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あの後もジロウさんは同じペースで同じ時間帯に店にやってくる。

同じ席に座って同じように本を読んでいるし、店でのジロウさんは、何一つ変わらない。

ひとつだけ進歩したことと言えば、店にやってきたジロウさんにお水を持っていくと必ず、「こんにちは、弥生ちゃん」と笑顔を向けてくれるようになったことと、「こんにちはジロウさん。いつものでいいですか?」と弥生がオーダーと言えないオーダーの取り方をするようになったことくらい。


今日のジロウさんはコンピューター関連の難しそうな本を読んでいた。コーヒーをサーブしたあと思わず、

「難しそうな本ですね」と声をかけてしまった。


「え?」一瞬ん不思議そうな顔をした後、ジロウさんは少しだけ笑った顔を見せて

「そうかな?弥生ちゃんはこういう本は読まないの?」と聞いてきた。


「コンピューター関係はどうも苦手で」と苦笑いする。


「そうなんだ、僕で分かることなら教えてあげるよ」にこりと笑いながら返答される。


「え?」


「一応SEだからね」


「え?SEなんですか?」

驚いたように弥生の目が見開かれる。


「うん。似合わない?」


「いえ、そう言う訳ではないんですが、どちらかというと電子機器が苦手なのかと思ってました。」


「そうなの?」


コクコクと頷きながら答える。

「いつも、紙の本を読んでるし、ここでパソコンどころかスマホも開かない人なんて珍しいので」


「あはは。なるほどね。確かに仕事で嫌というほど電子機器に触れているから、日常では触れたくなくなることもあるんだ。本は紙で読むのがベストだと思ってるし。保管するのに場所は取るけどね。ここでスマホは開かないって何となく決めていて。でも普段はそんなことないんだよ」

ちょっと照れたように早口で、言い訳するように話すジロウさんが少しだけ可愛いと思った。口には出せなかったけど。


「じゃぁ、私の苦手なパソコンのことはジロウさんに教えてもらうことにします」

にっこり笑ってそう返すと、


「任せておいて」と頼もしい返事が返ってきた。



お客さんが途切れたタイミングで、ジロウさんが弥生に向かって手招きした。にっこり笑っておいでおいでとされると、つられるように体はスススッとジロウさんのところに向かっている。お客さんに呼ばれたと思えば普通の行動も、バイト先でジロウさんに呼ばれているというだけで、少しだけ気恥ずかしい気持ちになる。


「弥生ちゃん、次のお休みはいつ?」

椅子に座ったジロウさんが上目遣いに弥生を見る。


「ど、土曜日です」

上目遣いのジロウさんは色気が2割増だ。上擦る声を抑えながら答える。きっと弥生の顔は真っ赤になっているはずだ。


「じゃさ、一緒にお出かけしない?」

まるで、コーヒーおかわり、というかのようにデートのお誘いが振ってきた。

弥生はおどろいて目をまん丸にして一瞬固まったあと、何も言えず首を縦にコクコクと大きく振った。


「よかった。」

そう言ってやっと弥生から視線を外したジロウさんは、小さくホッと息を吐いて、「後で連絡するね」

そう言って伝票を持って席を立った。


放心状態でつっ立っていた弥生は一テンポ遅れてハッと気づき、ジロウさんのあとを追いかけていく。


お会計を終えて店を出て行くジロウさんに「ありがとうございました」と声をかけながら、弥生はもう仕事は上の空で、何も考えられなかった。




上の空の中、何とかミスなく仕事を終えてスマホをチェックすると、早速ジロウさんからメッセージが入っていた。

”仕事お疲れさま。土曜日はどこか行きたいことろある?何か希望があれば教えて。”


シンプルに用件だけが記載されたメッセージを眺めながら、ジロウさんらしいな、と弥生は思った。


”お疲れさまです。どこでも大丈夫です。”

ここまで打って、ジロウさんと出かけられるなら、と心の中で思ったけれど、流石にそれは打てなかった。

どうしようか一瞬迷ったが、このままメッセージを送信してしまった。


”絶叫マシーンとかお化け屋敷でも大丈夫?”

すぐに既読が付いて、返信が来る。


”絶叫マシーン大好きです。”にっこりマークを付けてオンタイムで返信する。


”了解。10時に○○駅前で待ち合わせで良い?楽しみにしてて。”ニヤリと笑った顔マーク付きで返事が返ってくる。


”はい、大丈夫です。楽しみにしています。”

絶叫マシーンは本当に好きだし、お化け屋敷に連れていかれたら、怖いのを口実にジロウさんに抱きつけるかも、と邪な思いが少しだけ頭を過ったけど、素面の自分にはそんな勇気はないだろうなぁとと頭を振って否定した。



土曜日まであと3日。カレンダーに赤い丸印を付けて、遠足を楽しみに待つ幼稚園児みたいに指折り数えながら当日までの時間を過ごした。




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