
「え?本当だ…すみません、時計をあまり見ていなくて…」
「共同生活を一体なんだと思っているんだ!?お前が遅れれば全員に迷惑がかかるんだぞ!」
「まあまあ、遅刻するような時間ではありませんし、今日は大目に見てあげましょう。」
ユナン神父はそう諭してくれた。
「桜田さん…あの、私は、松永結衣、といいます。1ヶ月程前から、この寮に、お世話になってます。」
立ち上がり挨拶する
彼女は、少し俯き
「私は桜田柚よ 宜しく」
チラと私を見て、こういった
「あ、あの、、怪我は…大丈夫ですか?」
すぐに食事に戻ってしまった彼女に声をかける。
「...えぇ。平気よ」
「柚、帰省先で怪我をしたのですか?」
斗真さんが心配そうに桜田さんを見てそう告げる。
「別に。大したことない。」
もしかして…昨日のこと、ユナン神父以外には知られていない…?
私がちらりとユナン神父を見ると、目を合わせ小さく頷いた。
ことを大きくしないようにはかってくれたのだろう。
「結衣と柚はもう会っていたのですか、いつの間に…」
「き、昨日偶然、礼拝堂で」
「今朝はカレーですね。そういえば、一昨日もカレーでしたね」
配膳から自分の分をよそったカレーを持って斗真さんが私の隣に座る
「仕方ないだろう。冷蔵庫にある食材で、5人分作れるものはこれしかなかったんだ。文句があるならお前が食事当番をやるんだな」
「いいえ、そうではありませんよ。瀬野は料理がこの寮生の中で一番上手いですから。、結衣もそう思いますよね?」
「え?ええ、そうですね」
「お前が作るものは味が薄すぎるんだ、この間のスープも、お湯かと思ったな」
「塩分は控えめの方がいいでしょう 調味料代もうきますし」
斗真さんがむくれたようにそういい向こうを見る
「柚はサラダだけしか手をつけていませんが…カレーは食べないのですか?」
「いらない。朝からそんな胃もたれするもの」
「では残ったカレーは修道院の皆さんに配るとしましょう。」
「そういえば帰省はどうでしたか?
日本海が見えるんですよね?私は海をこのかた見たことがないので、羨ましいです。」
そういい斗真さんは目を輝かせている。
「別に。普通よ。何も感動するようなものじゃない」
「綺麗な透き通った青で魚が泳いでいるのが見渡せるのですよね」
「………はぁ……」
桜田さんは盛大なため息をつくと立ち上がりキッチンへ行き自分のお皿を片付け始める。
「紫苑時、おまえの想像しているドラマや写真で見るような海はこの日本には殆どないぞ」
斗真さんに隣にいた瀬野さんが半ば呆れた表情で話した。
「そんな……」
斗真さんは瀬野さんの話に本気で落ち込んでいた。
私たちが談笑している間に、桜田さんは制服に着替えロビーに歩いていく。
「柚、もう学校に行くのですか?いつも随分早いですね」
「何か問題でも?」
「いえ、皆さん目的地は同じなのですから、たまには一緒に登校しませんか?」
「必要性を感じない」
短く吐き捨てるように告げるとそのまま食堂を出ていった。
「結衣が来て、少しは打ち解けてくれると思ったのですが、変わる気配はありませんね。」
「放っておけ 新しい素性もしれない奴がいきなり自分の家に踏み込んできたんだ、打ち解けられるほうが異常だろう」
「そんないいかたは駄目ですよ 瀬野、ここは迷える子羊の救いの場です。自分だけの家ではありませんから」
「.....学園に行ってきます!」瀬野さんは鞄をひったくるように取るとスタスタと出ていった。
「すみませんね、柚も瀬野も、冷たい態度で、、2人ともいつもあんな感じなのですよ。瀬野は学園に行けば性格が変わったように明るくなりますがね、一度見たら笑えますよ。でも、昔よりは随分良くなったのですよ。2人とも...」
「斗真さん、桜田さんが帰省中に、私の話をしましたか?」
「え?結衣の...?してませんが、それが、何か?」
「そうですか、、何でも、ないです。気にしないでください」
………………………………………………………
「ごきげんよう」
学園からの帰り道、寮に登る階段でシスターの1人とすれ違った。
この人…
1度だけ挨拶を交わしたことのある、以前教会の庭の花の手入れをしていたシスターだった。
普段のミサでも見たことがなかった上、礼拝堂でも会ったことがなく、名前も知らなかった。
「ごきげんよう」
軽く会釈して通り過ぎたときだった。
「また会えて嬉しいわ、結衣ちゃん」
その声に私は驚き立ち止まり振り返る。
「私を、、知っているのですか?」
「昔、斗真と一緒に教会に来てくれていたでしょう?」
初めて普通に答えてくれた人だった。皆私を知っている素振りを見せてもそれを隠したり濁して答えようとしてくれなかったから。
「昔、私がこの教会に…?ほんとうなんですか?それ」
私が昔ここに通っていたなんて、誰も言っていなかった。ユナン神父や古くからの葛城神父だって、、
でも、彼女はそれ以上答える気がないのか淡く微笑んだままだ。
「あの、あなたは…?」
「私はフィオナ スカーレットここの、シスター見習いよ 」
フィオナ…何故だろう。聞いたこともないのに、知らない人のはずなのに、気づいたら唇を強く噛み締め拳を握りしめている自分がいた。
一瞬だけ身体の内から湧き上がったこの感情がなんなのか、自分でもよく分からなかった。
「フィオナさん…すみません、私、記憶がなくて…あなたのこと、何も…」
「いいのよ、気にしないで。こんな叔母さんのことなんて、覚えていなくても大丈夫よ。私はあなたが幸せなら、それでいいの。」
そう言って優しく微笑み私の頬に彼女の手がそっと触れる。ふと風が吹き抜け彼女の黒いベールが
顕になる。
その姿は、息を呑むほど、美しい、透き通るように、艷めき輝く金髪のロングヘアだった。
私は3回目のミサが無事終わり、気になっていたことを近くにいた斗真さんに尋ねた。
「ああ、あれは洗礼といって新しくキリスト教徒になる信者が身を清めるために行う最初の儀式みたいなものですよ。洗礼によって、原罪およびそれまでに犯したすべての自罪がゆるされるとされているんです。
うちのアトランティス教会はローマのカトリック教会を模倣していますので執行形態は浸礼、全身を水に浸すものです。
あ、私たちはすませましたが、、洗礼には長い準備期間が必要なんです。
本当に信仰があるか、イエスについて行く決心が出来ているか確認されます。個人差がありますが半年以上はかかるでしょう。私のように決心まで何年もかかるケースも珍しくないです。結衣の信仰心を疑っているわけではないですが、決まりですので、、、すみません。」
「やはりそうですか…」
「どうして突然洗礼を受けたいと思ったのですか?」
私は彼に話した。執務室で聞いてしまったこと、瀬野さんは私をまだ疑っていて信用してくれてはいないこと。
「洗礼をうけたら、瀬野にも認めてもらえると思ったのですね」
「最初に、瀬野さんにクリスチャンとしての務めを果たすと言ってしまいました。なのにまだ聖書も序章しか理解できていませんし、シスターになるかどうかは、まだ決められませんが…私、少しでも私にできることがあるなら、皆さんの役に立ちたくて…」
「焦らなくても、結衣は充分、クリスチャンとして立派に役目を果たしていますよ。洗礼がまだのものでも、皆あなたのことを受け入れてくれています。それに、瀬野なら大丈夫ですよ。
結衣が寮に帰るのが遅れたあの日、真っ先に瀬野はあたりを探しに飛び出していったくらいですから」
「え?瀬野さんが?」
「えぇ、瀬野は本当は仲間思いの優しい心の持ち主です。なんだかんだ言って、瀬野は結衣のことも受け入れているのでしょう。洗礼は難しいですが、キリスト教徒として学びたいなら聖書研究会に参加してはどうですか?」
「そう、ですね。行ってみます。ところで、以前、私がまだ小学校に上がる前、この教会に礼拝に来ていたって本当ですか?」
「……え、それはどこで…?」
一瞬で穏やかな空気が消え張り詰めた空気に変わったのを感じた。
そうなるだろうとは予測していた。
だけど、、私はもう、引き下がらない
「フィオナシスターが話してくれたんです。幼い時斗真さんと一緒にここに通ってたって」
「……そう、ですか、私は昔からここの孤児院で育ちましたので、クリスチャンでしたけど、結衣が来ていたというのは、初耳です」
「本当に?」
「ええ、幼い時でしたし、記憶が曖昧だったり、あなたの名前までは知らなかったのかもしれません。」
でも…斗真さんはそうでも他のシスターたちは大人で、古くからのシスターや神父なら私を覚えているはず、一度だけじゃなく、何度も通っていたクリスチャンなら、なおさら…
「でも最初に挨拶したとき、誰も私を知らなかった。フィオナさんだけが私を覚えていたなんて、おかしくないでしょうか?」
「何も不思議ではないですよ。皆人間ですから、時がたてば忘れてゆくものですし、何十年もたてば容姿だって変わっていく。単にフィオナがあなたの名前を覚えていただけのことでしょう」
「そう、でしょうか」
だけど、どうして、三鷹に住んでいた私がこんな、電車で2時間以上かかる八王子の教会に通っていたのかな…三鷹にだって教会はあるのに、、
その場は、納得がいかないまま話は切り上げられてしまった。
このままじゃ駄目だ...彼が話す気がないのなら、他の人に、少しづつでも聞いて回らないと
それがたとえ、彼を傷つけるものだとしてもー
………………………………………………………
翌日、食堂には桜田さんしか姿が見えなかった。
「あれ、今日は皆さん早出ですか?」
「ユナン神父なら今朝早くから知り合いの司祭にあいに長野の教会に行ったわ。瀬野は朝練でさっき出て行った、紫苑時は、知らないけれど、どうせまた懺悔室か礼拝堂じゃないの?」
「そう、ですか。珍しいですね…」
ユナン神父もいないなんて…。桜田さんとはあの日以来まともに話していなかった、
桜田さんに聞かなければとは思っていたが、いきなりその状況が訪れるとは思わなかった。
少し困った。最近門限のことで皆に迷惑をかけたばかりだし、まだ心の整理もしきれていなかった。
「…この間は、悪かったわね」
私がいつ謝ろうか機会を伺っていると先に桜田さんの方から謝られ面をくらった。
「いえ…!桜田さんは、何も…」
「昔のことを思い出してしまって…取り乱してしまったから。もう大丈夫だと、思っていたのだけど…
あなたに怪我させてしまったのは私の責任よ。何にしろ、教会をめちゃくちゃにしてしまった……シスターたちに、合わせる顔もないわ…」
彼女の、その予想外の反応に少し驚く。私が知る皆の前で見た桜田さんは、無愛想で誰とも距離をおいていて必要最低限の規則だけ守っている、といった感じだったし、斗真さんたちもそう言っていた。
「桜田さんは、私の名前を、呼びましたよね?私のこと、、」
「ああ、そのことは、葛城神父から聞いてたの松永さんが新しい寮生になること、その後に、幻覚が、ね、ごめんなさいね、本当に」
「そう、ですか...」
「過去のこと、少しですがユナン神父から聞きました。もし私が、当時を思い出してしまって、苦しい思いをさせているのなら、、あまり顔を合わせないように、気をつけましょうか?私に何かできること、なんて、それくらいしかない、ですけれど…」
「ああ、いいのよ、気にしないで、あなたは何もしていない。クラスだって同じなんだから、避けてたら変でしょ?
……私の責任なのよ。私が……まぁ、今のあなたに言っても、仕方ないか。」
そう語尾を濁し俯き拳を強く握りしめた。どういう意味だろうか。
「桜田さん?」
「私があなたの記憶を手繰り寄せられるかはわからないけれど、、私が知ってる情報で良ければ教えるわ」
「え?いいのですか?」
私は驚き身を乗り出す
「私は紫苑時と違って別に隠す理由もないし…
あなたは、学校にきてたわよ。私と同じ、あの私がいじめられてたあの学園にね。殆ど顔を見せなかったけど。
え?嘘、私は、学園には通ってなかったって
戸籍もないし
戸籍がなくても学校には通えるのよ、小学校は知らない、でも、中学は、確かに来ていた。
卒業は、してないわね、だから皆通っていなかったといったんじゃ?
良くて1週間に2日くらいね
だから知らなかったのよ、私の状況も。それに、たまに来ても、いつも不機嫌そうな顔で、誰も寄せ付けない雰囲気だったから。親しい人は見受けられなかったわね。いじめられてたわけじゃないわ。
あとあなたはいつも暇があれば本を読んでいたわよ
私、一度あなたと席が隣になったことがあって、そのときに、ちらっと見えた、だけなんだけど、外国の本を読んでいた、少なくとも英語ではない本だったわ」
「外国の…?」
「ええ、でもその言葉がどこの国のかは分からなかったけれど。」
「あと、毎日色んな男の人が校門近くで送迎してるのを見たわ。私が見たのは紫色の髪に派手で奇抜なファッションをした私たちと歳は変わらない少年のような人だったわ。だけどそれでも運転ができるということは少なくとも18はいっているでしょうけれど。もう1人は、何だか和服の着物、のような服を着て、風変わりな化粧をしてたわね」
「風変わりな、化粧…?」
「ええ、一言でいうなら…そうね、一昔前の祭りに出てきそうな奇術師のような人だったわね」
奇術師……
その人ってもしかして…!
「その、変わった和服の男性は、赤髪の方でしたか?」
「え?そういわれれば、赤っぽい髪色だったわね」
「やはり……」
「覚えているの?」
「それは分かりません。でも、この間、学園の近くで同じような格好の人を見かけて、何だか、すごく気になって、…」
「…記憶、もし取り戻せたらあとはどうするの?ここを出ていくつもり?」
「分かりません…でも、傷つけた人がいたならば責任を取らなければと思うし、大切な人がいたならば会いに行きたい。夢があったなら、それを叶えるために、必要なら離れることもあるかもしれません。」
「それでいいんじゃない。あなたは今はここに身を置いているけれど、神父たちに恩義を買えそうなんて思わないことよ、自分の心を偽ってまでクリスチャんを続けてほしくないだろうし、あなたが教会通いを辞めたって誰も責めないわ」
「桜田さん…はい、ありがとうございます」
「じゃあ、私は出かけるから、」
「はい、気をつけて」
「……絶対に、死んでも、赦さない」
去り際にポツリと聞き取れない何かを呟くのが聞こえた。
「?桜田さん?」
「ううん、早く戻るといいわね、記憶。」
「はい…!」
桜田さんは笑顔でそういうとそのままキッチンを出ていった。
記憶に関しても収穫があった。桜田さんが語った奇抜な格好の少年と奇術師のような男…少年の方は分からないけれど、後者は、私が路地裏で見た赤髪の男性と同一人物かもしれない。
そんな派手な見た目の人ならば、もう一度あえば間違えることはないだろう。彼らが私を知る人達なのだろうか。だとしたらなぜ連絡して来ないのか。なぜ一度も会いに来ないのか。
私が、中学に通っていたー
斗真さんが隠す理由は、分からない
だけど、私には、知る権利がある
たとえ、対立したとしても、、私は過去を知ろう、そう決意した。