第5話 口煩い蠅
魂というのは実に不思議なものだ。
人間だけでなく、俺みたいな化け物にもあるし、そこら辺に生えている植物にだってある。
中にはその概念を否定する者もいるが実際にあるのだから仕方がない。といっても俺もそれを信じるようになったのは知り合いの能力で実物を見てからだが。
「それで基本的には何をするんだ? 魂を他の異世界へ飛ばして、転生させるというのか」
「い、いいえ。大抵のことはリルフィーさんがフラガラッハでやってくれます。私がやるのはその後のことです」
俺の心臓を貫いたあの剣か。確かに俺を殺すには至らなかったが、特殊な力が感じられた。それほど便利な代物だったのか。
「その後? 転生させたら仕事は終わりだろ。それ以上何をするというのだ」
「リルフィーさんが言うには本当にいいお店はアフターケアがしっかりしていて、それをここでも取り入れようということらしいです」
もはや商売人の域だな。己で店長と名乗るくらいだからそっちの方に興味があるかもしれないな。まあ、俺には関係のないことだが。
「なるほど、では問題があった時は動くがそれ以外は特にすることはないということか」
「は、はい。すいません。今のところ問題はなくルインさんにお手伝いしてもらうことはなくて……」
「そうか。それは残念だ。しかし、何かあったら俺を呼んでくれ。魂のことについては専門外だが戦闘や力仕事なら役に立てる」
昔、悪魔の王に頼まれて魔界の危機を救ったことがあるのでその容量でベル個人の問題でもこの拳で解決できよう。
「い、いえこんな私なんかの為にルインさんのご迷惑はかけられませんので……」
「いいか。ここでは貴様が俺の先輩だ。堂々としろ。でないと示しがつかんのでな。それと、貴様の頼みならば俺は迷惑だと思わんぞ」
姿勢を低くして目線を合わせて話すとルインの目の前には王冠から出てきたビュートが現れた。
「おい、クソ吸血鬼! 何カッコつけてやがる。言われなくてもビシバシこき使ってやるから覚悟しろよ」
「蠅、貴様に用は金輪際俺の前に出てくるな」
「蠅じゃねえ、ビュート様だ。先輩だからちゃんと敬語使えよ、敬語を」
「ほほう、どうやら本当に消されたいようだな。せめてもの情けだ。遺書を書く時間はやろう」
店に被害がでないように威力は抑えるが、もうこの苛立ちは我慢出来そうにない。
殺さない程度にと軽く拳を振りかざそうとしたがベルが間に入って来た為、自然と止まった。
「や、やめてください二人とも。け、けんかは良くないです」
「ベル……」
「ここは主人の顔を立ててやるとするか。おい、吸血鬼。別に俺様は認めたわけじゃねえからな。こいつに手を出そうとしたら脳みそ吸い取ってやるから肝に銘じておけ」
流石にこの蠅に俺が殺せるとは思えないな。脳みそが爆発しても一瞬で再生した俺だ。吸い取られても死ねないだろう。
「ああ、ではそれ以外の時は静かにしておいてくれ。羽音が五月蝿くて堪らん」
「ル、ルインさん。ビュートは本当は良い使い魔なんです。多分、今は警戒しているだけできっと、そのうち、仲良くなれますから」
「好いているのだなそいつを。実に羨ましい限りだ」
良い主従関係だ。
難点は主人が少し気が弱いところだが。
「あ、いえ、その……ビュートは口が悪いので誤解されることが多いんですけど私はそれが嫌なだけで」
「分かっている。それにしてもまさか間に入って来るとは驚きだったぞ。やれば出来るではないか」
「と、止めようと必死だっただけで……」
「その気持ちを忘れるな」
長年の経験から俺は相手が咄嗟にとった行動ではそいつの本心が分かる。ベルの場合は単純だ。
争いを好まない。
つくづく悪魔に向いていない性格だな。一人くらいそんな奴いてもいいけど、その性格とここにいる理由と関係あるのかもしれないな。
ルインはそんなことを思いながらもそっとベルの頭を撫でた。
「は、はい……」
「じゃあ、俺はアズリエの方に行ってみるから何か用があったらビュートを送ってくれ」
「あ、はい! あれ、ルインさん。ちゃんと名前で呼んでくれた」
それはルインが不本意ながらもベルの言葉でムカつく蠅の使い魔を認めた瞬間であった。