血も涙もない別れ①
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1面、色とりどりの秋桜が咲き乱れている、森の中に、「私」の意識はあった。近くには大きな西洋の協会らしき建物があった。
ここは…
忘れるわけがない、、八王子の、アトランティス協会だ。
中学生くらいの男女が数人いる、その内の1人は、しゃがみ込み俯いている。泣いているのかもしれない。
【ー、ー】
1人の銀髪の男の子が心配そうに名前を呼び、彼女の肩をそっと叩く。
【…泣かないで、ー、ーには私たちが付いてる。私たちは、絶対、ーをおいて、いなくなったりしない。】
この子…斗真さんに似ている…話し方も、髪の色も。
【2人もそう言ったわ。だけど!いなくなっちゃった。事故じゃないんだわ。きっと、何か大きな陰謀が働いているに違いない、あのとき、あの人からもらった手紙が、関係してるとしか、思えない。】
これは…過去の私?
【ー、あなたは今辛いことが重なって、疑心暗鬼になってるだけなのよ。私たちはーの味方よ、私たちを信じて。】
彼女は…桜田さんに似ている…
【顔も分からないやつのいうことなんて聞く必要ねえよ。ただの校内の悪戯だろ。お前は案外…その…人気あるし、、】
この人…瀬野さんに似ている。
【全く、お前はいつも心配性なんだから、あまり友達に心配かけちゃダメだろ?
俺たちが何のために祈りを捧げている?
信じよう。今は行方不明なだけで、必ず、信じていればいつか会えるさ。ほら、顔を上げて】
濃い赤い髪にシルクハットを被った少年、顔は見えないけど、この子、どこかで、私は、同じような人をー
【うん…お兄ちゃん】
え!?
その言葉に意表をつかれた瞬間、足元を支える地面が突如消え去り、真っ逆さまに落ちていく。
暗い穴の底を落ちている最中も、私の頭の中は混乱していた。これは私の願望なのか、夢なのか、過去なのかは分からない。だけど、これがもし本当に、私の過去ならば、、私には兄がいることになる。本当のー。
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わずかなカーテンの隙間から差し込む眩しい光に目を覚ました。
目の周りはズキズキと痛み鈍い頭痛と眩暈にも苛まれる。
何か、夢を見ていたのだろうか。目元が涙が糸を引いていた。何の夢だったかは分からない。
だけど、感情は覚えている。
悲しい…とにかく、哀しみだけがあった。
「そうだ、、私…」
朝起きたら、昨日のことも全て夢だったー、そんな儚い希望は一瞬で掻き消された。
斗真さんと南部先生から聞いた悪夢のような話があまりに衝撃的で、私の心を酷く錯乱させた。、
眠れるわけなどないと思っていたのに、ウトウトしていたらいつの間にか朝日が見え始めていたことに気づく。そんな自分の浅はかさに酷く嫌気がさした。
そして嫌でも頭の中を過ぎるのは同じことばかり。
何で、こんなことになってしまっているんだろう。、、
斗真さんは、いつかエクソシスト病にかかるかもしれない。戦いは命懸けだ、死と隣り合わせなことはわかっている、覚悟は、していた。でも、そのどちらでもない病による余命宣告は、私は夢にも考えなかったんだ。
何より納得がいかないのは、登校も難しいくらいあんな酷い状態の彼に葛城先生はエクソシストをさせ続けてること。葛城先生はきっとわかっている。気づいているに違いないのに、、
葛城先生も、ユナン神父と同じなの…?エクソシスト存続のことしか、頭にはもうないの?
止めたい…もう戦ってほしくない。手術を受けて欲しい。それがどうしても譲れないならせめて、入院して欲しい。適切な治療を行えば病の進行は抑えられる。回復した事例が例えなくても…
でも、あの日の私の必死の説得も虚しく、拒絶され、、最後に見せた冷たい突き刺さるような氷のような瞳が頭から離れない。
私では彼を止めることが出来ない。それが出来るとしたら、きっとそれは、彼女だけ。
彼女からの赦しを聞き届けない限り、彼は戦い続けるだろう。でもそれは、決して叶わぬ願いだからー、
あの日、私があの研究所で殺されそうになってからというもの、私は寮を出て駅前のホテルに一時滞在している。研究所の悪事を暴くために、葛城神父と、斗真さんと毎日のように作戦を立てていた。研究所の露呈自体は成功した。でも、ユナン神父の暴走によりフィオナさんが亡くなってしまった。ユナン神父のことを心のどこかでは敵になんてなりたくなくて、きっと分かってくれるんじゃないかなんていう私の甘い考えが、駄目だったんだ。結局、フィオナさんがクロなのかは分からなかった。だけど、あのとき、命懸けで斗真さんを身を貼って助けたあの行動は、きっとフィオナさんの本心で、あの言葉も、私には演技だったとは思えない。
騒ぎの後、私は教会には1度も行っていない。呪いの影響で教会に入ることができなくなったのも理由だけど、ホントは、葛城神父や、斗真さんに会うことが怖かった。自分が急死を得る想いをして、焦っていたことと、犯罪から手を引いて欲しかった。ただそれだけで、エクソシスト病の進行を緩和するアンプルを作り、エクソシスト病解明に1番近い場所であった研究所を失った。柚子ちゃんは回復の見込みもなく、私は柚ちゃんを、見捨てたも同然、それに、何よりー、
あの研究所の騒ぎの翌日、私宛に保健所から郵便物が届いた。
それは、フィオナさんと斗真さんがホントに血が繋がった親子なのか、何の期待もしていなかった。だって、日記も、本人も、事実がこれだけ積み重なっていたから。
なのにー、
見なければ良かった。調べたりしなければ良かった。そうしたら、フィオナさんは悪役のまま、何も、誰も憎まずに、苦しまずにいられたのに。
あの日からずっと、フィオナさんのことも、私のせいなんじゃないかって、
違う、フィオナさんは悪くない、全て、結局全ての原因は私にある。
フィオナさんが、私を責めているんだ、あれからずっと、私を憎んで、声が聞こえるんだ。
だから、私の大切な人を今、道連れにしようとしてる。
あの日から、学園にたまに来たときにみた彼はいつも通りで、何事もなく元気そうに、見えた。…まだ診断が出てから2週間もたっていないときいた。しかしその病の進行の速さにもう何年もたっていたように感じる。
今更こんなことを考えたって何も変わらないのに原因ばかり考えてしまう。
柚ちゃんが倒れ、フィオナさんがなくなり、瀬野さんが疾走し、ユナン神父が捕まり、斗真さんは病に倒れて、私の信じていたエクソシスト隊が根底から大きく崩れ去っていくようで、ただ悲しかった。
「葛城先生、斗真さんを、、説得して下さい。手術を受けるように…葛城先生が、直接担当医さんに強く申し込めば、できるかもしれない。私の戸籍は未成年だし、家族だとも信じてくれないから私ではダメなんです。お願いします。もう彼をエクソシスト隊から外して下さい。」
「それが逆に、斗真を追い詰めることになっても?」
「はい。」
「彼に、恨まれても?」
「構いません。」
「君は無理やりそうさせて、その後はどうするつもりなんだ?
エクソシストでいられなくなった斗真を、一生助けてやるのか?」
「……そばにいられる限り、いつまでもフォローしたい。エクソシスト以外にも、彼の信じられるものを、見つけてあげたい。使命や、罪に縛られる必要なんてない、私は彼に、エクソシスト以外に生きがいを、楽しさを、自由を、そして幸せを、見つけてほしい。」
「彼は終わりを悟っている。抗うつもりなどはじめからなかった。」
「それは、諦めてしまってるだけです!私たちが説得すればー!」
「人間誰には、絶対にこれだけは譲れないものがある。斗真にとってそれは、エクソシストであること、決して天啓が戻らなくても、最期の時まで彼は自分の信念を曲げないだろう。結衣、君だってわかっているだろう。斗真はもう、死に急いでいるわけでも、使命にかられて追い詰められながらエクソシストをしているわけでもない。」
「……」
「斗真は自分で答えを出したんだ。自分にとって最前の答えを。それをどうして止めることが出来るだろうか、
結衣、君は命が1番何よりも大切だと普通の人間なら思うだろう。でも俺たちは、死ぬことよりも、信念を見失うことの方が怖い。
わかってくれ、結衣。本当に斗真を思うなら、彼のやりたいようにさせてやりたいんだ。」
「私は……」
結局、葛城先生との、話し合いは決裂し、降り出しに戻ってしまった。
病院を出て、学園に行く気も起きず、川のほとりをあてもなく歩く。
分かっていたことだった。本当は、頭では理解してた。馬鹿な私でも。
ただ、手立てがないなんて、受け入れたくなくて、私はずっと、心のどこかで希望を信じていたんだ。薄情だって、そう思うよね。歴代のエクソシストはほとんど皆、エクソシスト病にかかり治療の甲斐なくなくなった。
近くで、小さな子供が母親と楽しそうに凧揚げをしていた。
、高校生くらいだろうか、制服姿の学生が2人、談笑しながら通り過ぎていく。やるせない思いをきつく拳を握りしめていた。
それは、当たり前の、ごく普通の日常、彼らは何も悪くない。エクソシストになることを決めたのは彼だ、覚悟だってできてる、そんなの、分かっていたはずなのに、
どうして、彼ばかりが、と考えてしまう。
だってあんまりだったから。彼は何も悪くない、今までエクソシストとして街の人々を数えきれないくらい救ってきた。
神に祈りを捧げ、欲望を持たずに、普通の学生とはかけ離れた生活を続けてきた。
過去に罪を犯したけれど、天啓がまた戻ることを信じて、エクソシストの訓練や勉強だって毎日必死で頑張ってきたことを私はずっと見てきた。
ずっと償ってきたじゃない、もう赦されてもいいほどに。
なのにこんな仕打ちはあんまりではないか、、
もう、救う見込みがないなんて、信じたくない。信じたくなんてないのに、本人が諦めてしまっているんじゃどうしたらいいのか分からない。会って諦めないでほしい、生きる希望が少しでもあるのなら、エクソシストは元気になったらまた始めればいい。
彼には、幸せになって欲しかった。私にそう望んでくれたように。でも、彼の幸せがエクソシストにしかないのだとしって、夢を叶えてほしいと願った。エクソシストの険しい道だとしても、彼の望む未来を応援したいと思った。
友情や兄弟の信頼関係のようなものはそこには存在しない。恋とも違う。
この感情が何なのか、自分には分からなかった。
死を望んでいたとしても、これは私のわがままだろうか、私は…間違っているだろうか。
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「え?面会拒否ですか?」
「申し訳ございません、ここ数日体調があまり思わしくなく、家族の希望で面会は謝絶しております。」
「え、でも、柚ちゃんからメールが来たんです。話したいことがあるから来て欲しいって…」
「御家族の意向が最優先ですので、申し訳ありません。」
「そう、ですか…」
柚ちゃんが国立の大病院に移動して、2週間ほどのある日、柚ちゃんの面会に来たのだけれど、受け付けで追い返されてしまった。
昨夜、柚ちゃんからどうしても話したいことがあるから来て欲しいと連絡があったのに、話って、なんだろう。私には柚ちゃんにできることはなにもない。
だけど、何だか、胸騒ぎがする。
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翌日も、その次の日も、斗真さんは学園を休んでいた。もう、登校できないくらい悪いのだろうか、彼が、たった1人で、終わりの見えない苦しみと戦っているのだと思うと、胸が張り裂けそうなほど辛かった。
そろそろ、私もアンプルが切れる頃だ…もう私はエクソシストを続ける気は無い…だから、もう葛城先生と会うこともない。
このまま、契約内容が分からなければ、私はずっと悪魔付きのまま、ずっと悪魔に追われつづけて、ずっと成長せず、不老不死のような化物として生きていかなきゃいけない…それより先に、私の身体は乗っ取られて私はただの絶望を振りまく悪魔そのものになるだろう。
私の過去を思い出したら、何か手立てがあるかもしれない。そう信じて、今まで生きてきたけれど、
もう、駄目なのかもしれない、こんなことになって、
私は結局、何のために生き延びたんだろう。記憶なんて、なくなったままだったら良かった。私を、あのとき、どうして罪から遠ざけようとなどしたのだろう。ここに来たこと、今では後悔している。
もう、遅いのだろうか、私には、やっぱり救うことはムリなんじゃないだろうか。
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【じゃあ、また明日ね!】
少女の明るい声が聞こえた。
成城学園中等部、と書かれた校門の前、長い黒髪をたなびかせながら手を振り、友人と別れる、制服姿の1人の少女がいた。
(これは……過去の、、私だった。また、夢を見ているんだわ…)
少女はしばらく1人で下校し、少女の家の前で立ち止まる。玄関の門の前に、全身、黒で覆われた黒装束のような場にそぐわない恰好をした長身の男が佇んでいるのを見た。
その男は少女とすれ違う刹那、何かを呟いた。
【ーーー】
少女は一言二言応えると、そのまま家の中へ入っていき、男も何事も無かったかのように、去って行った。
(これは、何だろう?いつの、記憶だろう。何か、私の人生を大きく変えるような出来事だっただろうか)
考えても分からないまま、私の意識は現実へと引き戻された。




