希望は一体どこにある?
独白
私は、一体何が大切で、何を守ろうとしていたのか、
何もかもよく分からなくなった。
そのことに気づいたのは、いつからだっただろう。
私は病で懐妊することができなくなった母の代わりに、代理母として両親の受精卵を移植した使用人のフィオナから生まれた子供だった。だけどその事実を知ったのは17年後、私を含め多くの人間がそれを知らなかった。
その1つの致命的な誤解があったために、私は生まれたときからその生を望まれることはなく、私の存在が長くまわりの人々を苦しめることになった。
それを知る前のこと、物心ついたときから、母は私を産んですぐ亡くなったときかされていた。私は小学校に上がるまでずっと教会のシスターたちに親代わりとして孤児院で育てられた。シスターの中でフィオナというシスター見習いの若い人と、葛城神父と、当時の現役エクソシスト講師であり司祭の、ルーエン神父はとても優しかった。
だけど、私に好意的に接してくれるのはその3人だけ。
ほかの多くのシスターはまるで憑き物か何かを見るような目で、煙たがり、近寄ろうとしなかった。
表面的には優しく振舞ってくれるシスターもいた、だけどそれは建前と、私への同情心だと、気づいていた。
6歳のとき、神父様から都内に住む身内がいるから、彼らと暮らしなさいと言われ、連れていかれた。
私の母の姉夫婦にあたる親戚だった。
でも聞くところによると、孤児院とは見寄りのない子を預かる施設、少しでも血縁が有るものが見つかればよほど経済状況が思わしくないなどの異例以外は受け入れなければいけないという方針があるらしく、2人はあまり乗り気では無かったらしく、それは幼いながらに気づいた。
メデューサだった私は、神父から悪魔を寄せ付けないためのロザリオや聖水を持たされていたし、悪魔から身を守る方法も教わっていたから、襲われて食われるという最悪の結末にはならなかった。
だけど、見えない敵から逃げたり、意味の分からないことを宣っていた私を、一般人の2人は理解してくれるわけもなかった。
さらに、今思えば、父との愛人の間にできた隠し子だと思われていたのだから、快く思う人はいなかった。
衣食住に不自由はなかった。でも私のいないところで舞夜のように私のことで喧嘩していたし、折り合いが悪くなっていたのは確実だった。
でもそんな日々は2年足らずで幕を閉じた。旅行中に交通事故に巻き込まれ2人が亡くなったから。
そのため私は再び孤児院に戻ってくることになった。
私は親戚の家で、どうすれば機嫌がとれるか、顔色ばかりをうかがっていたつまらない子供だったから、上辺だけの笑顔とたてまえを並び立てた。
だけど私が愛想よく振舞っても、シスターたちは依然として変わらなかった。
この不幸があってから、偶然とは思えない その不幸に、
シスターたちは私を気味悪がるようになり、私から離れていった。
それからすぐ、孤児院に私より1つ年上の瀬野優馬がやってきた。瀬野はルーエン神父らが最近助けた悪魔つきだった。それは仏頂面の子供で、私とは正反対のような奴だった。ほとんど話をしてくれなかったけれど、
でも、彼だけは私を侮辱も軽蔑も同情もしなかった
たから、私も気を使う必要がなかったから、瀬野といると楽だった。
それから半月ほどのち、長らく子宝に恵まれなかった紫音寺夫妻という老夫婦が、私を養子に引き取ることが決まった。
2人とも私の能力のことを知っても、私を受け入れてくれた。本当の孫のように接してくれて、温かかった。
彼らのおかげで、私の悲惨な人生も少しは救われたと思う。
でも、そんな幸せな生活も長くは続かなかった。わずか半年で、円城寺家の兄夫婦だと名乗る人達が突如うちに尋ねてきて、円城寺家に戻って来いと言ってきた。それは一方的に、自分たちは血縁関係があるから拒否権はないと言い張り、紫音寺夫妻も私も最後まで反対したけれど、結局抵抗も虚しく連れていかれた。小学5年のときだった。
初めて見たときから、2人が私を本気で心配しているわけではないだろうと分かっていたから、私はそんな奴らに媚び諂う気も起きず、まともに会話すらしていない。向こうも私はそれは鬱陶しい可愛げのない子供だったと自覚している。
私はあの円城寺の血を受け継いだのか、音楽の才能があった方だった。特にヴァイオリン、紫苑寺家にいた頃、何気なく家にあった古いヴァイオリンを弾いた私に、2人は才能があるといって、その才能を生かすためにヴァイオリン教室に通ってはどうかと進めた。
別に音楽が嫌いというわけではなかった私は、ヴァイオリン教室に通い始めた。それから瞬く間に上達していった。様々なコンクールでも優勝し、講演会で大人のヴァイオリニストに混ざって演奏したこともある。円城寺家の兄夫婦は私の才能だけを目当てに、金儲けをするために戻ってきたんだ。誰もいなくなった廃墟を乗っ取って、再び円城寺家の栄光を取り戻すつもりだったのだろう。
それが分かってから、私は一切ヴァイオリンを引かなくなった。
いや、弾くつもりはなかった。好きだった音楽が、ヴァイオリンが、一瞬で二度と目にしたくもないものに変容した。
そんな私に腹を立てた2人が、腹いせに私の隠された出生の真実を洗いざらい話した。
私がなぜこんなに苦しまなければならないのか、ずっと分からなかった。私には何の罪もないはずなのに、学校でも教会でも、近所でも、周りから向けられる奇異の目、軽蔑、侮辱、
その理由がようやく分かった。
行き場の無い憤りと憎悪、そんな容易い言葉では言い表せないくらい、恨んだ。両親を、何よりずっと平気な顔で私を育ててきたフィオナを。
孤児院に再び戻ってから、当時の神父にフィオナの素性を明かして教会を追い出そうとしたけれど、聞き入れられず、もちろんフィオナとは縁を切り、あれ以来まともに口を聞いたこともない、
私はのめり込むようにエクソシストに専念した。私は自分が嫌いだった。自分のこの父方の苗字が、穢れた血が、腐った因縁の末に生まれた私には生まれた時から私は穢れていた。だから私は罪を洗う必要があった。そう、それはもう、狂信的に私はルーエン神父や葛城先生の元で、一心にエクソシストになるための修行をし始めた。
もう私にはエクソシストしか生きる道がなかった。私は、生きていてもいいんだと、生きる役割があるんだと、理由が欲しかった。見寄りもいない、頼れる人も、誰もいなかった私には、エクソシストだけが、私の生きる希望だったから。
私がみるみるうちに成果を上げ、天啓まで授かってからは、まわりの態度が一転した。私は期待の星と賞賛されるようになり、誰もが私を敬うようになった。中学に入ってすぐだった。
天啓が訪れたのは奇跡だった。でも、私はどれだけ信仰と善行を重ねようとあの汚い悪縁に塗れた円城寺家の血を引いている。だから、天啓を得た時私は命あるかぎり、その最後の時まで、エクソシストでい続けることを誓った、それなのにー、
一番最初に先祖が悪魔と取り引きをしたのは一体いつからだったのだろうか。
私たちの家系は一族もろとも呪われている。私たちは神に見放された哀れな人間。
自分だけは、例外だと思い込んでいた私が馬鹿だった。私の罪は許されたのだと思い込んでいた私が馬鹿だった。
だから私はこうして今、罰を受けているんだ。今まで私たちが勝ち上がるために犠牲にしてきた人々の代償。
その報いを私たちは、受けている。
結衣のことは、6歳の頃から知っている。家が近所だった。結衣の家庭は、裕福とは言えないけれど、ごく普通の、どこにでもある、家庭だった。優しい両親と、口は悪いけれど本当は心の優しい2つ上のお兄さんとの、4人暮し。
友達だった。私たちは、いや、私たち5人は。
結衣を助ける方法はもうない…ありとあらゆる可能性を考えた、気の遠くなるくらい、でも、連絡をとっていたはるフィアの唯一の味方のジョーカーが、捕まりもう空前の灯火だという時点で何もかもが終わりだ。
時期に殺されるだろう。
もう無理だ。もう助ける手立ては何もない。
そもそも、結衣は記憶を失う前は罪人だった。、結衣が結社にいってしまい、何とかして助けたかった。記憶を失って助けて欲しいとジョーカーから連絡があってから、私はもしかしたら救えるんじゃないかと希望を抱いた。
それなのに、そのはずなのに、
瀬野も、柚も、いなくなって、私も、もうあなたを守れそうにない。
結衣、あなたのことだけが身を切るくらい心配だった。私がいなくなれば、今度こそ結衣は壊れてしまう。
だからせめて、私を、嫌いになってくれたら、私のことなど忘れるくらい、大切な人を見つけてくれたら、そう、思って、結衣に辛く当たってしまった。
ごめんなさい、結衣…
放っておいても私は死ぬだろうが、強制的にも入院を余儀なくされるだろう。
もし葛城神父が手術をすると同意書にサインすれば私はー
そうでなくてももう希望のかけらもない。
でも、これも全て私の罪の代償なんだと思えば、こんなもの、足りないくらいだろう。彩香を見捨てて、助ける権利があったフィオナまで信じられなかった。
彩香の苦しみに、比べればー、ずっと、
【⠀鑑定結果、0パーセントだったんです。親子じゃ無かったんです、2人は、ほんとうに、嘘をついてなんてなかったんです。⠀】
あのとき、私がどれほど自分を呪っただろうか、どれだけ後悔しただろうか。私は、フィオナの言葉に、母の悪魔の効力でまわりの噂に誘導されて、いや、ことの審議を自分の目で確かめようともせず、向き合うことを自分から拒絶していた私のせいだった。
結局、全ての原因は私にあるってこと、か
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刹那、電車の通過案内音声が聞こえた。、踏切がしまっていくのが見える。
なぜ、こんなときに…伝達ミスだろうか、、
そのとき、瞬時に脳内にある考えが芽生えた。
一瞬芽生えたそれは、すぐさま麻薬のように全身に駆けめぐり甘美な誘惑をさそう。
今、私は相当突拍子もないことを考えている。決してやってはいけないこと、それは禁忌だ。
ーもう、ダメだよ
ふいにそんな呟きが脳裏を掠めた
ー多くが幻覚に惑わされている今なら、チャンスがある
顔を上げると私の中のもう1人の私が目の前にたっている。
時間が静止したかのように、全ての音が、世界から消失する。
それは罪だ。1人の人間として、認められないことだ
ー罪だと誰が決めるの?私は神にも人間にも見離されたのに。
鏡写しのような私が恐ろしく冷たい表情で私を見る。
聖書の意志に反することも、倫理的にも、人道的にもあるまじきことだとも分かっている、
なのに、、砕けちったはずの何かが、私の中で叫んでいる
瞳の奥が震える。胃袋が締めあげられる感覚、恐怖か臨場感か足がガタガタと震える。立ち尽くす息が荒くなる。
ーもうやれるべきことは全てやったんだ。もうこれ以上、頑張る必要なんてないよ
手術が成功すれば奇跡が起きるかもしれない
ー希望なんてどこにある?成功したって僅かな延命になるだけ、奇跡なんて、起きたりしない
あのまま、大切な人達を置き去りにはできない
ーエクソシスト病だと誤解されていて、その上進行を抑える薬を出すだけの葛城神父が?病のことを知っているのに何一つ助けようとしない結衣が?エクソシストを捨てて夜逃げしたような瀬野が?
なにもしなくてもいずれ私は死ぬ運命、今なら、幻覚に惑わされていただけと解釈してくれるんだよ
そうだ……フィオナもいない、両親も、もう死んだんだ。瀬野は消えて、、私も柚ももう長くはない、この先の未来に希望なんてないのかもしれない。
だって、私はもうすぐ…。
駄目だ!何を考えているんだ、そんなこと、出来るわけが…
ー斗真
脳内に戦慄が走る。その声を、私はよく知っている。
彩香…?
線路の真ん中に浮かび上がるように目にしたのは、
あのときと何1つ変わらない制服姿の彩香だった。ずっと会いたかった。どんなに願ったことか。
ー斗真
彼女は淡い笑みを浮かべて手を差し伸べている。
私にはその手が、もう、救いの手にしか見えなかった。
鼓動は心を裏切るように早まり、手足は鉛のように重く感じる。
全身でそれはダメだと警鐘を鳴らしている。
一歩一歩、ゆっくりと、スローモーションのように歩み始める
そうすることで1秒でも先延ばしにしようとしているもう1人の自分がいる。
ふわり、と浮遊感。
足元が地面から離れたその一瞬、景色が暗転する。
彩香は、嘲笑のような不敵な笑みを浮かべて消えた。
そうだ、彩香が私を許すはずがない。
連れていくとしたらそれは地獄だけ。
近くで電車の轟く警告音と、誰かが私を呼ぶ叫び声がする。
なぜか走馬灯のように今までの情景が駆け巡り、
頭がやけに冷静に働く。
……馬鹿ですよね、私って本当。
結衣を助けるために必死でありとあらゆる交錯をしたのに、結局、悪魔祓いをすることすら叶わず、結局私は結衣を傷つけただけ。
でも、いつからだっただろう。呪いを解くのは無理だと心のどこかで思い込み諦めてしまっていたのは。いや、無理だとあのとき言ってしまった。どこで間違えてしまったのだろう。結衣が助かる道を諦めずに探し続けていれば良かったのだろうか。
私はいつもこういう人間だ。皆そばで私を支えてくれていたのに、彼らが苦しんでいるとき私は何もしてやれない。いいえ、やらなかっただけ。研究所のこともそうだ。
柚が倒れたときも、瀬野が出ていったときも、私は何もしなかった。仕方がないと思い込んで、、全ての希望の手を振り払って、私はただ逃げていただけだった。そんなことに今更気づく。
フィオナ…信じてあげられなくてごめんなさい。瀬野も柚も、こんな悲劇の形でしか終わらせられなくてごめんなさい。
分かったのは、結局、全ての元凶は私にあるってこと
ー行かなきゃ、彩香が呼んでる。
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「番組の途中ですが、ただいま、緊急ニュースが入ってきました。
東京都JR八王子駅のホーム内で、大規模な人身事故が発生した模様です。午前七時30分頃、市内を通過する特急列車に男女の5人が相次いで飛び込みを図ったと見られ、警察は、身元の確認を急ぐと共に、集団自決と見て捜査しています。
また、同時刻、ホームにいた何人かが刃物のようなもので乗客数人を襲い、7歳の◯◯ちゃんが意識不明の重体、その他、数人が骨折などの重軽傷を負っています。詳しい情報が入り次第お伝えします。」




