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「わー、水族館なんて久しぶりです。嬉しい!」
弥生はにこにこしながらジロウさんを見上げた。
「そう。気に入ってくれたみたいでよかったよ。」
穏やかな笑顔でジロウさんが答えてくれる。
「あっ、イルカショーがあるみたいですよ。11時からだって!」
声を弾ませる弥生に、ジロウさんは優しく微笑んで、
「本当だね。とりあえず時間まで、順番に周ってみようか。」
そう言って、自然に弥生の手を取って歩き出した。
「え?え?え?」
驚いた弥生は、顔を真っ赤に染めながら、ジロウさんに引かれるように歩き出す。
振り返って、ニヤリと微笑みかけながら、ゆっくりと歩き続けるから、弥生は自然とジロウさんの隣にたどり着き、一緒に肩を並べて歩くことになった。
隣を歩くジロウさんを見上げると、ん?と小首をかしげられたけど、弥生は何も言えずに、うつむいてしまう。
つないだ右手が熱い。人と手をつなぐとこんなにも体温が上がることに今更ながら弥生は気づき、またひっそりと頬を赤めた。
水族館は思った以上に楽しかった。
最後に水族館に来たのはいつだろうか?小学校の遠足だったかもしれない。
こんな風に大人になってから訪れる水族館は、子どもとは全く違う楽しみ方ができることを、弥生は今日知ることができた。
「わー、クラゲがこんなに綺麗なんて、今まで気にしたことなかった。」
そう言って弥生が一生懸命写真を撮ろうとする姿を、ジロウさんは優しく見守ってくれたし、
弥生がうまく写真が撮れなくて四苦八苦しているのを見て、「こういう場合は、こうやって撮れば上手に撮れるんじゃないかな?」と言って、カメラの設定やらなんやら、弥生が今まで使ったことのないマニュアルモードに変えて上手に写真を撮ってくれた。
たくさんの水槽に色々な種類の魚たちが展示されているエリアは、静かで薄暗い。その薄暗さが今の弥生には心地よく感じた。
手をつないでいることも気にならなくなるし、ジロウさんとの距離が近いのも明るい場所よりは気にならない。
ジロウさんが選んでくれた水族館というチョイスはベストだったかもしれない。
「きゃー、ジロウさん、ペンギンですよ!」
順路に従って歩いていると、ペンギンのお散歩に遭遇して弥生は思わず興奮した声をあげてしまった。
「か、、かわいい。。」
弥生の瞳はヨチヨチと列をなしながら一生懸命歩くペンギンの集団にロックオンされている。
そんな弥生をみながら、「かわいいね。」とジロウさんも答えてくれる。
「お散歩しているところに遭遇するなんて、ラッキーですね!」
テンション高めでジロウさんに話しかけながら、写真を撮ろうとカメラを向ける。
焦ってアワアワしていると、くすりと笑いながらジロウさんが、手伝ってくれた。
「ほら、さっきとは違ってここは明るいところだから、オートに戻して撮ると綺麗に撮れると思うよ。ここのボタンを押してごらん。」
教えられた通りに設定を変えてカメラを向けてペンギンを撮っていると、後ろでジロウさんも自分のカメラを取り出してカシャカシャと撮影している。
「ありがとうございます、ジロウさん。おかげで可愛いペンギンの写真が撮れました。」
十分にペンギンの写真を撮り終えて、にっこり微笑みながらジロウさんにお礼を言った。
「どういたしまして。僕も可愛い写真が撮れたから満足だよ。」
ふふふ、となんだか意味深な笑みとともに、ジロウさんも答えてくれる。
「弥生ちゃん、そろそろイルカショーの時間だよ。」
「え?もうそんな時間ですか?」
「うん、早めに行かないと席がなくなっちゃうかもしれないから、行こう。」
そう言って、当然のように弥生の手を握って、ジロウさんは会場に向かおうとする。
「弥生ちゃんは、前の方の席で見たい?濡れるかもしれないみたいだけど。」少しだけおどけてジロウさんが聞いた。
「私は、、、ジロウさんはどっちが良いですか?」
本当は近くで見たい気持ちもあったけど、濡れてしまうのが嫌だな、という気持ちの方が強かった。でも、ジロウさんが前で見たいならそれでも良い気もした。
「僕はどっちでも良いよ。濡れた弥生ちゃんもかわいいだろうし。」ふふっ、と笑みをこぼしながらジロウさんは返事する。
「でも、濡れちゃうと着替えないし、、」
やはり濡れることに躊躇する弥生は、言い訳がましく反論する。
「そうだね。今日の弥生ちゃんの格好はすごく可愛いし。それが濡れちゃったら残念だもんね。じゃあ今日は濡れない席で見よう。」
その言葉を聞いて、思わず弥生は頬を真っ赤に染めてうつむいてしまった。
よかった。ジロウさんの好みに合ってた。
弥生が頬を染めてることに気づいているのかいないのか、ジロウさんは弥生の手を引きながらショーを見に来た人でごった返しつつある会場にそそくさと入り、スマートに座席を見つけて落ち着いてしまった。