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淡い緑の煌めく鱗  作者: 糸許 灯祈
15歳と人生の転機
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転機は突然訪れた。


それは、今年の春、15歳の出来事。去年の冬のうちに誕生日を迎え15の年を迎えた私は、春に王城で開催される15歳の少年少女を招いたパーティーに出向いた。このパーティーは15歳の節目の年に貴族と名のつく家はもちろん、名の知れた商家や武家を招待し、さらにはどんな者でも事前の申請と参加にかかる費用の自己負担によって国内の15歳とその保護者であれば二名までの参加を許可している。言わば国中の憧れの盛大な成人の祝の会だ。


ここに参加することは、とても大きな意味を持つ。無礼講のこの会は、本人たち同士の自由度の高い出会いの場でもあるし、保護者同士の日頃縁のないような人との情報交換あるいは商談の場でもある。また、王城の騎士から使用人、料理人、役人、馬丁まで様々な職種の代表数人が会に参加しているので見習いのお誘いをうけたり、仕事の斡旋をお願いすることができる。なかなか画期的な三代前の陛下のお取り計らいだとか。これは珍しいことだけれど、王家に連なる方々の目に止まれば侍女や侍従として望まれることもある。


ある程度出世が決まっている貴族の子だって人脈を広げるため参加しておいて損はないし、貴族とは言ったっていずれは独立を余儀なくされる次男三男はもちろん参加したい。ましてや、王城につてを持たない平民の子からしたら王城を職場にするまたとない機会なのだ。格式ばらない立食式の会であることも影響して、王城の中心の広間から外の広場までが成人を迎える少年少女と保護者たちで埋め尽くされる。


「成人おめでとう、リナリア。」


まだ生地が固くて体に馴染まないドレスを纏って、これまた固くぎこちない笑みを浮かべてみせる私の隣にお母様が映りこんだ。


「ありがとう。お母様。」


首にひんやりとした感覚。後ろから私の首元に手を回したお母様が銀色のチェーンに青緑色の丸い石が付いた首飾りを留めてくれた。


───この、ドレスにとても合う色。


濃い緑の下地にいくつかの若葉色と淡い緑の薄布の層をかさねてふんわりと曲線を描くドレス。特に腰周りの層が細かく段を作っていて、対して裾と上半身の部分はシンプルにカットされている。肩は鎖骨がすこし見えるくらい。初めは乗り気じゃなかったドレスの注文も、緑色を使おうと思った途端に楽しくなっていた。姿見の鏡に映るドレスの輪郭を目でたどるうちに笑みがこぼれる。なかなか素敵な仕上がり。


───仕立て屋さんにはずいぶん面倒なお願いをした気がするけど。


去年の冬のうちに私は15歳になった。今日は王城の成人の祝の会に向かう。朝の暗いうちから支度を初めてもうすぐ7時。


「おめでとう、リナリア。可愛いよ。」


玄関先で待っていてくれたお父様の腕に手をかける。


「ありがとう!お父様。」


おばあ様が特別な日だからと差し向けてくれたラソット家の馬車に乗り込んだ。隣にお父様。向かいにお母様。うちのお手伝いの中年女性ケルネさんに見送られて、王都郊外の街に建つ我が家から王城への一本道を行く。13歳になった弟アルスは王都の学校の寮住まい。王城での会のあとに王都で会うつもりだ。


王城に向かう一本道。見晴らしのいい野原ですこし、小高い丘になった部分を上り下りする以外特筆する点がない。


初めは王都についたら何がしたいとか、アルスに会うのが楽しみとかなんとか話をしていたけれど一時間もしないうちに三人そろって黙り込んでしまった。


肌ざわりのいい小ぶりのクッションを抱え込んで、馬車の小窓にかけられたレースの布を引き払う。


穏やかな春の日差しを受けて、揺れる花々。私の隣ではこくりこくりと、お父様が揺れている。思わず小さな笑いが漏れて、お母様の方へ目を向ければ、お母様自身はとうに夢の中へ旅立っていらっしゃった。うまいこと二つのクッションを自分と壁との間に挟んで髪が乱れるのを阻止しているようだ。


お父様もお母様も、もともと楽天家ではあるけれど、私の一生を左右すると言っても過言ではない、社交界への第一歩のこの日をこんなふうに気を張らずに迎えているのは、単に今日のパーティーにさして求めるものがないからだろう。


それなりの貴族の娘たちにとって、社交界とは結婚相手を求める場であるし、初めてのお披露目ともなれば今後を左右する一面のはず。


私は、といえば一応お母様はこの国では名の知れたラソット侯爵家の出身ではあるけれど、お父様は一応貴族としての名があるだけのそこそこの役人で、なんでそんな二人が結婚したかというとそこには甘ったるい物語──ラソット家の門をくぐる度にお父様がはにかんだように笑う理由はここにある。おじい様曰く若気の至りですって。──があるとかないとか。


とにかく、お父様自身が私の嫁ぎ先云々で出世しようなんて考えていないし、恋愛結婚の素晴らしさをことあるごとに語ってくるし、最悪いき遅れてもラソット家のツテで誰か紹介してもらえばいいというのが私に関する方針である。


そのあたりには、文句はない。自由を約束されていて、とても幸せなことだと思う。だけど、大したことのない家とは言ってもハース子爵家の名を背負っていくことが決まっているアルスや、ラソット家の長男として早くからそれなりの教育を受けてきたオーウェルなんかを見ていると、なんだか羨ましく思ってしまう。


よっぽど自分の意思に反することでない限り何かを望まれることは、誇らしいことだろう。本人たちがどう思ってるのか直接聞いたことはないけれど、アルスもオーウェルも大人達がかける「楽しみだよ」なんて言葉を嬉々として受け取っているようだった。


───うん、やっぱり。いいなぁ。


今の私にはどこぞの坊ちゃんを射止めてこいだとか、期待されたところでこまるけれど。でも、何かしら期待されないのも寂しいものだ。


───きっと私は、男に生まれるとよかったのね。


そうしたら、迷わず竜騎士を目指したのに。




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