届かない想い
八王子の街は殆どが壊滅し、今は遥か頭上を覆う隔壁が下ろされていて、自衛隊や警察が一時期はひっきりなしに出入りしていたけれど、今は誰もいない、表向きは、狭範囲の直下型地震だって言われたけれど、実際にはおびただしい数の悪魔が解き放たれ、多くの犠牲者が自傷や他傷行動に出た。その結果多くの人間が犠牲になった。
ハルフィアの本拠地も跡形もなく消え去り仲間も殆ど滅んだ。聞いた限りだと、
本当にただの失敗だったのか、ハルフィアの目的を、私はもう知っている。あのときと変わっていないのならば、私は知っていた。これが理想?
違う、分からない。もうあの世界のクラウスは死んだ。
…そう、死んだんだ。私に怨嗟の呪いを植え付けて、騙し、利用し欺き、そして最後は殺そうとした、
でも、この世界ではまだ生きている。
「……」
私は何を考えている?私の願いは1つだけ、彼を生き残らせること、それ以外、余計な私情を挟んではいけない。
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過去へ、正確にはβ世界線へ飛ぶまでにあと数時間ほど、ドルジ神父が広間を出て行き、 九条院さんは離れた所で私をじっと見ている。彼の能力は読心、私のことを探っているのかもしれない。彼は、少し斗真さんと似ている。自分よりも他人を優先させるところや、少し心配性なところ、最初はただ恐怖しかなかったけれど、彼は、死しか未来がなかった私に希望への道を示してくれていたことに気づく。
この人たちは、私の希望だ。やり遂げなくては、命に替えても。
「あなたでも、恨む人はいるんですね」
「…はるフィアは、全エクソシストの敵、」
「それだけでは、ないように見えますが?貴方は、昔6年もの間はるフィアの養成機関で過ごし、幹部にまで成り上がった。」
「今更何の力もないので、良からぬ気を起こしても無駄だろうけれど、、本当に、良いんですね?私たちに利用されいるだけなのに…あなたに救いは一切ない。だってあなたの任務はー」
「分かってます。ちゃんと私の役割も、分かってますから、全て終わったら、私はその計画書の通りの結末を、迎え入れる。そもそもそのために破れぬ誓いを立てたのだから、朔夜さんは私なんか気にせず、斗真さんのサポートを、あなたしか、その役目は出来ないもの。」
「どうして結衣さんは、そこまで」
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最大多数の最大幸福という言葉がある。
エクソシストの私たちが研修や訓練の際に神父からよく言われる言葉だ。
死と隣り合わせの悪魔狩りや悪魔祓いで、ある一定の期間悪魔祓いが成功しなければ、患者の命にかかわる強硬手段に出る。肉体から悪魔を無理やり切り離す、そうすれば最悪の場合悪魔が暴走する、患者が犠牲になることもある。だけど、その悪魔を野放しにすることでどんどん一般市民に危害が加わり街が蹂躙されもっと多くの犠牲者が出るくらいならば、患者一人を犠牲にしてでも悪魔を家具実に葬ること、その覚悟をいつも教えられた。魔人との戦いでもそう。
魔人は悪魔と切り離し、エクソシストが高速して、エクソシスト協会に身柄を渡す、その後の社会復帰させるか地下牢に繋がれたままか、判断はエクソシスト協会の最高裁たちが判断する
だけどその悪魔祓いの家庭で、魔人との交戦はできる限り殺さない、そんな薄っぺらいルールがあるだけ。やむを得ない場合は殺したとしても何の咎めもない。生きたまま捉えたとしても待っているのは地獄のような恐ろしい拷問の数々だと聞いたことがある。
魔人に倫理や人道などないと、ずっと教えられてきた。
私から結衣や、繭、両親を奪っていった魔人を許せない、
だけど、でもー、本当にそうなのだろうか、
いつかまだ物心ついたばかりの幼いころ、ルーエン神父に言われたあの言葉が今も胸に残っている。
一大切な人一人救えないならば、どれだけ助けた人が多かろうと意味なんかない。
結衣も繭も、ルーエン神父も、最初は操られていたかもしれない、だけど、もし自らの意思で、私たちと対立し続けることを選んだのだとしたら、私はもう何を信じればいいのか、分からなくなる。
私が戦う理由は何なのか、ずっと考えていた。
街の人を守るため?神父になるため?
違う、
天慶を得る資格がないのだとしても、私は、私の大切な人たちのために戦うんだ。たとえ、全国のエクソシストを敵に回したとしてもー、
悪魔狩りに使う短刀を持ってきていたのが幸いだった。私は、ポケットから鋭くひかる刀を取り出し目の前の人物にまっすぐ突きつける。
「あなた、誰ですか?悪魔の気配を感じないし、エクソシストでもない、一体結衣になんの用ですか?」
「……」
「……その女を生かしておくことはできない」
「どういう意味か、詳しく説明してくれないと分かりませんね」
「イデア、そう言えば分かってくれた」
「イデア?」
「覚えていないなら、話す必要はない」
「だったらこっちも、あなたのような怪しい人に渡すとでも?」
「これでも戦いには手馴れているので、エクソシストを嘗めないでください。人間だからといって、容赦はしませんよ、」
「戦いなど、無意味よ。勝負にすらならない。あなたではどうあっても私には勝てない」
「随分自信が、あるのですーね!」
私は大地を大きく蹴って先に攻撃をしかけた、
だけどその女は表情1つ変えずに武器を構えるどころか微動だにしない、結衣を殺そうとした時点で許すことなど絶対にない、だけど人質として連れ帰るためには致命傷は避けなければ、そして、私が間合いに踏み込んだその刹那、一瞬目の前の彼女が僅かに動き、目にも止まらぬ速さで懐から何かを取り出し、キラリとひかる何かが目に映り、カン!と金属同士がぶつかり合うような甲高い音を放つ。
右手に、爆風の如き凄まじい衝撃が走り、何かが私の短刀と強烈な力で防がれたのだと気づいた刹那、
バランスを崩しそのまま、地面に驚く程に呆気なく倒れ込んだ。
遅れて襲いかかる全身の激しい痛みと、明滅する視界の中で、カランと小さな音をたて、自分の数メートル先で飛ばされた短刀が転がっているのが見えた。
何が、起きたというのか分からなかった。
エクソシストでも、魔人でもない、なんの力も借りていないのに、たった1人でこんな、動き…ありえない。私だって、6歳の頃からエクソシストになって、天慶に頼らず自身も剣術を10年以上学んできた。
私の刀をあっさりと、弾いた…?
すぐさま思考を切り替え、立ち上がり、その女と対峙する。
そしてすぐに私は自分の覚悟がいかにこの地獄の中で浅はかだったかを知る。
一瞬目を疑った。その女が手に持ち向けていたものに。
銃だった。どう考えても。それは黒いフォルムの、手持ちサイズのハンドガン。
さすがにこの状況でこれが偽物なわけはない。
……その武器は危険だ。こんな短剣じゃ銃などに太刀打ちできるわけがない。
そもそもそんなものを何故この日本に…この女は普通じゃない。
人間とは思えない、まるで戦時訓練を詰んだ兵士のような、、相当の実力者だ、そもそもこいつは人間なのか?
「無駄な争いはしたくない、こんなことをしても無意味よ」
表情がこちらからはよく見えないから何を考えているのかも分からない、淡々と冷酷に口にする女に苛立ちばかりが募る。
「五月蝿い。勝算などなくても!ここを通らせるわけには行かないんですよ!!」
その後、何度斬りこんでもあっさり弾かれ、その度に
硬い地面を転がされ傷を増やしていく、
だけどまるで殺意はなく防御一線なのが気に食わない。
殺すならば殺せばいいのに、その余裕の態度が許せない。
「…っクソッ」
何度目か、目の前が真っ暗になるほどの衝撃で手足に闘志が伝わらない。それでも、視界だけで相手の女を捉えてフラフラと立ち上がる。
「彼を連れていかせるわけにはいかない。」
「えー」
背後で、私のよく知る声で、彼女は呟いた。しかし、しっかりと、はっきりと言い切り、その表情は未だ見た事がないほどの形相で、睨みつけている。
「ゆ、い…?」
「あなたたちの狙いは全て分かっている。このやり方は破滅しかうまない。彼を傷つけるだけ」
今まで記憶を無くし、自分のことも他人のことも忘れていた彼女が、これほどまでにはっきりとした感情を見せるのは初めてだった。
「結衣、何の話をしているのですか❓」
この目の前の女をまるで知っているかのような口ぶりだった。
2人は一触即発の雰囲気で睨み合っていたが、
「退いて、あなたを必要以上に傷つけるつもりはない、」
「はァ…っハァ……っ」
戦力の差は甚大であっという間に全身に細かな裂傷と酷い打撲を負わされ、肩は動かず脱臼しているかもしれない。
気力だけではどうにもならず立ち上がることすら困難になってしまった。
それでも、諦めるわけにはいかず眼前の敵を鋭く睨みつけて憎悪を吐き出す
「どうして攻撃しない、一体、何が目的なんだ!」
隙を見せてはいけない。1ミリの気の緩みも許されない。
「……」
その質問には答えず私を通り過ぎてスタスタと後ろへ向かおうとする足首を倒れ伏しながら動かない腕で何とか掴みかかる
「やめろ、結衣には指一本、触れさせはしない…」
「威勢の割には随分ボロボロだけど?これでわかったでしょう、あなたは無力、誰も、何も守れない」
「!五月蝿い、五月蝿い五月蝿い!!お前なんかに、私の何が分かるというのですか!!」
顔も名前も分からない敵に、これほどまでに憎悪を感じたのは初めてだった。何でこんな目に合わなければいけない、私は今まで真面目にエクソシストとして戦い続けてきた。なのに、悪魔結社ですらなくこんな訳の分からない狂人に、、狙われなければいけないのか、
「私を生かしておくくせに、結衣を狙う理由はなんだ!?」
「…その女はエクソシスト協会が兼ねてから負っていた大悪魔の契約者であり危険な魔人だからよ」
「……エクソシスト、協会ですって?」
「詳しい話は本部で話す。」
その単語を聞いて背筋に寒気が走った。
「どう、して…」
エクソシスト協会は、千葉にあるエクソシストの中枢機関、いわゆる本部、腕利きのエクソシストが集まるそれは知っていた。でも、その表向きの意味とは違い、私はエクソシスト協会を、知っている。私は、何故こんなにも胸を締め付けられるのだろう。何故、1度も行ったことなどない、エクソシスト協会の人間など誰も知り合いにいないはずなのに、この胸の億の焼けるような痛みは、なんだ、
「うっ」
思い出そうとすると酷い頭痛が襲った。
「私を拉致して何をさせるつもりですか?意味が分からない、…同じ寮の瀬野は?ユナン神父は、」
「ユナンは天慶の見込みがないから足でまといになるだけ、瀬野の天使もそれほど力はないから、使えない」
「じゃあ、ユナン神父も殺すのか?」
「?殺したりしないわ、必要もない」
魔人狩り、5年前、恐ろしいメデューサ惨殺事件が起きたすぐあとは、エクソシストの過激派たちが、怒り任せに魔人を殺して復讐に回ってた奴らがいたって、話に聞いたことがある。
犯人はすぐに捕まって、私闘と判断され全員が波紋になった。こいつは、その仲間の残当だろうか。
「結衣が悪魔使いだったのは知ってる。でも今の結衣に危険はない! 今はただ内容の分からない契約だけが彼女を縛っているだけだ、契約は必ず私が叶えます。悪魔の居場所が分かりさえすれば、、だから、お願いだから、結衣を」
「危険はない、それは嘘よ、今はハルフィアに拘束されているあの悪魔も、いつ拘束を振り切り街に出るか分からない、そうなればあんな貧相な結界はすぐに破られる。契約を叶える、それも不可能よ、何故ならその女が交わした契約は、貴方が死ぬことだというのに、貴方は何のために、こんな女を守ろうとするのかしらね」
「何を…訳の分からないことを、」
私は驚いて振り返る。
結衣は是とも非とも取れる 何の感情も浮かべていない。
結衣がそんな願いを交わすわけがない。結衣は無理やり結社に連れていかれたんだ。
そう、そのはずなのに、、何故か契約のことを思い出そうとすると頭が酷く痛む。
契約のこと?違う、私は何も知らない、見ていないはずなのに…その瞬間を、私は、
「そのくらいにしたまえ。あまり彼を追い詰めてはいけないよ」
「すみません、ドルジ神父」
気配も何も感じられなかったのに突然どこから現れたのか後ろに見知らぬ少年が立っていた。
金髪の、容姿だけなら小学生くらいに思えただろう。だけど、その真っ白な服装は煌々と輝いており、背中から真っ白な翼が生えている、そして姿は見えないけれど、彼から強い天使の気配を感じる。明らかに天慶を受けたエクソシストだ。
「…誰、ですか?」
「ああ、君とあうのはこちらでは初めてだったかな。ドルジネバーマインド、エクソシスト協会の、ただの司祭の1人さ」
「ドルジ神父ー、どこかで、聞いたような、、」
「君にはもう一度天慶を受けてもらう必要がある。ハルフィアに対抗できるエクソシストを今集めている最中なんだよ。」
「つまり、私を、エクソシスト協会の思い通りに訓練させて、あなたたちの駒になれと、」
「僕達は君がどうして天慶を失ったのか、そして戻す方法も知っている。君はずっと天慶のために戦い続けてきたのだろう。ハルフィアが今年の12月中に内乱を起こし、大爆発が起きる。八王子周辺は悪魔が溢れ多くの犠牲者が出る。その未来を防ぐために、力を貸して欲しいだけだよ。」
「そのために結衣を殺すのですか?」
「我々の能力では彼女の暴走を抑えられない。近くにいれば君は
「はは…あはははは、」
乾いた笑いが零れる。私は、そんなことのために、
日常を捨て結衣を殺されても戦えというのか、
「このままここでいくら祈りを捧げたところで天慶は戻らない、僕たちなら君に、もう一度戻してあげられる力がある。本当だ、」
「そうですか。」
自分でも氷のような冷たい言葉が出た。
彼らは本当にエクソシスト協会の人だろう、おそらく序列も幹部が、それ以上の。
嘘を言っているとは思わない。私だって、どれほど能力を取り戻したかっただろうか。でも私が能力を取り戻したかったのは全て結衣のため、結衣を、恐ろしい契約から解き放ち、悪魔から、ハルフィアから、恐ろしい過去の記憶から、守るため。結衣がいなければどんなに強くなったとしても意味などないから。
だから、私の答えは初めから決まっていた。
考えるのは、この場をどう切り抜けるかという策略しか頭にはない。
この場に味方は誰一人いない。2人以外にめエクソシスト協会の連中が近くに潜んでいる可能性もある。
力では彼らに絶対に及ばない。
ここで結衣を引いて逃げたところで成功しやしないだろう。
応援を呼ぶ時間もない。
彼らは本気だ、だったら私も、絶対に折れるわけにはいかない。
これは賭けだ。私の生命と、エクソシスト協会とやらの計画を天秤にかけた命懸けの
「天慶か、、一昔前までの私ならばあっさりその提案にのったでしょうね。天慶を取り戻すことに盲目的だったあの頃なら。」
息を大きく吸い込んで、深呼吸し、吐き出す。
「お言葉ですが私は、天慶の力などなくても結衣を守ります、どちらにしろ、結衣は私の生きる意味そのものです。結衣を殺すというのなら、」
思考を瞬時に切り替え、一瞬の隙に足元に転がる短刀を拾い、廊下の角にある大きなステンドグラスの方へ全速力で駆ける。
なにをー、
と誰かが呟いた
距離にして20メートル、 たった数秒の距離がとてつもなく長く感じるのは心境の問題だろう。
そして、ガラスに向かって、手にしていた短刀を力任せに振り投げた。
パリンー、と甲高い音をたて、中心からバラバラとガラスが破片が頭上目掛けて落下する。私はそれを浴びるのをものともせず、落ちた破片の中でも特に大きな鋭く尖ったガラスの破片を素手で掴み、自らの左腕を捲りあげて、突き付ける振りをした
「結衣には一切手出しさせない!!!結衣を傷付けるというのならー、私は今ここで!自害します!!」
息がキレ、呼吸が上手く出来ない。
恐怖か、臨場感か、手足がガクガクと震える。震えた手が突きつけたままの左腕を掠めたのか一筋の血が伝うのが見えた。
「私は本気です」
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