第84話 秤でははかれぬもの
最初に天使と遭遇したのはベルであった。
背中に生えた羽にも劣らないほど美しい銀髪は後頭部で一つにまとめて垂らしてあり、その右手に握られた剣は彼女の勇猛さを示しその左手に握られた秤は彼女の思慮深さを示している。
「おやおや、招かれざる客が来ているとは聞きましたがまさか悪魔とは。ここは神聖なる世界。貴方ような者が来て良い場所ではありません。それに私たちの悲願を阻もうとするのなら慈悲はありませんよ」
「と、止めてみせます」
「そうよ。その天使をギャフンと言わせてやりなさい」
戦力外のリルフィーは物陰に隠れて野次を飛ばすがそれは誰の耳にも届かず、緊迫した空気が流れた。
それを感じたベルは蠅の王の力を借り、全身に黒い魔力の塊である鎧を見に纏い、獣の爪のように鋭利なものへと変貌させた。
これはビュートが半身を取り戻して生前のようにとは言わないが力を取り戻したことで実現したもの。ベルの能力を拡大に飛躍させることができるが体に負担がかかるため長時間の使用はできない。ネルの件もあるのでベルは早期決着のために先に動く。
「行きます」
ベルの身体能力はリルフィーと同等かそれ以下。戦闘能力もいつも怯えてばかりいたせいでまるでない。
なのでこの戦闘が彼女にとって初陣になるがビュートのサポートにより、他の悪魔とは比べものにならないくらいの速度で距離を詰めて有無を言わなさそう勢いで天使の顔面へと拳を放つ。
そこまでの動作は一瞬のことで普通なら対処できずに吹き飛んでいるはずだが、ベルの目の前にいる天使は剣の腹で攻撃を受け止め哀れそうな目でこちらを見つめていた。
「醜いですね。それにこの程度で私を倒そうとは片腹が痛いですよ。たかが悪魔ごときが私たちに傷一つつけられません」
剣で振り払い、突風を起こしてベルは気がついていたら地面に伏していた。これはまずいと悟った蠅の使い魔が仕方なく出てきた。
「やっぱ天使は相性が悪いな。それと主人はまだ迷いを捨てきれてねえみたいだし、このままだと負けるぜ」
「ビ、ビュート。分かってるけどやっぱり戦うのは苦手で……」
「まあ、昨日の今日で直ったら世話ねよな。どれ、気は進まないが憑依を使うか」
「憑依？」
「俺様の半身に奪われた時があったろ。あれに似ている。完全に乗っ取るわけじゃないから安心しな。ちと中でフォローしてやるだけだからよ」
「それで勝てるなら」
ビュートに言われたからではない。強い意志を持って自分が決めたことである。それを確認してビュートはベルの肉体へ侵入する。
そしてその翼で空中で静止する天使を一瞥して
「今度は使い魔の手を借りたのですか。何をしても悪は滅びる運命にあります」
「そいつはどうかな？ 勝負ってのは強い方が勝つんだぜ」
憑依したビュートがそう言い、ニヤリと笑う。
それと同時に左手に握られていた秤にヒビが入る。
「こ、これは……」
「どうやらその秤は不良品だったみたいだな」
悪魔と天使の戦いが激化する中、他の天使たちも転生屋の者共と対面していた。
