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約束の土曜日は、朝から雲一つなくよく晴れた日だった。天気予報でも雨の気配は全くなく、傘の心配をする必要もない。
弥生はジロウさんが指定した待ち合わせ場所に約束の少し前に到着するように家を出た。ジロウさんは気を利かせて弥生の最寄り駅を待ち合わせ場所に指定してくれたので、迷う心配もなく時間の心配もせず家を出ることができた。
昨夜はドキドキしすぎてあまり眠れなかったけど、眠気は全くない。むしろアドレナリンが過剰に出ているのではないかと思うほど目は冴えている。
無駄に早起きして朝食を食べた後シャワーを浴びて、用意していた服を着て鏡の前で何度も変なところはないかチェックして、それでも時間が余ったから軽く部屋の掃除までした。
洋服は、頑張りすぎず、でも女性らしさの強い春ニットとプリーツスカートに少しヒールのある靴を合わせた。
遊園地に行くのならパンツスタイルの方が良いかもしれないと思ったが、少しでも可愛くみせたいと思う弥生の女心が勝った。ジロウさんの好みを弥生は知らないが、こういった格好を嫌う男性はあまりいないと思う。
ジロウさん、何て思うかな。
約束場所に早く着き過ぎてしまったら、きっとドキドキしすぎて正気で待っていられないと思い、ギリギリまで家で時間を潰してから家を出た。それでも緊張からかいつもより足取りは早く、予定より少し早く待ち合わせ場所に到着してしまった。
キョロキョロと周りを見渡して、どこで待っているのが良いのだろうかと考えていると、駅の方からジロウさんが歩いてくるのが見えた。
今日のジロウさんは、シンプルな黒いシャツにデニムのパンツだ。普段はもっとラフな格好を見ることが多いので、弥生にとっては新鮮で思わず動きを目で追ってしまう。
弥生と目が合うとにっこり微笑んで少しだけ早歩きで弥生の前まで来てくれた。
「おはよう」
あきらかに弥生より先に来て待ってくれていただろう雰囲気だが、こちらに申し訳なさを全く感じさせない笑顔で優しく声をかけてくれる。
「おはようございます。お待たせしましたか?」
「そんなことないよ。まだ時間前だし。」
にっこり笑うジロウさんの笑顔が眩しい。
「行こうか」
そういってスマートに背中に手を回され、一緒に駅に向かって歩き出した。
土曜日の朝は平日のラッシュ時ほど混んではいない。それでもどこかへお出かけする人々である程度の込み具合をみせていた。
そのせいか、ジロウさんは私の背中から手を離さない。ちゃんと僕のそばにいて、と言われているみたいで弥生は少し気恥ずかしい気持ちでいた。
「ジロウさんもこの辺りに住んでいるんですか?」
弥生は気になっていたことを尋ねてみた。
「最寄り駅ではないけど、そんなに遠くはないよ」すました顔で答えてくれる。
「今度遊びに来る?」そう言っていたずら顔で微笑みかけられた。
「え?」一瞬、言われたことが分からなくてフリーズしてしまう。そして、自分の顔がゆでダコみたいに赤くなっていくのを弥生は瞬時に悟って、頬に両手をやった。
「はは。可愛いなぁ、弥生ちゃんは。」
「からかわないでください!」
「からかってはいないんだけどね。」
ジロウさんがそう言ったタイミングでちょうどホームに電車がやってきたので二人で電車に乗り込んだ。
乗り込んだ電車も、ちらほらと立っている人がいる程度に混んでいたが、ふたりで並んで立てるくらいの余裕はあった。
全てジロウさんにお任せしてしまったので、弥生は今日の予定を全く知らされていない。
「どこへ行くんですか?」
ジロウさんについていけば良いだけなので、行き先がわからなくても困らないが、何となく聞いてみた。
「ん?きっと弥生ちゃんが好きな場所。」
「絶叫系ですか?」
だったら、今日の服装は失敗だったな、と思いながら質問する。
「それも良かったんだけどね。実は僕が絶叫系は得意じゃないんだ。」
苦笑しながらジロウさんは答えてくれる。
「そうだったんですか?あんなこと言ってくるから、てっきり好きなのかと思っちゃった。」
つぶやくように返すと、
「まぁ、乗れなくはないんだけどね。今日はもっと静かでゆっくりできるところ。きっと弥生ちゃんは好きだと思うよ。さぁ、ここで乗り換えよう。」
そう言われ停車した駅で一旦降車した。
そこから電車を乗り換えて、到着したのは水族館だった。