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いっぱいになったお腹を慣らしながら、至福の気持ちで駅までの道のりを歩いた。
行きと一緒で治朗さんと手を繋いで。
時々、サンダルが足に当たって痛い。
剥け始めた靴擦れに、少しだけ変な歩き方をしたのかもしれない。
「どうかした?」
治朗さんが気遣いながら声をかけてくれる。
「いえ、少し足が…」
「え?あ、靴擦れ?
ごめん、気づかなかった。大丈夫?タクシー呼ぼうか?」
治朗さんの足取りがゆっくりになる。
「大丈夫です。少し痛いだけで、駅まで歩けます。」
にっこり微笑み返しながら、答える。
「気づかなくてごめんね。もし辛いようだったらいつでもタクシー呼ぶから。」
そう言って治朗さんはスマホを取り出すから、弥生は慌てて「大丈夫です!」と答えた。
駅までの道中は、治朗さんが気にかけてゆっくり歩いてくれたおかげで、靴擦れの痛さを感じずに歩くことが出来た。
電車はさほど混んではおらず、ふたりで座れるくらい余裕があったけど、治朗さんが弥生を優先して座らせようとしてくれるのが伝わってきて、弥生はくすぐったいような温かい気持ちになった。
弥生としてはこのまま家まで帰れそうだなと思ったのだが、治朗さんが最寄り駅に着くなり弥生を伴ってドラッグストアに入って絆創膏を買ってくれた。
「あ、あの、治朗さん?私、本当に大丈夫ですから。」
弥生は慌てて説明する。
「僕が大丈夫じゃない。気づかなくてごめんね。たくさん歩くって事前に言っておけばよかった。痛い思いさせて、ごめん。」
申し訳なさそうに治朗さんは反論して、お金は自分が出すと譲ってくれなかった。
ドラッグストアを出て、駅前のベンチに座ってで靴擦れに絆創膏を貼ろうとしていると、
「あれ?じっちゃん?」
誰かの声が聞こえた。
隣にいた治朗さんが顔をあげる。
「おぉ、大和?久しぶり!元気か?」
「元気元気。じっちゃん、本当に久しぶりだね。こんなところで会うなんて。じっちゃん、今この辺住んでるの?」
「あぁ、この辺と言えばこの辺かな。大和は?今何してるの?」
「俺?ちゃんと公務員続けてるよ。」
「はは。そうか、えらいな。」
「じっちゃんは変わらず?」
「だな。変わらず、しがないサラリーマンだよ。」
「そっか、元気そうでよかった。そう言えば、この前里子と澪に会ったよ。久しぶりにじっちゃんにも会いたいって話してたんだ。」
「へぇ、里子と澪がね。そうだね。またみんなで集まれたら良いね。」
「おう!んじゃ、また。」
「うん、また。」
治朗さんのお友達は行ってしまった。
「ごめん、弥生ちゃん。足大丈夫?」
治朗さんが屈んで目線を合わせて聞いてくれる。
「はい、大丈夫です。絆創膏ありがとうございます。」
「いや、痛くなくなると良いんだけど。行こうか」
差し出された手に掴まり、弥生は立ち上がった。
弥生の家までの帰り道、
「さっきの、お友達ですか?」
恐る恐る弥生は尋ねる。
「うん、高校の時のね、同じ部活仲間だったんだ。」
「そうだったんですね。」
「高校生の治朗さんて、どんなでしたか?」
しばらく無言が続いたあと、弥生は思い切って質問してみた。
「そうだねー、高校生の頃は、この世に怖いものなんてないって思ってたかも。バカなことばっかりやってた気がする。」
懐かしむように治朗さんが答えてくれる。
「いいな。私も高校生の治朗さんに、会いたかったな。」
「ふふ。僕も、高校生の弥生ちゃんに会ってみたいよ。」
「え?私の高校生活なんて、超真面目でなにも面白いことなかったですよ。」
「そうなの?でも高校生の弥生ちゃんも可愛かったんだろうな。そんな弥生ちゃんをからかったりして。きっと、僕と弥生ちゃんが高校生で出会ってたら、弥生ちゃんは僕を嫌ってたと思うよ。」
面白そうに治朗さんは言う。
「そんなこと、ないと思うけど。」
「いや、僕がふざけて、弥生ちゃんを怒らせてたと思う。」
「そんなこと、ありませんよ!どんな治朗さんだって、きっと素敵だと思います。」
「それは、買いかぶりすぎだと思うけど、ありがとう。」
そう言って治朗さんは苦笑した。