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水族館デートのあと、ジロウさんはしばらく店に顔を出さなかった。

仕事が相当忙しかったらしい。

それでも、時々弥生の携帯にはジロウさんからメッセージが届いていたし、弥生も日常にあったことなんかをジロウさんに報告することがあったから、淋しいと思う気持ちはさほど強くはならなかった。

会いたいという気持ちは日に日に増しているように思えたけれど、弥生はその感情からはできるだけ目を逸らして今までと同じように毎日を淡々とやり過ごした。


ジロウさんが次に店にやってきたのは、水族館デートからすでに2週間以上過ぎてからのことだった。


カランカランと扉が開く音がして、いつもどおり「いらっしゃいませ」と扉に振り向きながら声をかけた弥生は、目の前に飛び込んできた少し疲れたように見える、でもいつものあのジロウさんの姿に目を大きく瞠って思わず声をあげそうになった。


お水を持ってジロウさんの席までいくほんの数歩の距離に緊張し、どんな顔をすればいいのか考えながら緊張した面持ちでジロウさんと対面した。

そんな弥生を、ジロウさんはいつもと変わらぬ表情で見つめたあと、ふっと笑って、

「久しぶり。元気だった?」と弥生に声をかけてくれた。


弥生はコクコクと一生懸命頷きながら、「はい。ジロウさんもお元気でしたか?」と返す。声が裏返らなくてよかった、と内心ほっとした。


「うん。忙しくて疲れてるけど、体は元気。」


「そうでしたか。お疲れ様です。いつもので?」

照れ隠しのようにお辞儀して、まくしたてるように注文の確認をする。

ジロウさんに触れられたい、と心が騒ぐ。

あれから1ヵ月も経っていないのに、顔を見るだけでこんなにも胸が躍るなんて私はどうかしているのかもしれない、と弥生は思った。


「うん、そうだね。お願いします。」

穏やかに微笑んでジロウさんはそう答えた。


「はい。」

離れがたい。でも仕事中だ。


マスターの元に戻ってブレンドコーヒーを注文する。

コーヒーが淹れられるまでの間、弥生はソワソワしながら待った。

ほんの数分がとてつもなく長い時間に感じられる。


淹れられたコーヒーをジロウさんの元に運ぶ。

「お待たせしました。」そう言って、こぼさないように気を付けながらサーブする。


サーブして離れていく手を、ジロウさんはスッと触った。

ビクリと反応してしまう。

少しだけいたずらっ子みたいな表情をしたジロウさんが、上目遣いに「何時まで?」と囁くように聞いて来た。

「今日もラストまでです。」俯いたまま小さな声で答える。

ちらりと時計をみると、閉店まであと30分ほどだった。


「待ってるよ。」

にこりと笑って持って来た本に目を移したジロウさんは、それから弥生の方には一度も振り向かなかった。


平静を装った弥生は、残りの勤務時間を仕事に集中するよう自分に念じるようにして過ごした。少しでも気を抜くと弥生の頭の中はジロウさんでいっぱいになって、仕事なんて手につかなくなりそうだったから。


そんな緊張した面持ちの弥生を、こっそり盗み見しながら時折ニヤニヤしていたジロウさんのことなど、弥生は全く気づいていない。




仕事が終わって外に出ると、ジロウさんはスマホに目を落としながら待ってくれていた。

弥生に気づくとすぐに顔をあげて「お疲れさま」と言ってくれた。


「すみません、お待たせしました。」

弥生が申し訳なさそうにそう言うと、

「仕事だもん。それに、僕が待っていたかったんだ。」

そう言ってジロウさんは優しく微笑んだ。


「行こうか。」そう言って、弥生の手を取る。


弥生は顔を赤くして、俯いたまま頷いた。


ジロウさんは、フッと笑って「早く慣れてくれればいいのに」と言った。


「お腹、空いてる?」


「あ、はい。」


「普段は、夕飯はどうしてるの?」


「家に帰って、適当に・・・」


「そうなんだ。自炊するの?」


「一応しますが、そんなに上手じゃないので、レトルトとか出来合いのものを買ったりすることも多いです。」


「そうなんだ。このまま、夕飯に誘ってもいい?」


「あ、はい。よ、喜んで。」


「あはは。ご期待に添えるか分からないんだけど、こんな時間だからファミレスでも良いかな?ほら、少し先に行ったところにある。」

ジロウさんは申し訳なさそうに提案してきた。


「はい、あそこのファミレス好きです。」

ジロウさんと一緒なら、どこでも嬉しい。

ファミレスだってファーストフードだって、普段より特別な食べ物になった気がする。


「そう。じゃぁ、行こう。」

弥生のスピードに合わせて歩いてくれるジロウさんを横目で見ながら、二人は手をつないだままファミレスに向かった。


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