愛も希望もない旅立ち
「斗真、朝ごはんは?」
「いえ、遅刻しそうなので、今朝もそのあたりでかってなにか食べます」
「そう、か。せめて珈琲だけでも飲んでいきなさい」
「……分かりました。」
「……?」
何か含みのある視線を向けてじっと私を見ている。
突然薬を飲みたくないならばいいと言い出した心理も不明だし、そもそも、エクソシスト病でない私が貴重なこの薬を飲むわけにはいかない。
死とはどんな感じなのだろう…死ぬのは怖いとは思わない。
私はいずれエクソシスト病で死ぬと覚悟はしていたから、病名が変わっただけの話だ。
ひとつ心残りがあるとしたら、結衣の呪いを溶けずに逝かなければいけないことだろうか。
でも、結衣も納得してくれるはずだ。
私も結衣も、、ここで終わりだということをー。
「ねぇねぇ、今日は珍しく来てるわよ あの例のエクソシスト」
「ほんとね、あの学園のエクソシスト3人とも最近来てなかったからあいつも
辞めたのかと思ってた」
「逃げたのよ3人とも、エクソシストをやめてね。あの子も天候してくれればいいのに。就職活動に影響しそうなのよね、同じ学園に殺人事件の身内がいるなんて」
「お前の母親遊女だったんだってな」
「マジで?教会のシスターだったんじゃねえの?」
「違ぇよ、円城寺の隠し子だよ。何が神聖な教会のエクソシスト様だ、こんな汚れた奴と同じクラスだなんて」
久しぶりに学園に来たらこれですか……
まあ、このくらいは慣れていますから別に何とも思いませんが、、情深い瀬野はきっと、耐えられなかったのでしょうね…
葛城神父は瀬野のことを随分裏切り者だと批判していたけれど、私は瀬野の判断は正しいと思う。正義かどうかは別として、普通の人間らしい感情だと私は思う。瀬野は…強い男だ。
厳しい家庭環境だったにもかかわらず
素直じゃなくて、いつも生意気で、冷たい素振りを見せているけれど、本当は他人のことを思いやれる優しく真の強い人間だった。…私と違って。
……
「おい、紫苑寺、ちょっと来いよ」
「……」
体育を見学し教室に戻ろうと中庭を歩いていたとき、同じクラスの男子グループ3人が囲むように私の前にたった。
連れていかれた先は、校舎の裏側、日陰になっていて比較的死角となっている薄暗い一角だった。
刹那、強く胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられる。
「よぉ、エクソシスト様、最近見なかったから死んだのかと思ったよ」
「あの桜田と転校生ちゃんみたいに」
「2人は死んでなんていません」
「まあどうでもいいんだよんなことは、金、持ってんだろ?」
カツアゲのような野蛮なものにあうのは初めてではなかった。私は元々教会のエクソシストというだけで嫌われていたし、出席簿の名前とは違う苗字をわざと呼ばせていることに気に食わない生徒たちもいた。
「毎日毎日たんまり金稼いでんだろ!?」
胸ぐらを乱暴に捕まれ壁に勢いよく押し付けられる。
「…っ!」
その衝撃か今朝薬を飲んで来なかったからか咳き込んだ拍子に血が出ていた。
「なんだ、…血だ!!」
「なんだこいつ、気持ち悪い、もういい、行くぞ!」
3人は逃げるように走ってゆき、すぐに男子生徒らはいなくなっていた。
制服の泥を手でサッと弾き立ち上がる。顔を上げると私にハンカチを差し出す青年がいた。
「大丈夫ですか?血が出ているようですね。」
綺麗にストレートがかかった少し明るい茶色の髪の、背の高い青年だった。制服のバッジは私と同じ2年生だが、初めて見る顔だった。
「これは、ただの持病です。ところで
…あなたは…?」
「通りすがりの青年、とでも言っておきましょうか。それより、今の人たちは穏やかではない雰囲気でした。同じ学年の輩なのだから、大人しくやられっぱなしではなく男たるもの拳の一発でもお見舞いしてやれば良かったのに。」
「はあ……」
「あ、同じ2年生なのですね。私、転校してきたばかりでまだよく分からないのです。もしかしたら同じクラスやもしれません。お名前をおうかがいしても?」
「ええ、私は3組の紫苑寺斗真といいます」
「え!?今、斗真といいました!?」
「え、ええ。」
「銀髪に蒼い瞳…確かに先生の言った通りです!どうして今まで気づかなかったんでしょうか!」
「あの、あなたは、一体…」
「ああ、失敬、申し遅れました、わたくし、ドルジ神父のめいを受け日本エクソシスト協会より参りました九条院朔夜と申します」
「待って下さい 今、なんと言いました?」
「日本エクソシスト協会から形勢の厳しい東京のエクソシスト補佐として派遣されてきました。
本日よりアトランティス教会のエクソシスト隊に加わり全力を尽くす所存です」
「エクソシスト協会から…?ではあなたは、もしや…エクソシストなのですか?」
「はい。天啓を受けたばかりでエクソシスト国家試験は受けていませんのでまだ正式なエクソシストではなくあなたがたの足もとにも及びませんが、エクソシスト予備性として3年間 経験を積んでいます。
実戦経験もあります。
葛城神父様から聞いていらっしゃらないんですか?」
「いえ、聞いていません。」
「とりあえず、帰る場所も同じですから、
歩きながら話しましょう。」
「それより、大丈夫ですか…?あまり顔色が良くないですけれど、さっきも血を…
もしや、エクソシスト病、ですか?」
「エクソシスト病をご存知なのですか?」
「そりゃあ、 幹部の方がたと暮らしていれば、耳に入ります。先日のアトランティス教会の事件もエクソシスト病解明のための研究所だったとか
あんな拷問施設さえ作ったりしなければ、ワクチンの開発に成功したかもしれないのに、残念だって、ドルジ神父は言ってました。
ユナン神父がいてくれれば…本当に、惜しい人を無くしました、」
「え?」
「彼はエクソシスト病を誰よりも熱心に研究していました。あの事件の数刻あと、交通事故で亡くなられて、八王子山岳の崖から謝って落ちたのですよね…
まわりの神父様たちはきっと自殺だって言っていますが…私は信じてませんよ!ユナン神父はそんな途中で逃げ出すような人じゃないですから」
そうか、朔夜はそういうふうに聞かされているのか、、すぐにしらべたら分かることだろうが、私は敢えて真実は伝えず黙っていた。
「……ユナン神父のこと、よく知っておられるのですか?」
「少しだけ。ユナン神父は長崎で神父になる以前にこの千葉の教会で修行を積んだ方なんです。私は当時その教会の隣にある保育所の生徒だったんです。まだ幼稚園児でしたが、毎日のように訪れてくれて、よく遊んでもらったのを覚えています。
ドルジ神父がユナン神父を一人前のエクソシストに育てたのですが、ほんとうの息子のように可愛がっていたとか
彼は過去に故郷で家族を殺されて、
その返り討ちに捕まった犯人を殺害した。だけど、彼は冤罪だった。
殺したのは 全く関係ない他人、
その罪で決して天啓を得ることはなかったけれど、罪を償いたいと エクソシスト協会に
三日三晩頭を下げて頼み込んでいたと、シスターが話していました。」
ユナン神父は…家族の敵を取るために、、殺人を?
だけど誤って別人を殺めてしまっただけ…?
私の知っている情報と違う…
家族を殺し家に訪れた無関係の赤の他人まで手にかけた凶悪な殺人犯だと、天啓では聞いたのに…
神の御使いである天使が嘘をつくなどありえない。でも、私の天使が堕天していた、もしくは堕天しかけていたとしたら…考えられないこともない。それがもし本当だったとしたら、、私は……
「顔色が悪いですが、どうかしましたか?」
「い、いえ…」
ユナン神父は今、新宿の留置所にいる。裁判は来月だけど、おそらく最悪死刑、良くても数十年の刑は逃れられないだろう。
当然だがあれから面会には行っていない。
ユナン神父のしたことは世間的に考えれば決して許せないことなのだろう。だけど、私は今まで彼らの行いを黙認していた。
理由は簡単だ。魔人など一人残らずいなくなってほしかったから。だけど法律は裁いてはくれない。尋常ではない努力と技術を求められ、世俗とは無縁の生活に身を置き、それなのに市民には認められず忌み嫌われているエクソシストとは違い、魔人は影で存在すらまともに知られず好き放題欲望のままに生きている。そんな奴らが
エクソシスト病の患者を治療と称して人体実験紛いのことをしていたのも、知っていた。
でも、同情はしても止めようとは思わなかった。彼らの研究がエクソシスト病のワクチンの開発の礎になるのなら、、それはエクソシストの運命だと、思っていた。
「あれ、朔夜、斗真と出会っていたのか」
「はい、校庭で偶然おあいしたんです」
「それなら手間が省けてちょうど良かった。」
一通り朔夜に白百合寮や教会を見てもらい規則の説明が終わり、ロビーに来ていた。二人分のお茶を用意しテーブルに置く。
「あ、わざわざありがとうございます。」
「ただでさえでシスターもおらず、閉鎖まで決まってるこんな教会、嫌でしょう。」
「…いえ、」
「可哀想に、こんな、1番大変な東京なんかに来て、」
「え?」
「上からの命令で仕方なくきたのでしょう」
「えっと、」
「そりゃあ、そうですよね。
エクソシストの評判は最悪、ユマニテっく教会には見離されて、しかも閉鎖寸前のシスターもいないアトランティス教会に悪魔の数に対してエクソシストがたった2人しかいないようなところ、誰も自分から来たがらないでしょう」
「?見捨てたわけではなくて、何もできないんですよ、きっと。」
「どういうことですか?」
「あれ、知らないんですか?ユマニテっく教会は、先月ハルフィアから攻撃を受けて壊滅したんです
よ」
「なんですって!?壊滅ってどういうことですか!?」
「ハルフィアの連中は、ここのところずっと規模の小さい教会から順に破壊して回っているんですよ。教会の聖水やロザリオを奪っていくんです。酷いところはエクソシストやメデューサを誘拐されて、
ユマニテっく教会も先日宣戦布告を受けたとエクソシスト協会に言伝があって、教会ごと爆破されたんです。エクソシストが3名いましたがまだ新米エクソシストばかりで全く手も足も出なかったとか。
結局教会は瓦礫と化してしまったそうです。表向きには過激派宗教団体という名目で報道されていますので、いっそう風当たりが厳しくなるでしょうね」
「ハルフィアが教会を破壊して回っているなんて…
一体何の目的でそんなことを?」
「詳しいことはわかりませんがなにやら近いうちに何体かの大悪魔の召喚実験をやるらしいです」
「でもどうして悪魔には苦手なはずの聖水やロザリオが盗まれるのですか?」
「さあ…それ自体が必要なのではなく、もしかすると教会、いわゆるエクソシストを減らそうとしているのかもしれません。」
大悪魔の召喚……5年前と同じ悲劇が、再び起きようとしている、
「ユマニテっく教会のエクソシストたちはどうなったのですか?」
「それが、、行方不明なんです」
「行方不明?」
「はい。爆破された教会はもぬけの殻で、遺体すら見つからず、
誰一人連絡もつかず、シスターもエクソシストも皆消えたのです。」
「そんな馬鹿な…
葛城神父はこのことは?」
「エクソシスト協会から各教会に文を出していますし、ドルジ神父からも電話していますので、ご存知のはずですよ」
……
なぜ、それならなぜ私には一言もなかったのだ?
私はもうどうせすぐ使い物にならなくなるから伝える必要もなかったということ?
いくら我々を守るためとはいい、閉鎖が決まっているこの教会に将来有望で優秀なエクソシストを寄越してきたこともよくよく考えれば不自然だ。
朔夜にはエクソシスト補佐以外に何か他の目的がある…
………………………………………………………………
「このエクソシスト隊を助けるため、というのは名目で、エクソシストたちもハルフィアのそんな悪行をこれ以上野放しにしておくわけにはいかない、わたくしはドルジ神父からハルフィアのアジトが東京のどこにあるのか、ハルフィアの情報を探るためにこのアトランティス教会に来たのです。
特に核心に近い部分までご存知のはずですから。そうですよね、葛城神父」
「……わざわざ私を探るためだけに私の家にまで押しかけたのか」
「かつて5年前の北九州の事件で寝返ったルーエン神父の同胞だったあなたなら、何か知っていることがあるのではないですか?それに、あなたの天使リヴァイアサンは上位の智天使です。望めば気配を追うことも 可能ですよね。」
「3年前までは新宿区のどこかだったことは確かだ。今は……分からない
様々な悪魔の気配が入り交じって正確な位置が掴めない
突き止められないように誰かが意図的に 操作しているのだろう。」
「葛城神父は、甘いですよね。そんなエクソシスト協会の幹部でも珍しいエクソシスト廟にかからないという稀な遺伝子を持ち、さらに上位階級の天使の加護をその年齢まで失うことなく受けていながら、ちまちまとそのあたりの悪魔祓いをするばかり、本来禁止されている副業までして、5年前の事件も風評被害に合わないためにイギリスに留学など、あなたは尻尾を巻いて逃げたも同然。
先月の研究所の事件も、知っていたのに見て見ぬふりをしていたとか、ましてやかつてはあそこで薬の開発を手助けしていたとか
エクソシストどころか、まともなクリスチャンとも思えません
あなたは……狡いんですよ。何もかもが。
必ずハルフィアのアジトを暴いてエクソシスト総出で奇襲をかけます。その暁にはあなたも来て貰いますからね、葛城神父。」
「………」
………………………………………………………………
「あれ、朔夜、こんな夜更けに帰宅ですか?何か呼び出しでも?」
教会と修道院を挟むようにある中庭の小さなテーブル席に、座ってぼんやりと考え事をしていたさなか、正門から朔夜が歩いてきたのが見えた。
「こんばんは、大した用事ではないですよ、少し瘴気を感じたので見回りに行っていましたが、異常はありませんでした。
あなたこそどうしてここに?」
「私はただ、眠れなくて、夜風に辺りに行こうかなと思ったのですよ。」
「それでは私もお供させて下さい。今宵は月が綺麗です。なにか菓子でもあれば…あ、ちょうど今朝お土産に水まんじゅうを買ってきたのでした。今から頂きましょう。」
「え、あの」
朔夜は返答を待たずして寮までパタパタと走っていく。
ほどなくして二人分の緑茶と綺麗な艶を放ち透明感のある一口サイズの水まんじゅうが皿1杯に乗せられているお盆を持って戻ってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
何が悲しくて夜更けに会ったばかりの男と菓子を食べなければいけないのか分からなかったが、仕方なく付き合うことにする。
朔夜は…天啓を受けているのだから、きっと根はいい人間なんだとは思う。
何の天使の加護を受けているのだろうか…戦闘には慣れているのだろうか
私の代わりに、このエクソシスト隊を立て直してくれるだろうか。
「斗真さん、どうしてずっと偽名を使ってるんですか?」
「え」
突然意図していなかった問いかけに声が上ずった。
「円城寺斗真、
サンダルフォンの籠を受けたかつて偉大なエクソシストだった。
聞いていた名前と違ったので、最初わかりませんでした」
「それは…私は、、、自分の苗字が嫌いなんです。私を引き取ってくれた紫苑寺家の夫婦の方がよっぽど家族でした。」
「あなたの家庭のことはよく知りませんが、でも、いつまでも偽名を呼ばせて、名乗りつづけるわけにはいかないですよ、斗真さん。
昨日今日と学園に通って分かりましたが、エクソシストはこの地方ではかなり嫌われているみたいです。エクソシストは市民を守る職、市民の信頼あってこそのエクソシストです。ただでさえ先月の事件の汚名を挽回しなければいけないというのに、私も協力するつもりですが、なにせまだ転校したばかりで信頼も薄い。エクソシストなど金儲けの怪しい宗教団体という、その固定観念を、レッテルを剥がすには、
斗真さんの力が必要です。そのエクソシスト張本人のあなたが言いたい放題言わせて、何も行動を起こさなければー
…大丈夫ですか? 」
「え、ええ…少し、気分が悪くて」
「いいすぎてしまいました、すみません。」
「いえ」
「私がいいたかったのは…もう少し、周りの人たちを信じてほしい、頼って下さい、私、斗真さんとはいい友達になれそうな気がするんです。」
「朔夜…」
「今朝はエクソシスト病のアンプルは打ちましたか?」
「い、いいえ」
「毎日打たないと、 でも…特徴である羽はまだ生えてきていないんですね」
「……」
「大丈夫です、エクソシスト病は必ずいつか解明されます。うちの協会でも一丸となって研究していますし、現在イギリスの大手製薬会社にも協力を頼んでいます。だから、諦めずに、戦いましょう。」
……………Tomorrow……………………………………
「か、葛城神父様!た、大変です!!」
朝、朔夜と葛城神父と3人で朝食をとっていたとき、突然修道長が息を切らしてリビングに走ってきた。
「修道長、一体どうしたのですか?」
「緊急の悪魔祓い依頼です!
八王子駅前で集団自決があいついでいるそうです!」
「集団自決?それは悪魔なのですか?」
「はい、突然うわごとを話しながら線路に飛び込んだり、奇声を発して自傷行為に及んだりしているそうです!!時間帯もラッシュの時間帯で、被害は今も拡大しているみたいです!」
「すぐ向かおう。すまないが、朔夜、斗真、今から出動できるか?」
「もちろんです!
修道長さん、犠牲者はどのくらいですか?」
「連絡を受けたときは、既に5人ほど、、。
他にも元から所持していたのかわかりませんが刃物のようなものを振り回している人も数人いるとのことです。」
「刃物…飛び込み…
空間を操る悪魔による集団感染ですね、おそらく相当序列の高い悪魔です。思考誘導か、幻覚か、悪魔の能力が生み出したものでしょう。感染能力は姿を見ないと発動しない、被害者は全員悪魔が見える人でしょう、全て同じ悪魔と考えられます。」
「まだ見ていないのに、そこまで分かるとは…」
八王子駅前には既に救急車やパトカーが何台も泊まり、サイレンが鳴り響いていた。ホームに入る改札前には既に立ち入り禁止テーブが貼られていて警官が何人も対応に追われている。
ラッシュの時間帯ということもあり、多勢の人々が集まっている。駅に入れないことに駅員に説明を求める者も多くいた。
「すみません、八王子県警から依頼を受けて参りました。私は日本エクソシスト協会のエクソシスト九条院です、こちらは八王子の現役エクソシストたちです。お通し願えますか」
朔夜が人の間をぬって警察の1人に声をかける
「お待ちしていましたよ、エクソシストさんがた、こちらです。私たちにはもうどうにもできません。」
大抵の一般人の避難は完了していたようだったが、入口の多数ある八王子駅は降りる客も含めるとまだ何人かは残っているのが見受けられた。
「見える人々もいるので現場はこのまま防御線をはって、一般人は誰もこの路線には入れないで下さい、
電車もこちらに来ないよう緊急停止スイッチをお願いします。」
「とりあえず一刻も早く悪魔を見つけよう」
朔夜は一足先に聖水を付近に巻いたり召喚陣を書いたりし悪魔払いの手はずを整えに行っている。
「斗真、行けるか?」
「……ええ、大丈夫です」
後ろで覚束無い足取りで歩いていた斗真に向って声をかける。
「悪魔は私が殺す。まだ幻覚に惑わされている一般人が何人かいるから洗脳を解いてやってくれ、」
「はい。」
「こちらです。」
斗真と別れしばらく歩き、警官が足を止めた場所、そこは東京区間を結ぶ八王子駅の市営線、そのホームだけが異様な空気に包まれている。
人々の怒声に、悲鳴、そして噎せ返るような血の匂いが充満している。
激しく暴れる者や刃物を振り回す者を警官が何人も取り押さえている。一般人の力に警察が押されているのは、恐ろしいほど強力な魔力が働いているからだろう。
そう思うことで、嫌でも目に入ってくるそれを見ることを少しでも遅らせようとした。
修道長から聞いていたから、覚悟はしていた。
そう、
線路の中には人とも区別がつかない今さっきまで人間だった者、たちの身体が、衝撃に耐えかね砕け、肉の塊と化して四方にバラバラに飛び散っている。
頭蓋は砕かれ手足と胴体は分裂し路線一体に真っ赤な血溜まりが広がっている。
「う…っ」
その余りの惨状は5年前のあの史上最悪のメデューサ惨殺事件を思い出させた。
「落ち着いて下さい!あなたたちは洗脳を受けています!これらは全て悪魔の能力による幻覚です!幻覚と強く認識すればその洗脳は溶けます!……葛城神父!いました!あれが悪魔です!」
遠くで朔夜が叫ぶのが聞こえ、我に返る。
「これは……」
人型だったため、最初は分からなかった。白の長髪に黄金の瞳をし、下半身は獣の毛に覆われている。背中には自身の倍以上の大きさはあるコウモリ型の翼を有している。
やはりこの悪魔は…
アザゼルだ。
『幻覚を見せる能力』を特徴とする。少なくとも半径1キロくらいならば自身の幻覚で覆うことが可能なほどの強さ。
アザゼルの幻覚は普通の幻覚とは違い特殊で、幻覚をかけられている対象が「これは幻覚である」と心の中ではっきりと断定しなければ、【本物】となり、対象に触る、匂わせる、もっといえば殺す、などして干渉する。だから持っているはずのない刃物が出現していたのだ。
ただし幻覚と認識された瞬間、アザゼルの幻覚は分身の残像のように消えゆく。だが
この幻覚は大集団にかけられるもののため、それが幻覚だと気づくのは非常に困難なのだ。
アザゼルは悪魔の中でも地位は高く、人語はもちろん精通しているから人間を貶めるのなど容易い。
右手の甲に生体陣が存在している。本体そのものの殺傷能力は低く、殺傷が幻覚能力便りだから、それを利用すれば倒せなくもないが
こんな大悪魔を祓うのは数年ぶりだ。でもここで躊躇っている時間はない。
「これ以上感染すればさらに犠牲者を生む、
予断を許さない状況です、ここで悪魔を殺します!
一般人を誰も近づけないで下さい!」
「神父、召喚を任せても大丈夫ですか?」
「学生にやらせるようなヘマはしないさ。大丈夫、リヴァイアサンは幻覚に強い」
「了解しました」
……………………………………………………………
「見えた!あれが核だ。」
幻覚に惑わされなければ殺傷能力の低い本体はあっさりと生体陣を破壊することに成功した。
天使の力によってゆっくりと融解されていく
ジュっと焦げたような煙を放ちながら黒い液体状に変形して消えていく。
そのときだった。
軽快な電車の通過音声の放送が入ったのは。
「!どうして電車が!?」
駅員は緊急停止ボタンを押していないのか!?遠くから近づく音が聞こえてくる。
?
ふと、数十メートル先で異変を感じた。
斗真?
異変を感じて振り向くと後ろで負傷者の手当をしていたはずの斗真がなにかに取り憑かれたかのように虚ろな瞳でホームに向ってふらふらと歩いていた。
「斗真、何をー」
その刹那、凄まじいスピードで列車が通過していったのと、ホームから斗真の姿が消えたのは、ほぼ同時だった。
話が纏まらなくなってきたのでしばらく休載致します




