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クランナット1世について、ディリアの建国記を紐解くと、彼の祖父は狩人であったとだけ記されている。父母についての記述はない。また、妻は1人。名までは残っていない。この妻との間でもうけた息子は数人あって、そのうち一人が第二代国王スランナード1世、一人が初代竜騎士団長グリフィスであるということは、ディリア歴史学者一致の見解である。
さて。クランナット1世は大変勇敢でありながら思慮深く、義理にかたい人物であるという。
こんな言葉を並べ立てたところで初代国王の人柄は見えてくるはずもないが、彼の国王が勇敢で、偉大な王であることだけは今日にも断言できる事実である。竜騎士団こそがその証なのだ。
“竜の背に跨る竜騎士の姿にクランナット1世の勇姿を見よ!
彼の王なくして、ディリアの栄光は無かった。
彼の王なくして、人の世の安寧は無かった。
讃えよ、臆することなく竜と対峙した英雄を!”
これは竜を愛した詩人ソールの言葉だ。
この場においてソール自身を掘り下げることはしかないが、彼は竜騎士だったと言われている。竜の姿についての描写が多くみられ、他の詩作や民謡にはないような表現も多々ある。そのあたりが彼が竜騎士とされる理由だが、真偽は定かではない。
『ディリア建国史』[初代国王の偉功]
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王城での生活八日目は、雨だった。
私と同じく『学友』と呼ばれる女の子達は、ディリアの10柱の出身で王都の実家から直接通ってくるらしい。私の過ごす客間の並びに他のお客さんはいない。若い役人の中には貴族出身の人がいて、独身寮の騒がしさをきらって家に割り振られた客間に住む人もいるという。
・・・成人のパーティーで出会った私の両親は、お父様が客間に住む役人、お母様が王妃様の作法の学友として王城で再会したそうだ。お母様は王都の自宅──私が日頃ラソット家と称する領地の屋敷とは別のものだ──から通うお嬢様だったけど、お母様が食堂で昼食をとるお父様の所にお菓子を持って会いに行ったとかなんとか。
とにかく、他の学友の女の子との出会いもなく、かといって同年代の王城で働く女の子たちに構ってくれとも言えなくて、日がなあちこちを赤い表紙の本片手に散歩して回り、好きな場所で読書をして過ごした。貴族の娘というのは、外を出歩かないものだし、うまいこと部屋の中で有意義に時間を使う術を持っていると思う。読書もそのひとつのはずだけど、せっかくなら日にあたっていたくて外に出た。
が、今日は生憎の雨。
───春の庭の花は流されてしまうわ。
雨が吹き込むといけないので、木製の両開きの窓は固く閉ざしているけれど、ざあざあと音がする。
───こんなことなら、侍女をつけてくれる件断らなきゃ良かった。
私が王城に向かうにあたって、ラソットのおじい様が私自身の世話係にとラソット家で働く人を一人つけようかとおっしゃったが『侍女になるのに侍女をつけるのはなんだかおかしい』と言って私は断った。手伝いなんて要らないけど、話し相手にはいてくれたら良かったかもしれない。
ぼんやりしながら、鏡台の前で髪を梳く。コンコンっと、扉を叩く小気味よい音がした。
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「リナリア!」
「エリュカミラ様、おはようございます。」
朝食を届けに来た女性がリュカからの伝言を伝えてくれた後、ついでに着替えも手伝ってもらった。さすがに王女殿下にお会いするのに簡単なドレスでは世間体が悪い。
通された部屋は二階の一室。私が借りている部屋より少し広くて、中央にテーブルとソファ、奥にはシンプルな執務机。壁際には背の高い本棚が備えつけられている。多色使いが基本のディリアでは珍しく、茶色で統一されている。
「久しぶりね。私が呼び寄せたのに、放っておいてごめんなさい。」
「いいえ!そんな。海の向こうのお客様がいらっしゃたそうで。」
「ええ、ウルネラの方よ。」
リュカはあまり気の乗らない様子。お客様の相手をするのは楽しいことではないんだろう。
私を案内してきた女性が、紅茶をテーブルに用意して部屋を出ていくのが見えた。
「今日はもう、お務めはないの?」
フレザさんに促されて二人相向かいに席に着く。
「ええ。今日はこの通り雨だもの、視察にでられないから、お兄様と一緒に室内にいらっしゃるの。」
リュカからして『お兄様』といえば、緑の目をお持ちの王太子殿下か、文官として働く第二王子殿下だ。どちらかがお客様と一緒にいるらしい。
「そっか。お疲れ様、リュカ。」
『お疲れ様』なんて簡単な言葉で労うようなことでは決してないけれど、私はこの他に選ぶ言葉をもっていない。
「ありがと、リナリア。」
「それで?この部屋は?お話するだけにしては、堅苦しい部屋じゃない?本がいっぱいあるね。」
「えーっとね、もうちょっと、待ってたらわかるよ!」




