19
現在人の知りうる人の歴史の始まりには、竜は天災として描かれた。
時には野山を焼き、あるいは気まぐれに湖を作った。人を襲うこともしばしば。しかし、竜は決して人を食するものではない。その生態は今や長きに渡る竜騎士と竜たちとの交流によってずいぶん解明されているはずであるが、何一つ民衆の前に明かされてはいない。竜騎士たちによって故意に秘され、彼らの間でのみ口伝されるようだ。
人に災いをもたらし、害してきた竜が、竜騎士に寄り添い、その凶悪な力を人に貸し与えるようになったのは何故か。建国から三百年を過ぎる今日までのディリアの繁栄と安寧に貢献し続けてきた理由はどこにあるのか。
『ディリア建国史』[はじめに]
~・~・~・~・~・~
こちらに近づいてくる靴音が聞こえて、それまで手に取っていた厚めの本を閉じる。
「リナリア!昨日の夕方着いたんですってね。」
開放たれていた部屋の扉から、蜂蜜のように明るい茶色の髪を揺らして駆け込んできたのは、約二週間ぶりに会う少女──エリュカミラ王女殿下だった。
国王陛下直々の手紙はもちろん、その使者の人──伝令部隊員コーエンさんの勧めもあって、私の王城への出発は手紙を受け取った日から3日後の昼になった。
なにやら、我が家にコーエンさんが二通の手紙を届けるよりも先にラソット家に打診されていたようで、日頃縁がないけれど城では必要になるドレスや高価なアクセサリーを積んだ馬車が派遣されて私を王城へと送り出すことになった。馬車一台の荷台に括りつけきれる量とはいっても、これだけのものを3日間でどうやって準備したのかと驚いたけれど、お母様の残していったものを少し手直ししてくれたらしい。
お母様は「しばらく帰ってこなくていいわ。」なんて笑顔で手を振って、お父様は「初対面の挨拶で手の甲にキスするようなキザな男は信用するな」と私の両手をとって真剣な顔で言った。
ちなみに王城からの使者に驚いて腰を抜かしたケルネさんは、当日の夕方には元気になって私の荷造りを手伝ってくれた。
急な出発ではあったけれど、そんなに遠い所でもないし何よりもたもたしているとリュカが見せたがっている春の花が盛りを過ぎてしまうだろう。
「エリュカミラ殿下。お久しぶりです。」
「リナリア、そんなふうに言わないで!」
リュカの後ろを静かについてやってきた、藍色の髪の女性──お母様と同じ歳ほどのその人に戸惑いの目をむける。
───砕けた話し方なんてしていいのしら。
しっかりと目が合うと、ひとつ、力強く肯かれた。
蜂蜜色の髪がよく映える、薄い桃色のふわふわのドレスのリュカ。薄い桃色のドレスなんて、重たい色の髪をした私にはまず似合わない。
騙されたような気がして、友人が出来たつもりだったのに向こうは侍女の面接のつもりだったのかと、あれこれ考えて戸惑っていた気持ちも、嬉しそうにしている可愛らしいリュカを見ているとどうだっていい気がした。
「リュカ、リュカが見せたがってた花はまだ咲いてるかしら?」
「ええ、見に行きましょう!昼食の前がいいわ。ね?フレザ。今から行きましょう?」
リュカが振り返った先には藍色の髪の女性。フレザさんというらしい。