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イルカのショーは楽しかった。飼育員さんの合図に合わせてピョンピョン飛んだり跳ねたりするイルカたちは可愛いかったし、水槽中でザブーンと波を立ててわざと客席に水しぶきをかける姿は圧巻だった。
「やっぱり前の方の席の人はがっつり濡れていましたね。」
ショーのあと、二人はフードコートに来ていた。
お互いに注文したものを待つ間、弥生は興奮気味に先ほどのイルカショーの話をする。
「そうだね。あの席にして正解だったね。でも、今度来たときは雨合羽と着替えを持ってきて一番前の席でずぶ濡れになるのも楽しそうだよね。」
やっぱりジロウさんは前の席で見たかったのかもしれない。
「そうですね。ちゃんと準備して来たら前の席で見るのアリですね。」
そんな話をしながら昼食を食べて、残りのエリアも楽しんだ。
ジンベイザメのいる水槽は広くて大きくて、優雅に泳ぐお魚たちはとても気持ちよさそうだったし、小さな水槽の中で見え隠れするチンアナゴをジロウさんはとても気に入っているように見えた。
そんなチンアナゴももちろん可愛かったけど、そのチンアナゴを興味深そうに見つめるジロウさんを横目で観察しているのも楽しかった。
あっという間に時間は過ぎて、夕方になり帰路についた。
何て楽しい一日だったのだろう。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。本当はもう少し一緒にいたかったけれど、ジロウさんにもきっと予定があるはずだからわがままを言う訳にはいかない。
律儀に弥生の家まで送ってくれたジロウさんに、
「今日はどうもありがとうございました。すっごく楽しかったです。」
満面の笑みで弥生はお礼を言った。
ニコニコしていたジロウさんが、少しだけ真面目な顔をして、
「弥生ちゃん、またデートに誘っても良いかな?」
「え?デート、ですか?」
「うん。デート。」
「は、はい。ぜひ!ジロウさんと一緒にお出かけできるの、嬉しいです。」
真っ赤になりながら、精一杯自分の気持ちを伝える。
「ありがとう。また連絡するね。」
そう言ってジロウさんは弥生のおでこにチュッとキスをした。
弥生が驚いて大きく目を見開いて固まっていると、
ジロウさんの指がスルリと弥生の頬を撫でて、
「じゃぁ、また。」
そう言って去っていった。
じゃぁ、また。そう言ったジロウさんの後ろ姿を眺めながら、弥生は今あった出来事について思い返していた。
ジロウさんは、私に好意を持ってくれているのだろう。
その好意は、異性として好きということなのだろうか?はたまた妹のような存在なのだろうか?それともペットみたいな存在なのだろうか?
ジロウさんが触れたおでこと頬が異常なほど熱い。
私の中はもう、ジロウさんで溢れかえっているのに、この思いの行き場は一体どこにあるのだろうか?
ジロウさん、好きです。
誰もいなくなった廊下に向かって、弥生は小さくつぶやいた。