全ての元凶
「結衣、もしまだ入りたい学生寮が決まっていないなら聖アトランティス教会に来ませんか?」
「聖アトランティス教会?」
ある日、いつものように学校帰りにお見舞いにきてくれた紫苑寺さんは花瓶に新しい花を入れ替えながら唐突にそんな話をされる
「ええ、八王子のカトリック教会でね、そこが運営している白百合寮っていう寮がありまして、私はそこの寮生なんです。」
その話が出ないとは考えなかった。
でもまだ、私はその答えを自分の中で出せずにいた。
彼はクリスチャンだと言っていたことを思い出した。教会に併設されている寮に住んでいるとも、、
「その寮から秋凛学園っていう学校に通ってるんですよ。すぐ近くなので歩いて通えますし、教会の人達もとても良い人ばかりですよ。今は空き部屋もありますし、絶賛募集中なんです。
何より私が結衣と一緒にいたいだけ、なんですけれどね、あはは」
視線を逸らし何処か照れたような彼の笑顔に私はやるせない気持ちが1層湧き上がる。
この人は、私のために毎日律儀に時間を作って、会いに来てくれる。ここまでしてくれた人など初めてで、私は、
何一つ思い出せないことに、何処か罪悪感のような感情が広がっていた。
ここを出た後、私が通えそうな学園は、普通科や私立は費用が出せそうになく、また県立も試験を再度受けて合格すれば入れるとは言われたが、かなり狭き門で厳しいと言われ、通うならば定時制か夜間高校を勧められた。
秋凛学園は特にそういう訳ありの家庭も受け入れていると聞いていた。
だから彼のお誘いは、好条件だった。
「ただ、白百合寮は教会の寄付金で運営している寮ですので、ルールがあって、毎日教会で祈りを捧げること、婚礼式などのイベントを手伝うこと、その他の儀式、また教会の清掃や規律を守ることなどがルールですが…」
私が考え込んでいると、いつの間にか話が進んでしまっていた。
「で…でも、私は無宗教だったと思います。いきなり教会に通えと言われても何もわからないのですが」
私は咄嗟に1番気になっていたことを聞いた。
「ああ、そんなことですか。大丈夫ですよ、クリスチャンになるのに細かい戒律も知識も必要ありません。キリスト教についてたとえ無知でも、これから少しづつ覚えていけばいいんですよ。神父が丁寧に教えてくれますし。」
クリスチャンになることは前提なのね…
その日は保留にしてもらい、そして
翌朝、
私は最初こそ迷っていたものの、私はその案を了承した。
選択できる高校が少なかったのもあるが、パンフレットも悪くなかった私は秋凛学園に通うつもりでいたし、
なにより施設で誰かのお世話になりながら暮らすよりも、とにかくアルバイトをしてでも自分で金銭を稼ぎたかった。
無事退院をすませた私は、聖アトランティス教会に紫苑寺さんと来ていた。
駅に着き目にしたのは辺り一面の田園風景だった。同じ八王子市とは思えないくらい緑溢れる自然豊かな街だった。見渡せばポツポツと住宅が発見できるものの、その他にはびっくりするくらい何もなかった。数十分ほど歩いたが通り過ぎた車の数を数えられるくらいだった。
教会とは、そんな田園風景を歩きしばらくし林が生い茂る一本道を進んだところに突如ひらけた場所に現れた。
そのすぐ横に白百合寮とかかれた寮がたっている。
また敷地内には西洋の作りの、教会と同じくらい大きな洋館と、アスレチックがあることを考えると保育所、だろうか。小さな古民家ふうの建物があり子供達が外で遊んでいた。
私は初めてくるはずのこの教会に、何故か懐かしさを感じた。
「ここがアトランティス教会です。隣が私の暮らす白百合寮です。奥に見える赤い建物が教会が運営している孤児院です。その隣が、修道院ですよ。」
昔、ここに来たことがあるかのように、何かに導かれるように教会の扉を開いた。開けた瞬間目に映る景色に驚愕する。
中は広い礼拝堂になっている。
中央にはシンボルである大きな十字架が、その隣には聖母マリア像が、後は名前も分からない様々な銅像が左右に設置されている。祭壇の周りには花が豪華に飾られ、大きなパイプオルガンもある。
「ここ………私、、私が眠っていたとき、夢で見た教会です。」
気づけば1人ごとのように呟いていた。
「え?」
「私が意識を失ってるあいだ、夢を見たんです。この教会の入り口に私は立ち尽くしていて、マリア像の前で誰かが祈りを捧げている場面を、見ました」
「それは…誰だったのですか?」
誰だっただろうか、、、、刹那今迄朧げにしか覚えていなかったその人が鮮明に色づいたものになって形作られていく。
ーー目の前の、この人だわ。私が見たあの銀髪の男性、なぜ今迄気づかなかったのだろう。こんな珍しい格好と髪の人は、彼以外にありえなかった。
「そのときは話すことも、動くこともできなかったから、後ろ姿しか見えなくて…」
「そうですか…」
だけど第1証拠もなかったし、突然そんなことを言ったら頭のおかしな人だと思われそうで、言えなかった。私の記憶に、この場所は思い出でもあるのだろうか。
位置も、色も、ステンドグラスも同じだった。
見渡すと、聖母の前で祈りを捧げている人、何かの本を読んでいる人、談笑している人など数人が見受けられた。
「ここは東京で唯一のカトリック教会です。平日は人は少ないけれど、日曜には都内のクリスチャンたちがお祈りに来るんですよ。
ここでは司祭が2人も生活していますからね。関東の中でも比較的大きな教会なんです。」
「改めて思います、私、ここで暮らしたいです。」
「え⁉︎本当ですか⁉︎」
「はい。、風景も空気も素敵なところですし、元々秋凛学園に通いたいって考えていましたから、
ただ、私は、本当にクリスチャンついて何もわからない、キリスト教の思想を私は何も知らない。そんな私でも、受け入れてくれるのならば、、私はここで暮らしたいです。」
「勿論、心配ご無用ですよ!では早速神父に伝えますね」
そう早口で告げるとパタパタと階段を上がって行き、私はその場に取り残される。
体感15分くらいだろうか、上の階から勢いよく扉が閉まる音がし、彼が走って降りてきた。
「今神父に伝えたら、、許可、降りましたよ。
」
息も絶え絶えでそう告げる。
「は、早いですね、、」
「実は前々から住むかもしれないって、話を通していましたから、、
もう1人うちの学園の先生が司祭なのですが、彼は今日は用事で帰れないみたいですので、寮の三階に執務室があります、そこでユナン神父がいますので、早速挨拶に伺いましょうか。」
「そうですね」
なんだかあっさりすぎて拍子抜けする。大丈夫なのだろうか、そんな身よりも不明でお金もない人間が突然お邪魔してしまって
いくら寮といっても学費や食費は全額自腹だなんて言われないだろうか?
「ユナン神父はこの教会の司祭の1人でね、私たちが暮らす白百合寮の管理と運営もしてくれています。今日から入寮して良いそうなので、私は少し仕事を片付けてから行きますので。」
「…分かりました。取り付いでくれてありがとうございました。」
いいえ 彼は微笑みながらそういい、玄関を出ていった。
こんなキリスト教なんて無知なうえ身寄りもない記憶もない私が本当に入って良いのだろうか。お金もないし…。不安しかない。
白百合寮は三階たてのシックな雰囲気の割とこじんまりした寮だった。1階がロビーと談話室のようだ。。2かいからが寮生の部屋のようだ。以外と人数が少ない寮なのかな?
人気が全然しない。
「失礼します。」
覚悟を決めて奥の執務室とかかれた茶色い扉をノックする。
1人の男性が書斎に座り何かの書類に目を通しているようだった。
外国人だろうか、腰まで伸びる灰色の髪を緩く後ろで束ねた30代くらいの男性だった。紫苑寺さんの髪色と似ているが少し濃い灰色だった。
前身何重にも覆われた派手な祭服らしき服装をしていた。
「あの…私…」
「ああ、あなたが松永結衣さんですね。斗真から聞いていますよ。初めまして、私はユナントランディーノ、この寮の管理人です。また隣のアトランティス教会の神父です。
事情は聞いていますよ。記憶を無くされたうえ、身寄りが見つかっていないとか…受け止めるのは辛かったでしょう」
「最初は……はい。でも、斗真さんがいたから、、ここまで来れました。」
「そうですね。斗真はあなたの良き味方でいてくれたのですね」
言われるがまま渡された書類を書き、学費はやはり国から支援金が補助されるようで、また、どうやら食費など必要な生活費は神父たちが支払っているらしく、自腹になる心配はなく早急にお金の心配はしなくて良いみたいで安心した。
また正式に斗真さんたちが通う秋凛学園への入学手続きも済んだようだ。
学園には来週の月曜から通って良いらしい。
単に人数調整か私への試練なのか斗真さんとは別のクラスで、1番離れた校舎すら違う場所だった。
……もう高校生だし、子供みたいなことを言っていられないことは分かっていたけれど、やっぱり、不安だな、、
「正式な信者になるには1日かけて洗礼や整体拝礼をしなければいけません。その儀式は明日、ちょうど日曜日なのでミサと一緒に行いましょう。」
「はい。」
…洗礼?聖体拝領?
次々に専門用語を言われ戸惑う。
「これはキリスト教の新約聖書です。あなたにも1冊さしあげます。」
といいものすごく分厚いBibleと書かれた本が目の前に置かれる。
「クリスチャンとして、これを暗記するよう心がけましょう。」
「こ、これを暗記ですか!?」
「あはは、すぐに、とはいいません。毎日少しづつ、読んでいただければそれで構いませんよ。日曜日の2時から、聖書の勉強会も教会で行っておりますので、分からないことがあればいつでも参加して下さい。中は同時翻訳されていますし、若者にも読みやすいよう解読されているので心配しなくても大丈夫ですよ。
あと、これを。」
?銀色の綺麗な十字架のペンダントのようだった。
「これはあなたのロザリオです。クリスチャンの証ですので、毎日肌身離さず身につけて下さい。
斗真から聞いていますと思いますが、、この寮で暮らすには守っていただきたい規律があります。ここの寮生は朝夕必ず、隣の聖アトランティス教会に集まり祈りを捧げること、協会を一般市民に解放する前に教会や敷地内の清掃を行うこと、毎週日曜日に行うミサと、聖書の勉強会に参加すること、月に何度か行われる婚礼式で私の手伝いをすることなどです。まぁ、1クリスチャンとしての基本的な規律ですから、それほど難しいものではないですよ。
白百合寮については私より斗真からの方がわかりやすいでしょう。
斗真、寮の案内をしてあげて下さい」
「はい。」
いつ来たのか、いつの間にか後ろに立っていた。
「ユナン神父って、穏やかで優しい人そうで良かったです。」
「そうでないと神父は務まりませんからね。ユナン神父は特に、昔から誰にでも人当たりがいい人なんですよ
白百合寮は、男子生徒2人女子生徒1人の計3名で暮らしている寮なんですよ。」
「え!?たったの3人?」
「驚きましたか?この寮生は皆家庭に事情があって、隣の孤児院から卒業した生徒なんですよ。」
孤児院から?なら、貴方も……?
喉まででかかったその言葉を飲み込んで、別の話題を振る
「確かに、意外と小さな寮ですね…」
「学長の支援もありますが、殆ど教会の寄付金で運営している寮ですから、決して裕福とはいえないんですよ。それに、クリスチャンたるもの、常に清貧 服従 貞節の精神が大事です、あまり余裕のある暮らしは出来ません。
1階のこの談話室の奥が女子寮、といっても1人しかいませんけれど、桜田柚といってね、結衣とは同い年です」
「本当に?仲良くなれるといいですが。
挨拶した方がいいでしょうか?」
「あ、柚は3日前から実家に帰省中なんです。今週末には戻ると思いますが、いつも毎朝必ず教会に皆集まるので、そのときでいいですよ」
「そうですか」
「2階は男子寮になっています。
2年は私1人、三年は瀬野優馬の三人です。皆さん隣の秋凛学園に通っていますので
そうそう、これをわたしわすれていました。」
「この分厚い本は…?」
「白百合寮で暮らすにあたって、守っていただきたい規則ですよ。
ここの寮生の起床時間は平日が5時、休日が6時になっています。」
「5時!?」
「えぇ、それと、明日は7時から教会で朝のミサを行うんです。」
「朝の、ミサ…?そういやさっきユナン神父も同じような言葉を言っていました」
「毎朝行う祈りの儀式みたいなものですよ。明日は日曜なので
日曜のミサには学長やユナン神父の他にもシスターも全員集まるんです。また一般市民のクリスチャンの方もいらっしゃいます。私たち寮生は司祭の補助をしなければなりません。結衣、あなたの紹介もありますので、くれぐれも忘れたり、遅れたりしてはなりませんよ。
食事についてですが、ここでは料理人も誰も雇っていませんので、当番制で、私たち寮生が料理を作る規則なんです。担当は大体一ヶ月に1度、一週間の期間朝夕の食事を作ります。クリスチャンたるもの、贅沢は禁物ですから、食費の上限も決められています。掃除も当番制になっていまして、最初のうちは寮の誰かと2人性で組んでもらうように作りましたので、心配はご無用ですよ。その他にも、様々な規則が書いてありますので、また後ほど読んでおいて下さいね。」
……さっき渡された聖書といいこれといい、、
読む前から気が重くなりそうな厚さだった。
「ここが談話室。2階の男子寮には入ってはいけない決まりなので、寮で話があるときはこの場所でお願いします。
ここがシャワールーム、男子が手前、女子が奥になっています。利用できる時間帯は夜9時までです。あ、そうそう、寮内では、毎日基本帰宅後も学校の制服を着る決まりとなっています。入浴後は寮生専用の衣類がありますので、そちらを身につけて下さい。」
「え!?ずっと制服のままなのですか?」
「休日の出かける用事のある日などは私服でも構いませんが、朝夕の食事、教会に出入りするときは必ず制服と決まっていますから。」
「随分厳しいのですね。。まあ、出かけたい用事なんて特にないから別にいいですが…」
「えぇ、教会は神聖な場所ですからね。貞節の精神ですよ。」
「着きました、ここが、結衣、あなたの部屋ですよ。
以前学園の女子生徒が利用していた部屋ですが、今は空き室です。
結衣、荷物は今はどちらに?」
「あ、まだ日用品や着替えなんかの必需品はまだ買えてなくて、」
「では備え付けの客人ようの衣服やアメニティがありますので、今日はそれをお使い下さい。」
「あ、そういえば、聞くのを忘れていました。昨日私の家で何か思い出しましたか?手がかりは掴めましたか?」
「ああ…それが…、、」
「…やっぱり、そうですか、」
彼は別段落ち込んだ素振りも見せず、淡々と話す。
「はい、ただ……」
「何か思い当たるようなことでも?」
「…いえ、何でもありません。今日はありがとうございました。色々、教えてくださって」
「いえいえ、今日は疲れたでしょう。明日は早いですし、もう眠った方がいいですよ。おやすみ、結衣」
「はい。おやすみなさい」
ベッドに横になり物思いにふける。メモ帳のことは言わなかった。悪魔や魔法なんかの超常現象じみたこと、今まで、というか、私は信じてはいないし、信じられない。だけど、あの話の全てが嘘だとは思えなかった。でも、真実にしろ虚偽にしろ、あまり人に聞かせられるような内容じゃないし、何よりこんな話をして、嫌われたり、変な人だと思われるのだけは嫌だった。
記憶のことは、もう少し1人で調べよう。
それより私には目前に迫った課題だって山のようにあるし。私は渡された聖書ととてつもなく分厚い寮のガイドブック、そして教科書を机にばらまける。
何だかとんでもないところに私は来てしまったような気がした。ものすごく厳しそうな規則に山のように覚えるべきことがある。
貰った聖書やせめて規則に関する書類を少しでも目を通そうかと思ったが、1日で気力と体力を使い果たしたのか、私の意識は、そのまま深い眠りに誘われていった。
こうして、私の新たな寮生活が始まった。