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治朗さんはいつも通り、弥生を家まで送ってくれた。
「お腹いっぱいです。夜遅くにデザートまで食べちゃった。」
少しの罪悪感と、満腹の多幸感でにこにこしながら弥生は言う。
「ご満足いただけたみたいで良かったよ。」
帰り道、当たり前のように手を繋ぐ。
今までと違う距離を感じて、心が温かくなる。
こんな風に、二人で手を繋いで歩くことが当たり前になれば良いのに、と弥生は思った。
こんな風に夜道を二人で歩くことにもだんだんと慣れてきた気がする。
治朗さんが迷うことなく弥生の家まで送ってくれることが普通に思えるなんて、慣れとは恐ろしいものだと思う。
ふっと見上げた空に月が輝いていた。
「お月様が綺麗。」ぽつりとつぶやくと、隣で治朗さんも、「ほんとうだね。もうすぐ満月だね。」と答えてくれる。
さっきたくさん話した反動か、二人の会話は弾まなかったが、それがむしろ心地よかった。
二人の足音だけが響き、月明かりが二人の足元を明るく照らしてくれている。
「弥生ちゃんは夜景と星空だったら、どっちが好き?」
治朗さんが唐突に質問する。
「えっと、私は星空かな。」
「うん。そんな気がした。」
「子どもの頃、毎年夏に家族でキャンプに行ってたんです。普段は夜更かしなんてさせてもらえなかったけど、キャンプの時は特別で、夜、真っ暗の中を星を見に丘の方まで皆で行くんです。あ、キャンプ場から少し歩くと見晴らしの良い丘があって。
真っ暗の中をライトの明かりだけで歩くのは怖かったけど、光がないからこぼれ落ちそうなほど星が見えて、圧巻でした。
一番上の兄が星が好きで、だから今思うと多分わざとだったと思うんですけど、新月とか月が薄い時に行くことが多かったんだと思います。
とにかく道が暗くて怖くて、でも道が開けると目の前にバッって満天の星空が広がって。ただただ綺麗だと感動していたのを覚えています。兄が横から、あれが何星だとか、あそこに見えるのは何座だとか、色々押してくれるんですけど、星がありすぎて私にはさっぱりわからなかったんですけど。でもとにかく目を見張るくらいたくさんの星が、綺麗でした。懐かしいな。もうずいぶん昔のことだから。」
そういって弥生は懐かしそうに目を細めて空を見上げた。
「そう。楽しかった思い出なんだね。」
「はい。ここは都会だからあまり星は見えないですね。だから見える星が何かはすぐにわかるけど。」
地上の光を反射して、夜でも薄暗い空を、弥生は見上げたまま言った。
「今度さ、一緒に星空を見に行かない?」
「良いですね。」
弥生はにこりと微笑みながら返答する。
「どこか良い場所を探しておくよ。」
気づけば弥生の家の近くまで来ていた。
弥生は離れがたい気持ちが増して、ぎゅっと治朗さんの手を握った。
それに気づいた治朗さんは、同じようにぎゅっと握り返してくれる。
「弥生ちゃんは、電話は嫌い?」
治朗さんが伺うように、遠慮気味に聞いてくる。
「嫌いじゃないです。」
本当は少しだけ電話は苦手だけど、治朗さんとの連絡手段に電話が加わるのは大歓迎だ。
「今度、電話しても良い?」
「はい」
嬉しくて、照れ隠しに下を向いて小さな声で答える。
あっという間に弥生の部屋まで着いてしまった。
今日の治朗さんはとても紳士的で、弥生が鍵を開けて部屋に入るのを見届けると、「おやすみ」と行って踵を返して帰っていった。
そのあっさりとした態度に、弥生は少し物足りなさを感じながら部屋に入った。