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第74話 王冠の謎

 門を開けるとそこには三人の悪魔が待ち構えていた。どことなくベルと似ているところからして彼らがこの家の主たちだろう。

「よく、のこのこと帰ってこれたもんだなベル。俺様だったら恥ずかしくて首吊ってるぜ」

 と顔を見るや否や毒を撒き散らす笑みを絶やさない男、そしてそれを制する温和な女性。

 そしてまるで台所に現れたゴキブリにても向けるような視線をベルに送る隻眼の男。

 これがベルの家族。

「ペオル、久しぶりに会えたというのにそれはないでしょ。ほら、お父さんも何か言って」

「知らぬ。それに呼んだのはベルだけだというのに邪魔者までいると尚更だ」

 誰もベルに似ていない。あの注意した女性悪魔だけがこの三人の中でまともそうだが、他は話が合わなさそうだ。

「申し訳ありません。ですがこの方はベル様のお知り合いでありますし、他に行く当てもないようでしたので勝手ながらここまでご案内しました。邪魔にならぬように要件が終わるまで客室にてお待ちしていただこうかと」

「相変わらず、余計なことを。ただしそいつを連れ帰ったことは褒めてやる。さあ、こっちに来い」

「行かない。私はお別れを言いに来たの」

「はっはっー! おい、親父聞いたかよ。あのベルが逃げも隠れもせずに堂々とお別れに来ただとよ。これは何の冗談だ?」

 笑い終えるとコロリと殺意を露わにする。人間味のカケラのないその狂った様子にこれが家族の再開というのを忘れてしまった。

「冗談でも本音でもどっちでも良い。もはや我が家にお前は必要ない。王冠だけ置いてこの場から去れ」

「こ、これだけはダメ……」

「そうか。ならばお仕置きが必要なようだな」

 この城の主である男は残された片方の目でベルを睨みつけた。魔法も何も使っていないのに威圧感を放っている。

 しかし、ハゼンが割り込んで矛先はそちらへと流れていった。

「何の真似だ。執事が主人に刃向かうというのか」

「そのようなつもりは毛頭ございません。この身は永久に旦那様にお仕いする所存ですが、ベル様の教育は旦那様が私に与えてくださった責務。少しばかりお時間を。そうすればベル様も考えが変わるでしょう」

「お前がそこまで言うなら明日の夜まで待とう。ただし、それまでに王冠を渡す気にならないなら容赦はしない」

 俺が口を挟む余裕はなく、どんどんと話が進んでいったがおかげで一時の猶予を与えられた。

 ハゼンの案内で客室へと通され、今宵はこの城で一晩を過ごすことになったが部外者のせいか話についていけない。

 自己紹介もないというのは失礼にもほどがあるが悪魔に礼儀を求めても仕方がない。今日は休んで明日、ベルがどう動くかを陰ながら支えようと決心して目を瞑ると扉を叩く音がした。

 予想通り、扉を開けるとそこにはベルがいた。とりあえず、中へと通すと少しソワソワして唐突に勘違いしそうな一言を放った。

「い、一緒に寝てください!」

 幸いだったのは周りに人が、いやここは魔界で悪魔しかいないのだから厳密には誰もその問題発言を聞いた者がいなかったという点。

「落ち着け。色々あって動揺しているのは分かるがまずは自分の発言を振り返ろうか」

「え、えっとそうではなくて、その……」

 自分が誤解されるような発言をしたのに気がつき、顔を真っ赤に染めるベル。

「まずは入ったらどうだ? あの執事にこんなところを見られたら何かと面倒だぞ」

「実はルインさんに詳しい事情を話そうと来たんです。巻き込んだ私にはその義務があると思って……」

「それは助かるが話したくないなら無理をして話す必要はないぞ。最悪、あの執事にでも事情を聞けば済む話だ」

 あの面々を見てこの家族は普通のそれとは違うのは察した。悪魔にそれを求めるのは獣に道徳心を持てと言っているようなものだが、あまりにも可哀想だ。

「い、いえ私が話します。いつまでも誰かに頼って逃げるわけにはいけませんから」

「そうか、では頼む。時間はあるからゆっくりとな」

 拙時折言葉を詰まらせていたがどうやら彼女がいつも頭に乗せていた王冠は代々伝わる強力な力を秘めた宝なのだと言う。

 何故、そんな大事な代物をベルが持っているかというとそれは王冠は持ち主である彼女の母の血を継いでいるのが他にいなかったからだ。

 あの悪魔らしく狂った男ペオル、それとは相対的な女ルコルは再婚相手であるこの城の主人エゴルの再婚前にできた子供たちで王冠の使用権は与えられなかった。

 そして母は病で命を落とし、唯一の使用権を持つ王冠を託された彼女は重圧に耐え切れず逃げたところをバルドルに保護されて今に至る。

 それがベルが語った俺の知らない事情。

「なるほど、しかしお前しか使えないものを狙っているということは引っかかるな」

「多分、私を操ろうとしていると思う。あの人たちは全員魂操作系の魔法を使うから」

「直接的ではなく間接的にその王冠を利用しようというのか。通りで無理やり奪おうとしないはずだ」

 むしろそれでベルを失うことになったら王冠はただのガラクタと化す。それは誰も望んでいない最悪の結果だ。

「明日、あの人たちが何かを仕掛けて来るのは確かです。もしかしたらルインさんに迷惑をかけるかも……」

「今更何を言っている。ここまで来たのだから最後まで付き合うさ」

「ルインさん……」

 何やら甘い雰囲気が漂いつつあるところにまるでタイミングを見計らったかのように奴が現れた。

「やはりここにいらっしゃいましたかベル様」

「執事か。主人の指示で俺たちの邪魔をしに来たのか?」

「まさか。私はベル様に仕えておりますので決してそのようなことは。むしろベル様にとって良き結末になるようお手伝いをしようかとこうして馳せ参じました」

「お手伝いだと?」

 そういえば、あの場を収めたのはこの執事だ。真に忠誠を誓っているのがこの城の主人ならあの様な無粋な真似はしていないはず。

 つまり、ベルに忠誠を誓っていて本当に手を貸してくれるということもあり得るがここは魔界。裏切りなど当たり前の世界だ。

 しかし、ここの事情をより知っているこの執事の意見というのは興味がある。ここは少し様子を見てみることにしよう。

「はい。具体的にはこの状況を打破する案を二つほど用意させていただきました」

 既に正座をして聞く姿勢にあるベル。ここでとやかく言うのは無粋だろうとルインもそれを習い、腰を据えた。

「まずは問題である王冠。これを廃棄することです。ただ放棄するのではそれを旦那様に回収され、ベル様が魔法により操り人形にされてしまう可能性もあるので放棄よりも廃棄することをお勧めします。術式で何重もの防壁がありますがここより北にある火山の中へ放り込んでしまえば少しずつ剥がれ、数時間としない内に形を失っていましょう」

「それはダメ。ビュートがいるから」

「出て来てもらえば済む話だろ。口煩いがお前の頼みだけは聞く奴だ」

「ビュートが言うには定期的にこの王冠の中に入らないと消えちゃうみたいなの」

 契約上の問題なのか、それともビュートの使い魔としての性質上なのかは知らないがわざわざベルにそんな意味のない嘘をつくとは思えない。

「そうですか。では二つ目、魔王になることです。魔界での絶対的存在である魔王の座に着けば誰からも文句は言われません」

「それこそ無理だ。ベルは別れを告げに来ただけだ。それが済んだら帰る場所に帰る。だというのに余計な責務を増やしてはいられん」

 いくら秩序のない魔界でも世界のトップともなれば何かと仕事は巻き込んで来る。代わりに誰かがこなすという訳にもいかないだろうし。

「それは困りました。その王冠があれば容易いことですし、魔界での居場所ができると思ったのですが」

「ハゼンさん。ありがとうございます。でもお気持ちだけで大丈夫ですから」

「本当に強くなられましたねベル様。ですがこの程度、ベル様の為なら苦ではありません。何せ私はベル様のことを愛しておりますので」

 ロリコンがいた。

 正真正銘のロリコンがいた。

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