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第77話 潰えぬ忠誠心

 黒い悪魔はその羽を広げ、壁を突き破り上へと消えていった。

「ベル!」

 あのまま行かせてはいけない。

 直感的にそう思った。あの怪物は今までに見たことない歪な存在だ。この城を襲っている悪魔に返り討ちに遭うなどあり得ないが嫌な予感は絶えない。あれは止めなくていけないと本能が叫ぶ。

「邪魔はさせません。ベル様の……いえ、ベルゼビュート様の覚醒は今後の魔界に彼女の幸せのために必要不可欠」

「黙れこのロリコン執事。苛立ちで頭がどうにかなりそうなんだ」

 ベルがあの王冠のせいであの小煩い蠅と融合して歪な怪物になっただけでも狂いそうななのにこの執事の話を聞いているとどうにかなりそうだ。あの蠅のと語り合っている方がマシだと思えてくる。

「ではそのまま狂うことをお勧めしますよ。本能のままに動く方が楽ですから」

「本能のままに……か。それでは獣と同じだ。理性を働かせられるかどうかがお前ら悪魔と獣の違いだというのに」

「それは貴方の勘違いですよ。我々は元々欲望に生きる獣なのです」

 無性に腹が立った。

 ただ吠えるだけの獣なら無視すれば済む話だが、この獣は自分が正しいのだと主張して吠えている。

 正義というのは厄介で答えはない。本人がそれが正しいのだと思えば、悪魔がとしても本人には正しくなってしまう。

 相手が悪ならこちらが正義を振り翳せば良いが、正義に正義をぶつけても泥仕合になるだけ。

 悪魔が正義を振り翳すなど笑えない冗談だ。

「なら獣らしく殺してやる」

 ベルの専属執事だか何だか知らないがここで手を抜いて時間をかけるよりも即座に殺して、追いかけるのが良い。いつまでもこんなロリコンに付き合ってやる気はない。

 目にも留まらぬ速さでその首と胴体を分割してルインは蠅の王の後を追った。

 首だけとなったハゼンだが悪魔としての能力で頑丈故に即死には至らず、蠅の王が開けた穴を眺めつつその時を待つ。

「これ程とは……。しかし、蠅の王は目覚めた。これでもう悔いはない。ベルゼビュート様、どうぞお幸せに」

 彼に迎えが来ることはなかったが、その死に際はとても穏やかなものだった。




***




 蠅の王が向かった城の外では三人が襲撃者を迎撃していた。最も生き生きしていたのは長男、ペオル。

「はっ! こんなクズ共の相手は飽きたぜ。さっさと親玉を呼びな」

 既に何匹か自慢の魔法で蹴散らし、襲撃して来た悪魔たちは想像以上の手強さにたじろいでいた。

「よせ、挑発をしてどうする。だがお互いにこのままやり合っても無意味に戦力を消耗するだけ。なので大将同士の一騎打ちを提案しよう」

「ちっ! 結局、親父がいいとこ取りかよ」

 エゴルの呼びかけに応じて奥の方で指揮を取っていた悪魔が前に出る。立派な角を持つ初老の男だ。

 その悪魔からは禍々しい魔力と威厳が感じられる。彼はエゴルと同様に次期魔王候補の一人。

「久しいなエゴル。魔王の座は渡さんぞ。王冠の話は聞いている」

「貴様か。何処で聞いたか知らんが蹴散らすまで」

「どうやら左目を抉ってやった時のことを忘れたと見えるな。歳はとりたくないものだ」

 二人の間には因縁があり、エゴルはそれを長年の研究と努力、そして自身の身を削った禁忌の魔法で終止符を打とうとしたがそれは背後の刺客に阻まれる。

 心臓が貫かれつつも、後ろを振り向くとそこには娘の姿があった。

「何故……だ?」

 崩れ落ちていくエゴルに敵の大将は見下ろしながら代わりにその問いに答える。

「悪魔が裏切りをするなんて息をするのと同義。それを問うのは愚かだ」

「それには俺様も賛成だぜ。けど、親父を殺すのは俺様だと思ってたんだけどな」

「ごめんなさいね。どうして許せなかったの」

 血に濡れた手を眺めながら遠い目をするルコル。その感情は殺戮を享楽にしている悪魔にはそれは何百年経とうと理解出来ないものだった。

「さて、愚か者の息子よ。戦う理由はなくなった。それでもまだ歯向かうか?」

「いいや、俺様も馬鹿じゃねえ。降参だ」

 まだ敵の数は一人で捌き切れるほど減らしていないし、自分よりも実力が上だと見ただけで分かるほどの悪魔がいるのに戦うというのはあまりにも愚かだ。

 彼は狂ってはいたが、無駄死をして自分が楽しめなくなるのは本意ではない。

 だが両手を挙げて無抵抗を装ってはいるが、頭の中では楽しみを奪った者をどのように欺き見るも無残な姿にしてやろうと考えいた。

 こうしてフェゴル家は主を失って因縁の相手に吸収されて魔王の座へと一歩近づいたが、その時一匹の悪魔が突如として現れた。

 その姿は醜くも美しく、その場にいる者全てに恐怖を植え付けた。

 彼女こそは蝿の王。

 悪魔の中で最も強欲と称された悪魔である。



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