何も知らなかった
私の意識は暗闇だ。まだ暗闇の中から浮上しない。その中で、思考だけはリアルに働く。
あれは、あの記憶は、やはり、、、
先程夢と現実の狭間で、誰かの思念が、実体験が私の頭の中に流れ込んで来て、疑いが確信に変わった。
日記に書かれていたあの少女、やはりあれは、斗真さんの、お姉さんの記憶に違いない。
……………………………………………………………
目を覚ましたとき、そこは私の知らない部屋だった。大きなツインサイズのベッドに、クローゼット、液晶テレビ、ドレッサー、どれも私の見た事もないものばかり、知らない景色だった。
ここは、、一体…?
奥の扉からシャワーのような音が僅かに聞こえる。この先はバスルームだろうか。
ベッドに座り込みながらわけも分からずぼーっと辺りを見回していると、突然扉が開いた。
「か、葛城先生!?」
現れたのはバスローブのような格好に身を包んだ葛城先生だった、髪はシャワーのあとのように濡れ滴り落ちていた。
「結衣、目が覚めたのか。ああ、良かった、心配していたよ」
「あ、あの、ここは?どこですか?」
「ん?ああ、ビジネスホテルだよ。八王子駅前のね。」
「ホテル!?」
私は笑みを浮かべながら近づいてくる葛城神父から
距離をとるように後ずさる。
「先生、そんないい方だと誤解を招くでしょう。」
「と、斗真さん!?」
部屋の隅の死角にいたのか、突然斗真さんが視界に現れて驚く。
「結衣、昨夜のこと、覚えていますか?昨夜といってもまだ夜明け前だから、今さっきまでの出来事、ですが」
「……さっき……」
私は鈍くなっていた頭を少し働かせると、すぐさま先程までの情景が脳裏に浮かび上がった。
「そうだ、私、、ユナン神父に連れられて、地下牢みたいなところに入れられて、それから、知らない人に何かの薬で眠らされて…目が覚めたら、縛られてて…それから、それから私…!」
「結衣、落ち着いて下さい、ここには私たちしかいません。今は安全です、安心して下さい」
「…もしかして、た、助けてくれたんですか…?」
「私は何もしてませんよ、葛城神父が結衣の危険を感じてあの研究所に忍び込んでくれたんです。」
葛城先生が?本当に…?私は少し信じられない気持ちで葛城先生を見た。
「今は下は大混乱だろうけどね、、、迷惑だった?」
「まさか、、ありがとうございます。」
「お礼はいいよ、それより、教会にはユナンがいる、もう寮に戻ることは難しいだろう。これから結衣の処遇をどうするか考えなきゃいけない、」
「あ、あの、、その前に、あの地下施設は一体何だったんですか!?研究所って、どういうことですか?まず、それを知りたいです。教会の地下にあんな施設があるなんて、、皆、そのことを知ってるんですか?」
「……」
斗真さんに向けて話したつもりだったが、俯いたまま言葉を発しようとしない。
「そのことは私が話すよ。」
不思議に思っていると隣の葛城先生が間に入った。
「あの地下施設はね、更生の余地のない魔人や、悪魔祓いをしても結果致命傷を負い社会に出ることが不可能になった一般市民や、重大な罪を犯したあとも、不起訴や軽い服役で刑務所から出所してきた犯罪者などの、罪人を閉じ込めておく監獄のような場所だ。B2階から1階ではね、5年前まで私も働いていたんだ。」
「え!?」
そんな非人道的な施設が教会の真下にあったことも驚いたが、そんなところに、かつて葛城神父が、力を貸していたなんて…
私は怖くなり無意識に1歩下がっていた。
「そんなに警戒しないでくれ、言い訳にしかならないが…昔はあんな地下に非人道的な施設はなかったんだ。B2かいと1階だけは、表向きは、戦いにより致命傷を負ってしまった元エクソシストの入院施設だった、でもその実体はいつまでもそうではなかった。
そこの秩序もだんだん荒れていった。研究と称して患者を解剖したり、まるで人間とは思えない実験台のように患者を扱いだした。
私は学園での仕事もあったから、あまりその施設に割く時間もなかった。
私が見ない間にどんどん環境は酷いものになっていった。私はここのやり方に賛同できなかった。このままではエクソシストが滅んでしまうと感じた。私が仕事でイギリスに留学していたのは知っているよね?
帰国後はさらに研究所は酷いありさまになっていた。エクソシストの数も3分の1以下に減ってしまっていた。何とかして止めようとした。でもそれもユナンがあそこを納めるようになって、彼に従うものは数しれず、私は何もできなかった。誰も、私の言うことなど信じなかった。結社の一味であろうとなかろうと、自らの意思で悪魔と契約した者ならば誰彼構わずに、監禁し、おぞましい拷問の末に殺してしまう。本来ならば、悪魔祓いののちに契約者を助けなければいけない。それなのに彼らは、悪魔どころか魔人までも殲滅させることが正義だとしんじてやまなかった。たとえそれが人間でも。彼らは、殺人を正当化していた。
私は、反逆者として研究所での地位を剥奪され、追い出された。
だから私はエクソシストからも手を引いた。逃げたんだ。怖くて。自分が行っていた研究が、私が作り出したエクソシストを助けるための施設が、恐ろしい収容所とかし、血も涙もない地獄に成り果ててしまった。入院していた、私の担当していたエクソシストたちの何人かは、どんな洗脳を受けたのか半数が自害した。私のせいで、、私が、止めなかった。いや、止められなかった。こんな研究に、知らずとも手を貸していたことが、罪が、バレることが怖くて、、エクソシストの地位すらも奪われることが、怖くて、私は逃げたんだ……」
「葛城神父……」
その唇を噛み締めながら重苦しく、時折涙を流しながら話してくれたその彼が背負う過去は、あまりにも大きすぎて、私は何も言えなかった。
「軽蔑してくれても構わない。私も罪人だよ。」
「今も…研究所では、実験や、拷問が繰り返されているのですか?」
「……」
「このままじゃどんどんエクソシストは減少していく、今孤児院で暮らす未来あるエクソシストたちのためです。これ以上、誰も私のように拷問される人が出ないようにー。」
「私もそのつもりです。こんなやり方黙認するわけにはいきません」
「……あなたの言い分は分かりますが…」
「、、、」
「先生、今まで先生一人でなんとかしようとかかえこんでいたから上手くいかなかったんですよ。味方を増やすのです。私たちだけじゃなく、修道院のシスター全員を集めて、研究所にどれだけの人間がいるのかはわかりません。でも正義は私たちの方です。逆らえなかった今までと違って、チャンスがあるはずです!」
葛城先生はしばらく押し黙って難しい表情をしていたけれど、顔を上げ、頷いてくれた。
「フィオナさんにまず先に話してもいいですか?彼女なら信用できるはずです。」
「…結衣、これはかなりの確率だがフィオナはあちら側の人間だ。」
「え!?そ、そんなまさか…」
「結衣は知らないかもしれないがフィオナは大罪人だ。結衣の知らないフィオナの1面を私たちは知っている。それに、彼女はユナンのお気に入りだ。」
……フィオナさんが?ありえない…だって、フィオナさんは、懺悔室で私に、あんなに親身になって話を聞いてくれた。自分の辛い過去だって…打ち明けてくれた…
「警察に打ち明けたら、何とかならないでしょうか、ほら、家宅捜索、みたいな…」
「まずそんな話を鵜呑みにはしないだろうね。それに、警察は事件にならないと動かない。私たちが証拠を集めてそれを突きつけるまでは警察は頼れない。」
「つまり、監視カメラを奪う、ということですか?」
「正確にはその中のチップがいくらかあれば問題ない。念の為録音もしておいたほうがいいだろう。」
「でも…あそこの監視は厳しいんじゃ?どうやって、みんなを忍ばせるんですか?」
「下水道の中に施設の牢屋の通気口に繋がる隠し通路がある。
昔あの施設で働いていた私ならセキュリティに引っかからず侵入できる。私が中で警備員を何人か足止めする。私が、通気口を開けるから、結衣たちは下水道を通って入り込める。
地図は後で渡そう。」
「…シスターみんな連れていくんですか?それだと20人を超えますが…危険ではないですか?」
「教会に1人もいなくなれば怪しまれる。だがユナンを追い詰め施設の事実を暴くのが目的だ。なるべく大勢に知らせたい。だから連れていくのは当日当番になっている数名以外全員だ。
ユナンは必ず毎週末の夜にあの施設を訪れる。
決行の日は今週末の夜中、私は先周りして最小限の人間だけに抑えて裏から手を回しているから、ユナンが教会を出たらすぐ結衣たちはシスターを集めてあの地下通路まで来てくれ。待ち合わせ場所はB7の階の第1中央制御室、B7の管轄人は湯島というのだが、唯一私が信頼できる、というと過言だがあの人間は私のかつての部下だ。彼なら説得できると思う。斗真に集合場所までの地図を渡してある。そこからは斗真に従って私のいる場所まで来てくれ。万が一湯島の協力が得られなくても押さえつけてでも何とかしてあのかいはつかえるように手配する。なるべく、他の研究員に見つからないようにするんだ。特にユナンには気をつけなければならない。あいつは多分あそこのカーストのトップか幹部だ。それと、フィオナにも気をつけろ。」
「ユナン神父やフィオナさんに見つからないという保証はありませんよね」
「フィオナはともかくユナンは悪魔や魔人に近寄ることさえ本気で毛嫌いしている。以前は地下の断罪部屋やろうにはあまり訪れなかった。多分、当日も上のエデンの園にいるだろう。
フィオナは……当日そこにいないことを願うしかないな。」
「…結衣?大丈夫ですか?顔色が悪いですが」
「あ、、はい。平気です。…その、、私はシスターたちに信用されていません。私が集めるのは難しいです」
「ではその役は斗真にお願いするよ。彼は現役エクソシストで信頼も暑い。斗真の話ならば皆従う。」
「……うまく、、暴けるでしょうか」
「できるか、ではなくやるのです。」
斗真さんは強い意志を持った眼差しで遠くを見つめながらそう言った。
「それから結衣、これを」
葛城先生は話がひと段落ついたころ、カバンから小さな小瓶を取り出して手渡した。
「これは?」
「悪魔の呪いの進行を抑える抗生物質だよ。今はこれだけしかないが、これから大事な決戦だ。結衣が動けなければ元も子もないのでね」
「抗生物質…?」
「研究所で開発された、今のところ1番即効性のあり持続時間も長い薬、、あなたをあんな目に合わせた施設が作った薬なと飲みたくはないかもしれないが、、」
「いえ、いただきます。体調が少しでも良くなるのなら。皆の足でまといにはなりたくないですし」
私は薬を受け取りカバンに詰め込んだ。
「斗真さん、、ちょっと 」
「結衣?どうかしましたか、?」
私は葛城先生が家に帰った後、続けて出ようとする斗真さんの服の裾を引っ張り引き止めた。
「話しておきたいことがあるの。」
「それは今、必要な話ですか?…もう一度、葛城も呼びますか?」
「ううん、葛城先生はいい。斗真さんだけに、聞いてほしいの。」
「大したことじゃないんだけどね、私、昨日、あの殺されそうになって、気を失う直前ね、
見たの。」
「え?」
「斗真さんの、お姉さんの、記憶を。」
「なんですって!?」
「どうして彼女の記憶が流れ込んできたのかは、分からない。でも、日記にかかれていた女の子は、、斗真さんの、、お姉さんね?」
「………ええ、あなたのいう通りです。結衣。」
ようやく、話の辻褄があった気がした。
「当たり前だけど私に関する情報はなかった。だけど、とにかく一応伝えておこうと思って。。」
「……」
ダメだ、過去のことをくよくよしたって仕方ない。3日後に大きな試練が待ち受けているんだ。失敗は許されない。私の今後のことは真実を暴いてからよ
葛城先生からあの地下施設で開発されたという悪魔の呪いの心子を抑える薬をいくらか貰っていので、万全とはいえないが、熱は引き、大分体調は良くなっていた。私を生かすのも殺すのも、あの施設だなんて、考えたくない話だ。
だけど、私にはここでどうしても確かめたいことがあった。それは、フィオナさんのこと。私の思い出した記憶にも、はっきりした確証の得られなかった問題がひとつあった。
それは、本当にフィオナさんと斗真さんの父は不倫関係にあったのか?
それとも、フィオナさんの話や、日記のようにフィオナさんはただの代理母で、あの子供は両親の受精卵で、全て私たちの誤解だったのか?
高校生のお姉さんは、2人は不倫関係にあると思い込んでいた。だけど、確証がない。分からない。ひとつだけ、確かめる方法がある。フィオナさんと斗真さんのDNAを調べる。そうすればあの話が嘘なのか真実なのか、全ての疑問に決着がいく、
翌日、登校中の斗真さんを正門で待ち伏せして、声をかけた。
「結衣!?どうしてここに?
学校に来て大丈夫なのですか!?」
「学校にはまだ行けない。葛城先生から呪いの進行を抑える薬を貰ってるから調子は悪くないよ。
そんなことより、斗真さん…お願いがあるの」
「……DNA鑑定?結衣…まさかあの話を、本当に鵜呑みにしているのですか?」
「そうじゃない、でも…私、フィオナさんのことを、最後の最後まで、信じたいんです。」
「あなたがそこまで言うのならば…わかりました。」
「ありがとうございます!」
「結衣…こんなことをしてもただのお金の無駄遣いですよ。
だって私たちはあんなにー。」
斗真さんから注射器を受け取ると、話を最後まで聞かずに走ってホテルへ戻る。
2人は諦めているかもしれないけれど、私は諦めない。だって、2人が親子じゃなければ、斗真さんはフィオナさんを恨む理由はもうないし、フィオナさんは私の信じるフィオナさんのままだったってことになる。そうすれば誰も傷つかないですむ。
それに…フィオナさんがユナン神父とグルで私を、、あんな目に合わせようとしたなんて、、どうしても信じられない…。
私は、斗真さんの血液を貰ってから、その翌日の夜、フィオさんの分も採集しなければならなかった。だがフィオナさんが黒かもしれない疑惑の中では、今は面と向かって会うことができず、斗真さんの協力を得てその日のフィオナさんの夕食の珈琲に睡眠薬を混ぜてもらった。
夜更け、斗真さんから寝静まったという報告を受け、修道院に忍び込む。
フィオナさんが起きる気配がないのを見届け、フィオナさんの血液を無事入手することに成功した。私はすぐにホテルへ戻ろうと修道院を出た刹那、ばったり今1番会いたくなかった人と鉢合わせした。
「ユナン、神父…」
「結衣…」
どうしよう… 今この人にあってしまうなんて、、なんて不運なの。
恐る恐る表情をうかがうと暗闇ではっきりとは分からなかったものの向こうも驚きのあまり声が出ず固まったまま動かない。
今、感づかれるわけにはいかない、恐れることはない、この人はもう、、敵なんだ。
「今までどこに行っていたんですか、ユナン神父」
私は気持ちを切り替え至極冷静を保ち睨みつけながら冷たく告げる
「どうして…あ、あなたが…」
まさか、私の処刑が中止されたことをまだ知らされていない?
じゃあずっと私が死んだと思っていたわけね。それは驚くでしょうね。
「ちゃんと納得のいくまで説明して下さい!!
どういうことですか!?
私、あそこの人たちに殺されそうになったんですよ!?あんな、拷問のような機械で…!」
「……………あれは…手違いでした」
「手違いですって!?」
長い沈黙の末どんな言い訳をしてくるかと思いきや…それ?
「確かに罪人に断罪を行うこともあります。ですが結衣は違います、処刑の予定はありませんでした。私の部下達が勝手に行き過ぎた真似をしてしまったのです。」
「…私をあんな扱いで牢に放り込んでおいて?」
「あそこには数えきれない薬を開発していますから、もしかしたらあなたのように悪魔の呪いを抑える薬もきくかもしれないと思ったのです。」
「そうですか、なら私をあんな地下牢に入れてどうするつもりだったんですか?上の階には少なくともちゃんとした入院施設がありましたよね?」
「それは、、結衣は魔人でしたから、魔人の施設は地下と決められていますので。。」
「もういいです。」
「結衣、どこへー」
「忘れ物を取りに来ただけです、もうこんなとこ帰りたくないので。」
私は身を翻し教会の正門へと早足で歩く。一刻も早くこの場所から遠ざかりたかった。
斗真さんから柚ちゃんが病院に運び込まれたと私に緊急連絡があったのは私があの地下施設で殺されかけてからわずか2日後のことだった。
前日の夜、ユナン神父を除いたエクソシストで悪魔狩りに出ていた際、柚ちゃんは天使の力を使いすぎて血を吐いて倒れた、とのことだった。
柚ちゃんはすぐにユナン神父とフィオナさんをのせた車で病院まで連れていかれ、区内の総合病院に運ばれた。1夜たった今、柚ちゃんは1時は意識を取り戻したらしいが高熱に襲われ、魘され、予断を許さない状況、と聞いた。
私は天啓を得ていないし、力を使ったこともないから身体にどう負担なのかは分からない。柚ちゃんのどこが悪いのかも分からない。だけど、
時間がたつに連れて私は疑問ばかりが思い浮かぶ。
今回の悪魔は、決して弱かったわけではないけれども、人間には寄生できない低級悪魔、だと聞いた。
柚ちゃんは今まで数々の上級悪魔をはらってきた一人前のエクソシスト、それに1人で戦ったわけではなく、ベテランの先生も一緒だったのに、なぜ防げなかったのか、それに、先に寮に運ばれたらしいが、、そんな命の危機にあった柚ちゃんをどうして真っ先に現場で救急車を呼ばずわざわざ寮まで連れて帰ってきたのか、
どうしてユナン神父を呼ぶ必要があったのだろう、葛城先生でも良かったはず。。
あれから、葛城先生に何度柚ちゃんの話を聞いても、その病院で入院していること以外、何も教えてはくれなかった。
痺れを切らした私は、八王子総合病院に電話をした。そこで、予想だにしない事実を目の当たりにした。
ー桜田柚という患者は、その病院には入院していなかったー
私はいても立ってもいられず危険を顧みず教会に向かった。中庭や正門には幸い誰もいなかった。私が真っ先に礼拝堂に向かい、少しだけ開いていた扉の隙間から中を垣間見た。
案の定聖堂内にいたのは私の探していた人物、葛城先生がいた。エクソシストの講習会だろうか、見知らぬ男女数名とここのシスターと寮生も何人かいたが構わず扉を開けて、突き進む。
「ゆ、結衣!?どうしてここに…!?」
先生は突然の夢にさえ思わなかった状況の訪れにあきらかに取り乱していた。まわりのエクソシスト候補生だろうか?まわりの生徒たちの視線が一斉に私に向く。
私がここに帰ってはいけないことはよく分かっている。シスターのほとんどに私の過去の素性は知れ渡ってしまったし、ここにいればいつハルフィアや、悪魔に狙われるか分からない、何せ私は地下施設に閉じ込められ断罪されかけたあの日、名目上寮を出ていったことになっているから。だけど、今私は頭に血が上ったようにどうにもならない憤りと不安を感じて手段を選ばなかった。
「柚ちゃんをどこへやったんです!?」
「ど、どういう意味だい」
「先生が言っていた病院にはそんな患者は入院していないって直接聞いたんです!!」
「そこにいなかったら柚ちゃんはどこに行ったというのですか!まさか、、あのおぞましい研究所にいるんですか!?……どうして、どうしてそんなところに…!」
「待つんだ!結衣、その話は…、向こうで聞こう。…悪いが私は急用ができたので席を外すよ。私が戻るまで自習しておいてくれ。」
葛城先生は焦ったように教本を閉じると急いでカバンに詰め込みながらそういう。
私は不本意ながらも葛城先生に連れられて人気のない路地裏にきた。なぜか斗真さんも抜けてついてきたようだ。
「それで、やっぱり柚ちゃんは、あの地下施設に閉じ込めたんですか!?私みたいに!」
「地下にいるわけでは、、ないよ。B2階から上は通常の入院施設として機能している。少なくとも監獄に収容されているなんて、ぞんざいな真似はしていない」
「でも…公認の病院じゃないんですよね。。」
「国の病院はダメだ。受け入れてもらえないか、きっとすぐに退院させられてしまう。」
「どういう意味ですか?」
「結衣、作戦決行の前に、もうひとつ、あなたに話さなければならないことがある。本当は、知られたくはなかったようだが、、もう隠しきれない、話すよ、いいね?」
葛城神父は先ほどよりずっと真剣な表情になって私の目をまっすぐに見つめ、そして最後になぜか後ろの斗真さんに目配せした。
「一昨日、地下施設の上の階ではエクソシストの身体について研究しているといったよね。戦いで亡くなった元エクソシストを解剖したり、致命傷を負ったエクソシストを隔離し人体実験をしている、研究所だと。」
「あ…はい。」
「あそこで研究している共通している最終の研究対象は…エクソシスト病という原因不明の未知の病だ。」
「え、エクソシスト病…?」
聞いたこともない名前だ。
とてつもなく嫌な予感がした。
葛城神父は長い時間をかけて説明してくれた。だけど、途中から葛城神父の言葉は、私の耳から通り抜けていき、私には届かない。言葉の1つ1つが、まるで見えないフィルターを通しているかのような、、。
理性では、理解なんてできない、したくないのに、、本能が理解している。理不尽で、無情で、それは血も涙もないほどに、残酷な話だった。
「決してこれ以上快方に向かうことはない、でも、少なくとも何の処置もできない普通の病院よりは、ずっと長く延命を図ることができるんだ。」
何刻たったのだろう、その一言を最後に、葛城神父は話し終えたのか辺りには沈黙が流れる。
「死、死んじゃうんですか…?エクソシストは、皆、そんな、早くに…」
私は、やっとのおもいで開いた口から出た陳腐な言葉に、
自分でも嫌になる。
「……柚は純粋で汚れなき清き心の持ち主ですので、必ず天使に生まれ変われるよ。」
「そんなことを、そんなことを聞いてるんじゃない!!」
受け入れることなんてできない。
「おかしいよ、おかしいよ、そんなの…私たちは、、
ただでさえエクソシストは死と隣り合わせなのに、、未来までないなんて!そんなの、あんまりだよ…。」
涙が自然と頬を伝う。隣では斗真さんが悲痛な表情で俯いているままで一言も話さない。
私のことはどうでもいい。契約を切るためにハルフィアに向かうつもりだけど、途中で殺されるかもしれないし、利用されるだけかもしれない。それは構わない。私はそれだけの罪を犯したから。やれるだけやって、無理ならば私はそこまでなのだろう。諦めがつく。でも皆は違う。
エクソシストの皆は、、私みたいに大罪人じゃない、
生きる希望がある、未来があるはず!ずっと近くで見てきた。彼らが人々のために時に非難を浴びながらも命懸けで悪魔祓いをしてきたこと、世俗の学生生活とは縁を切って厳しい訓練を続けてきたこと、私は知っている。エクソシストは誇らしい職業だと、胸を張ってそう思えた、なのに……
瀬野さんも、柚ちゃんも、もう時間がないだなんて……斗真さんにもし天啓がまた戻ったら、、この人も、、
私は自分の思いが抑えきれなくなった。
「原因は本当に分からないんですか?手術でどうにかならないんですか?葛城先生はイギリスにまで言ったのに解決策ひとつ見つからなかったんですか?
どうして瀬野さんたちに言わなかったんですか?自分の命が残り少ないことすら知らずに戦わせ続けるなんて酷だと思わなかったんですか?
斗真さんはそれで納得できるんですか?市民のためにあらゆるものを犠牲にして命をかけて戦っているのに、未来に希望すらないなんて、そんなの許せるんですか?」
「結衣、」
バカみたいに、矢継ぎ早に質問しつづける私の肩を、そっと斗真さんが慰めるように手を置いた。
「私は未来に希望がないなんて思っていません。
私は、ずっと自分は、無価値な人間なんだと思っていました。私は多くの人を不幸にして生まれてきた、望まれない子でしたから。どこへ行っても疎まれ、蔑まれて、
だけど、、私が今、こうして生きていられるのはこの教会の人たちのおかげです。」
「でも…!」
「メデューサの力が嫌になったこともあります。最初、エクソシスト病のことを知ったときも、受け入れられなかった。この世界にはエクソシストが必要です。エクソシストがいなければ日本は今よりずっと苦しむ人たちが増えてしまいます。
私には彼らを救う力があります。今は天啓は失ってしまったけれど、私はエクソシストです。私の力の及ぶ範囲は狭いけれど、それでも、この街の人々を悪魔から守るのが私の使命であり、今では私の大切な生きがいなんです。
結衣、結衣もそう思って、エクソシストになる決意をしたのではないんですか?私に反発してでも守りたかったものがあったのではないんですか?」
「あー」
「私はあのころ結衣には残り少ない命でも何も知らずに幸せに生きて欲しかった。だから、エクソシストなんて危険な してほしくなかった。でも、結衣の覚悟を聞いて、結衣を見ていて、私の考えも変わりました。結衣と私は同じなんだって、、エクソシストになったからこそ、結衣を守ることができた。
それにいエクソシス病はいつか必ず抗生物質の開発に成功してくれるでしょう。私たちの死は決して無駄にはなりません。」
「……あの月食の日、もし本当に月が出ていたら、三人で悪魔祓いをするつもりだったのよね?自分の命を削ってでも…」
「………」
「そんなの、勝手だよ……勝手すぎるよ!!
斗真さんはそれでいいかもしれない、でも残された私はどうなるの?私の気持ちは!?
私、斗真さんたちを失ってまで、そうまでして生きたくない!
斗真さん、いつも言ってたよね、私には幸せに生きてほしいって、、私の世界に斗真さんがいなければ、私は一生幸せになんてなれないんだよ。。」
斗真さんはそれ以上何も言私なかった。泣いている子供のあやしかたが分からず困ったような笑顔を浮かべるだけだった。
2人が寮に帰ってからも、ずっと私の時は止まったようにベッドから動けなかった。二日後には大きな作戦が待っているというのに、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
斗真さんはずっとエクソシストは長くないことを知っていて戦っていた。多分、彼は昔天啓を得て大きな力を使っていた。だから次に天啓を得れば彼の寿命は遥かに縮まるかもしれない、そう葛城先生は言っていた。
斗真さんの気持ちが分からない。自分の命を犠牲にしてまで、エクソシストで居続ける理由が分からない。それに…今天啓を得ている瀬野さんは特に、いつ発症してもおかしくない状態だと言っていた。
止めないと…瀬野さんは何も知らない。柚ちゃんがああなって…瀬野さんまで発症してしまったら…私は…
その日の深夜、近くに悪魔の気配を感じて目を覚ました。
近くに、いる…
私は立ち上がり聖水と聖書をポケットに詰め込み外に飛び出した。




