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仕事が休みだったその日、あまりにも良いお天気につられて弥生は何も目的のないお出掛けに出た。
頭上で眩しく輝く太陽は普段だったら暑くて、少しくらい雲がかかっていても良いのに、と思うのに、その日の弥生にはそれが心地よく、思わず大きく手を広げて空を眺めたくなる気分だった。
お出掛けと言っても、いつもの繁華街をぶらぶらと歩くだけ。
目的もなくお気に入りの店を梯子して、新しく入った商品を見たり、何度も訪れている本屋のお気に入りの本棚を隅から順番に眺めたり。
疲れたら、角を曲がって少し奥まったところにひっそりと佇んでいるカフェで休憩して、また違う店へと足を向ける。
大学入学と同時に引っ越してきた大好きなこの街は、もうすでに弥生の庭となっていて、どこへ行くにも迷うことなんてない。
近道だって、隠れ家みたいなお気に入りのお店だって、目を瞑ってでも行けるくらい熟知していた。
それでも入れ替わりの激しいこの街の店は、いつの間にか新しいお店に入れ替わっていたりして、それはそれで新しい発見でもあるので、弥生は毎回隅から隅まで街を散策する。
いつも立ち寄るセレクトショップを一回りして、陽が傾きかけた屋外へ出ると、
「弥生ちゃん?」
と後ろから声を掛けられた。
振り返るとジロウさんがスーツ姿で立っていて、びっくりした弥生は何も言えないまま目をまん丸くして立ち止まった。
「奇遇だね。買い物?」
「あ、こんにちは。はい。今日はお休みなので、ちょっとぶらぶらしていたところです」
「そっか、今日は休みの日なんだね」
そう言ってジロウさんは何か考える仕草をした。
スーツ姿のジロウさんは、カッコいい。
もちろん普段着のジロウさんもカッコいいけど、スーツ姿だと3割増しだ。実はスーツフェチだったのか、と弥生は心の中で思いながら、ジロウさんから目を離せないでいた。
「あの、お仕事ですか?」
時間は6時前になろうとしていた、定時で終業していたら仕事帰りだが昨今のご時世だと、残業とはいえ仕事中の可能性も大いにある。
言葉を選びながら尋ねる。
「ん?うん。ちょうど退社して家に帰るところなんだ。よかったら、一緒に夕飯でもどうかな?」
予想外の返事に、顔が赤くなるのを自覚した。
「え?私と、ですか?」
「うん、もし良かったら、だけど。嫌なら断ってくれて全然構わない。君をどうこうしたい訳じゃないんだ。ただ、この間の話の続き、もう少ししたいなと思って」
ちょっと照れたように視線をそらせながらジロウさんは言った。
「この間の話の続き・・」
「うん、リノベーションに興味あるって言ってたじゃない。あれ、もう少し詳しく聞きたいな、と思って」
「あ、はい。じゃぁ」
本当は嬉しくて飛び上がりたい気分だったけど、恋に奥手の弥生はどうしていいかわからず、半ば固まった状態のままジロウさんの誘いを受けた。
「うん。じゃぁ行こう」
そういってジロウさんは弥生の背中に手を置いて、ゆっくりと行き先を誘導した。
「何か食べたいものはある?」
歩き始めてすぐジロウさんに聞かれた。
「いえ、なんでも」
弥生は緊張しすぎてそれどころではない。好きなものを答えたところでとてもじゃないが味わえるとは思えなかった。
「じゃぁ、弥生ちゃんの食べれないものとか、嫌手なものは?」
「いえ、なんでも大丈夫です」
首を横に振りながら答える。視線は前を向いたまま。
「ふふ。そんなに緊張しないで。取って食ったりはしないから」
そう言って少し笑ったジロウさんは、もう行き先を決めているように迷いなく歩いていく。
弥生は促されながら、ただついていくことしかできなかった。
俯き加減に歩く弥生には弥生の履いているお気に入りのスニーカーとジロウさんの革靴が目に入った。
足を進めながら、不釣り合いな足だなと思った。