第8話 来たる珍客
「まさか能力を使うだけで倒れるとはな。貴様、本当に悪魔か?」
資料室の近くにあった小部屋のベッドに気を失ったベルを寝かせたルインは彼女が目覚めた時に呆れて口にした。
「すいません」
「いや、いい。おかげでもう掃除は済んだ。それにしてもあの能力、何処かで見たことがある気がするが……それはいいか」
今気にすることではないし、これまでに見た悪魔は多すぎて誰がどんな能力だったかなど思い出せそうにない。
「えっと、私はどれだけ寝てましたか?」
「一、二時間程度だったはずだが」
俺も少しうたた寝していたので正確な時間は知らないが。
「そうですか。私、あの能力を使えこなせていなくて……」
「倒れたのはそのせいか。だが何故倒れると分かっていてあの時、能力を使ったのだ?」
まず使ったら使用者が倒れてしまう能力などないとは思っていたが、それを承知で使ったのは俺には理解できない。
「ル、ルインさんに私のこと知ってもらいたくて……これから一緒に働く仲間だから」
「仲間……か。俺は死にに来たというのに」
「え、えっとえっと」
どうやら気を遣っているようであたふたとして次の言葉を考えているようだが、俺はそっと助け船を出す。
「構わん。俺は別に気にしてなどいない。それよりも俺は次なる指示をセリエに仰がないとな」
やはりたかが掃除では有り余った時間を潰すには至らないか。次はアズリエに手を貸すのもいいかもしれないな。結局、師弟関係を深めるのは会って話し合うのが一番だしな。
「あっと、もう行っちゃうんですか?」
「特段、急いでるわけではないから用事があるなら付き合うが」
「用事というか相談なんですけど」
「うむ、いいぞ」
人生経験は遥かに俺の方が上だ。恋愛ごと以外なら力になれるだろう。
「実はこの能力を使いこなしたいんです。でも一人だけだと無理そうで……」
「つまり俺のその手伝いをして欲しいということか」
確かに便利な能力があっても使ってその度に倒れていたのでは意味がない。しかし、使えるようになった方がいいだろう。
「は、はい。私なんかが烏滸がましいですが」
「いや、良い。悪魔の能力については然程詳しくはないが時間はある。互いが都合のいい時に特訓といこう」
「あ、ありがとうございます」
少し驚いたが断る理由もない。しかし、これもまた師弟関係なのではないだろうか? それも特訓の約束をしているとなるとアズリエよりも強い関係の。
「では俺はもう行くぞ。今はあの蝿野郎がいないようだが、この状況を知ったらまた五月蝿いことを言われる」
「はい。ではまた」
ベルを残してその場を後にして何処にいるかも分からないセリエを探しつつ、歩き回っていると慌てた様子で走るリルフィーの姿が見えた。
「どうしたリルフィー。急がしそうだが」
「大変なのよ。実は客が予定よりも早く来たの。も〜、こっちにも準備ってのがあるっていうのに本当に迷惑な客よ」
「ふむ、それでか。だが準備といってもそれほど時間が必要か?」
あの時は何もない部屋に案内され、フラガラッハで刺されただけだったと記憶しているが。
「色々あるのよ転生には。あんたが例外中の例外だっただけ。それに今回の客は厄介なの。いえ、今回もと言った方がいいわね」
「良く分からんが面倒なことになっていることだけは分かった。手を貸そうか?」
最早、時間潰しは不要となった。となるとセリエに指示を仰ぐ意味はない。
「そうね。今は素人の手も借りたいからついて来て。けど余計なことだけはしないでよ」
「ああ、約束しよう」
こうしてリルフィーについて行き、客の元へと向かっている最中にルインは自分を殺せる者なのではと期待に胸を膨らませていた。