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コーエンさん──軍服の男の人はそう名乗った──は実に真剣そのものといった表情で、腰のベルトに通してある、横に細長い頑丈そうな鞄の留め具を解き始めた。この応接間もリビング同様陽当りがよくて、昼過ぎの光が留め金とそれから縒り糸の飾りの光沢のある表面に反射してきらきらしている。
ややあって留め具が解けると、二通の封筒が取り出された。随分と丁寧な扱いをされているのがわかる。
───もちろん国王陛下からの書状なら大切なものよね。
ますます我が家に何の用があるのかわからない。悪い話にはあてがないし、良い話も見当がつかない。
一通は白い封筒、もう一通は薄桃色の封筒。どちらも質のいい紙で、ディリアの象徴である竜を象った赤い蜜蝋で封がされている。
「まずはこれを。」
白い封筒がお父様に差し出される。戸惑い気味にお父様がそれを手に取ると、コーエンさんは、開けたままだった鞄に手を突っ込んで、小型のペーパーナイフを取り出した。
「どうぞ。」
「どうも。」
しゅっ、しゅっ、しゅっ。ペーパーナイフだけが、紙の間を滑り、音を立てる。毅然とした態度でしゃんと背を伸ばし、だけど目だけは好奇心を滲ませるお母様。
白い封筒の中からは、黄味がかった便箋が一枚。三つ折りだったそれを開いて、目を落としたお父様は──特に表情は変えないまま──固まった。
無言のままお母様に差し出す。首を傾げながら受け取ったお母様が、同じように目を落として──少しばかり青い目を見開いて──口の端を歪めた。何やら満足気で、含みのある笑顔だった。
「リナリア、あなたのことよ。」
そう言いながら、回されてきたそれを受け取る。
───私のことですって。
~・~・~・~・~・~
アルダネス=ハース 殿に送る。
ディリアは今年も暖かな春を迎えた。喜ばしいことである。貴君の娘、リナリア嬢は今年成人したそうだな。おめでとう。
そこで本題に入る。
王女は来年成人を控えている。ついては、年の近い貴君の娘、侍女として預かりたい。
色良い返事を待つ。
リギスナード=ディリア=ロギュー
~・~・~・~・~・~
宛名にはお父様の名前、それから私が成人した事のお祝いの言葉。最後に──。
───王女殿下の侍女?
現国王陛下には26の王太子殿下と、文官として働いておられる22の第二王子殿下、それから手紙の通り来年成人の王女殿下がいらっしゃる。
国王陛下は竜が姿を見せる式典で一度拝見したことがあるけれど、陛下以外の王族の方は、成人パーティーぐらいしか公の場を知らない私なんかでは拝見する機会がまずなかった。
とにかくとにかく、遠いお方である。
国王陛下から、淡々としたものとはいえ、これだけ親しみのある手紙を頂くとは恐れ多いことだ。正直、『リナリア=ハースを侍女として招集』とだけ書けば伝わるんだから。
断れるはずがないけど、それでも一応お誘いの形をとっている手紙。
───いやぁ、本当に恐れ多いです。
大した力は持ってないけど一応貴族で、それなりの躾はされていて、暮らしぶりも貴族ってほど貴族じゃないから人に仕えることに抵抗がなくて、王家との婚姻の歴史もある──王家とディリアの10柱の間での婚姻はとても多い──ラソットの流れに属しているから王族に危害を加える心配が(ほとんど)ない。
───あれ、私ってば侍女にぴったりだわ!!
何だか妙に納得してしまった。顔を上げるとちょうど、お母様と目が合う。何となく頷き合った。お父様だけが苦々しい顔だった。
『しゅっ、しゅっ、しゅっ。』
封筒の蓋の折ってある隙間に短いペーパーナイフを
斜めに入れると一回でしゅーっ、って切れないんですね、はい。
(器用な方は出来るかもしれないですね。)
ちなみに私はペーパーナイフなんて、
お洒落なもの使わないのですよ!
蓋を破くの覚悟で指を入れてべりっとやります。